迷ったり、想定外のことが起きたりすると、自律神経は乱れます――。小林弘幸・順天堂大学医学部教授による 『リセットの習慣』 (日経ビジネス人文庫)刊行を記念して行われたオンラインセミナー(丸善ジュンク堂書店主催/聞き手:産業カウンセラー・イイダテツヤ氏)をもとに、コロナ後に向け、自律神経を整えるさまざまな実践法を紹介します。
自分の軸を持てば自律神経が整う
『リセットの習慣』では「軸を持てば自律神経が整う」と書かれていますが、軸と自律神経にはどんな関係があるのでしょう。
小林弘幸氏(以下、小林) 軸を持つと迷いがなくなります。迷いがあると自律神経が乱れます。自律神経を乱さないためには、軸があったほうがいいことになります。
軸というのは、何においても重要です。例えば、「健康とは何か」を考える際には、私には「細胞の1つひとつに、どれだけ質のいい血液を流すことができるか」という軸があります。この軸がブレることはありませんから、治療方針を決める際には軸に沿って考えていくことができます。
他人からの誘いを断りたいのだけれど断れない、と悩んでしまう人はどうしたらいいですか。
小林 他人から誘いがあったら、すぐその場で答えを出すことです。あとで答えるのはやめたほうがいいです。
例えば、「疲れているから2週間は誘いを断る」と決めたら、何があっても断ること。「行きます」と返事をしていても、いざ約束の日が近づいてくると、「どうして行くって言っちゃったんだろう…」となる人もいますね。
私は千葉ロッテマリーンズのチームドクターをしているのですが、選手たちには「迷ったら絶対に打てない」とアドバイスします。自分で方針を決めたら、迷わずに狙った球を打たなければなりません。迷ってしまうと呼吸が乱れ、普段のプレーができなくなるからです。
みんなに好かれなくていい
先生にはもともと確固とした軸があり、人に対しても言いたいことを言ってきたような印象です。
小林 皆さんからは、私は「嫌なことは嫌」とはっきり言えるタイプの人間だと見えるかもしれませんが、まったく違います。
どちらかというと、私はみんなに好かれようと言いなりで生きてきました(笑)。自分がそうだったからこそ、それはよくないと思うんです。
もともとなんでもできるスーパーマンで、嫌な人には従わず、自分で決める人もいるでしょう。私はそれとは正反対です。しかし、それではいけないと意識することで、少しずつ変わってきました。生まれ持った強い人間ではないからこそ、どうすればいい方向に行けるのかを考え、こういう本が書けたんだと思います。
嫌な人を避けているとモンスター化する
次のテーマは「人との向き合い方」です。この本では、嫌な人との向き合い方の1つとして、敬遠しないでむしろ積極的に関われば、意外にうまくいくかもしれないと書いています。
小林 今回のコロナと一緒です。私たちが外来で診ていても、コロナは当初はとんでもないウイルスで、さっきまで普通に話していた人が5分後に急変するようなことがザラでした。でも、数カ月たつと、重症患者数は大きく減りました。それなのに、コロナへの不安だけが膨れ上がってモンスター化してしまいました。
嫌な人を避けていると自分の中でモンスター化しますから、積極的に話しかけてみれば解決することもあります。
先生にも苦手な人がいますか。
小林 皆さんに苦手な人がいるように、私にもたくさんいます。これまで私は苦手な人たちともうまく付き合ってきましたが、新しい世界に行くならば、むしろそういう無駄な時間を過ごすのはやめようと思います。一緒にいて本当に気持ちいい、自然体でいられる、得るものがある人たちと時間を共有したいですね。
期待しなければ自律神経は乱れない
最近、先生は「期待しない」という言葉をよく使われています。期待しないことは、自律神経を整える上で役に立つのでしょうか。
小林 私は医療倫理という授業で、学生に「君にとって倫理とは何か」と質問します。もちろん正解はないのですが、私にとっての倫理は「あなたイコール私ではない」ということです。
「あなたイコール私」になってしまうと、「自分ならこう解釈するのに」「これだけやったら感謝するのは当然」「これだけ話したら分かるはず」と思ってしまう。そして相手がその通りにしないと、怒りが湧いてくる。相手に期待しているからです。
期待して裏切られるとガクッときますが、そもそも期待しなければ、相手が何かしてくれたときには感動するでしょう。であれば、初めから期待しないほうがいい。期待しないというのは「あなたイコール私ではない」ということなんです。
――期待しないという考え方は、先生にとっては自然なことですか。
小林 職場で部下を持つ立場になったとき、そう考えるようになりました。これだけしてあげたのに「ありがとう」の一言もないのかと考えて、イライラしたらバカらしいと思うようになりました。
人に期待しなければ、自分で何とかしようとします。例えば、野球でチームメートがエラーをしないと思っていたらカバーリングが遅れますが、エラーをするかもしれないと思っていれば、カバーリングに気をつけます。
面白いですね。期待しないと言うとネガティブに聞こえますが、その分、うまくいかなかったときの準備をしているし、気持ちが乱れることもないということですね。
小林 自律神経が乱れるパターンの1つは、想定外のことが起きたときです。だから、期待をせずにすべて想定内にしておけば、びくともしません。
1日1回、呼吸を意識してみよう
最後のテーマは、疲れが消える「体のリセット術」です。コロナ禍におすすめのリセット術を教えてください。
小林 自律神経を整えるために重要なのは呼吸です。呼吸が整えば、血液の質もよくなります。とはいえ、毎日ずっと呼吸を意識していることはできないので、毎朝1分間や寝る前3分間など、集中して呼吸を意識する時間をつくってください。そのときの呼吸は1対2、鼻から3秒吸ったら口から6秒吐きます。我々の実験によると、この呼吸が自律神経に一番いい。1日1回でも結構ですのでやってみてください。
朝や夜に数分間、呼吸を意識するだけで、自律神経やコンディションがよくなるのですか。
小林 よくなります。患者さんにやってもらい自律神経を測ると、皆さん改善しています。意識して呼吸をしていくと、身体が変わっていくことを実感できます。
取材・文/佐々木恵美 取材・構成/桜井保幸(日経BOOKプラス)
なんとなく調子が優れない――。
それは、先の見えないコロナ禍で心身が「悪い流れ」に乗り、知らぬ間に自律神経が乱れているから。
そんなときに大事なのは、「新たに始めること」「大胆にリセットすること」です。心身のリセット術を見開き構成で99紹介。
小林弘幸(著)/日本経済新聞出版/880円(税込み)
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前編■よく怒る人のパフォーマンスが上がらない医学的理由
後編■モーツァルトとハードロック。自律神経にいいのは?