(前回から続く→「オヤジもハマる「ひとりほぐし」本の秘密」)
伝えたいことがあふれかえる 『ひとりほぐし―肩こり 便秘 たるみ むくみ うつうつを自分の手でときほぐす!』 ですが、崎田さんは、イラストだけでなく全体の構成・デザインもご自身でされているそうです。これだけ濃厚な内容で、スルスルってすぐにページ構成が出てくるんですか? それとも悩み苦しんでこういう構成になっていく感じなんですか?
崎田:悩み、のたうち回ってます。締め切り前の私はいつも鬱屈としていて……(作品によく出てくる)旦那Kからすると大変みたいです。いつものことで、いざ清書原稿を描き出すと急に元気になるそうです。ネーム(※)のときがやっぱり一番苦しいです。伝わるように見やすくするために何回も描き直したり、一晩置いてまた見直すというのを繰り返したりします。
ネームは鉛筆で描いてるんですか。
崎田:シャーペンで描いてます。例えばこのページは、最初はこうでした。
イラストレーター、マンガ家
おお、ラフだ! 面白い!
崎田:これがこの見開きになりました。
連載をまとめてとじる、では伝わらない!?
もともとは雑誌の連載ですよね。でも崎田さんだと、本は連載をバチンととじるだけ、じゃなさそうですね。
崎田:そうです。「日経ヘルス」本誌の連載を本の状態で読みやすくするために全部並べ替えて、整理し直しました。
雑誌と本では誌面のサイズも厚みも違うし、本は続けて読むのが前提だし。
崎田:「日経ヘルス」はすでにこの分野のことを知っている読者の方が多いはずですが、本は一般書なので、前提抜きで「一般の方々に分かってもらうためにはどうすればいいか」といつも考えていて。自分でも見返しては、「なんだ、この描き方は!」。
わっ。
崎田:「こんなんじゃ伝わらない!」「何でこの文字をここに置いたんだ」「もうちょっとここでこうやって描けばいいのに」と、自分ダメ出しを繰り返しています。
迫力満点の自分ダメ出し……。
崎田:『ひとりほぐし』で言うと、私は昔からよく、一人でいろいろなマッサージに行ってるんです。だから、体が気持ちよさを覚えているというか。あと、ほぐす順番や姿勢、手の使い方とかでも気持ちよさは変わってくるんですけど。それはヨガのクラスで、ポーズのほかにも体をほぐす方法を繰り返し教わったことで、どういう順番ですると気持ちよくてやりやすいかというのを体で覚えているので、その感覚を参考にして構成を組んでいます。今回も監修に専門家の方々が入っていらっしゃるのですが、お願いして説明する順番を変えたり、やり方を調整させてもらったりしました。
正確さと分かりやすさの両立に悩んできた。
崎田:はい、ものすごく壁が厚いといつも思っています。
一方で、イラストレーターの方の武器は、「描きたいアングルから描きたいポーズで描ける」ことですよね。説明のために省略したり、強調したりも自由自在。どんなイメージで描いてらっしゃいます? 人体模型が何となく脳内にあってそれを回しながら描いているとか。脳内を再現していただくとどんな感じなんでしょう。
崎田:そうですね……。まず、取材や解剖図で集めた大量の情報や資料を、マンガ家モードで頭の中で整理してまとめるんです。そこからデザイナーモードで要素をさらに簡略化して、画面に絵として落とし込んでいきます。感覚的なものなので意味が分からないかもしれないですけど……自分ではそんな感じです。どのページが分かりやすいかな。
「腸」のイメージが読者の脳内に再生されるために
例えばこの「腸は立体的で大きい!」とかすごいですよね。肋骨の下から後ろに回り込むように大腸があって、背中から骨盤まで下がって、おへその下を中心にした小腸をとりまいている。体の幅いっぱいに、なんというか「骨盤にのってる」感じ。これがポンとあるだけで「あー、そっか、だからワキ腹から大腸が“掴める”んだ」っていうのがすごくよく分かる。
崎田:私もこれは取材直前までなんとなくふわっとしか知らなかったことで、聞いてびっくりしたのでそういう描き方をしました。「読者と視点が一緒に」っていうのは意識しているんです。
初めてそれが分かったときの気持ち、当事者意識を忘れないということは大切にしています。そのほうが、体のことをほとんど知らない人に、「へー、こうなんだ」っていう、自分と同じ感動が伝わりやすいと思っています。
これなんかも、この顔で「ヒャ~」って言われると、やりたくなるじゃないですか。マンガの力ですよね。

崎田:だってホントにヒャ~って感じなんですよ。このマッサージは、反響が大きかったですね。
でしょうね。へぇーって思ってやってみたら、ヒャ~って言ってるんですよ、自分が。ホントだ! みたいな(笑)。こういうのができるって素晴らしいなと思います。「直感で伝わって理屈が分かる」っていうのをこのページ数でできるというのは、イラストの力ですね。
写真では伝わらないものが伝わる理由
崎田:自分自身のしょぼいデザイナー視点や、デザイン科で学んだ「視点の誘導」「どこを見せればいいか」「どこを省くか」というものと、マンガとがいろいろ混じってるんだろうなと思います。
描く際に、なにか心掛けていることはありますか?
崎田:心がけるといいますか、大事にしていることですが、人の健康に関わることについて伝えているので、「怖さを忘れたらおしまいだな」と思ってます。
おぉ―。
崎田:例えば、あるストレッチを描いて説明不足だったりして、誰かが関節を痛めちゃったらどうしようと思って、すごく考えます。でも、注意事項を書き過ぎると画面がうるさくなるので、けがしないように読者に伝えつつ、どこまでそぎ落とせるんだろう、そういうのも気を付けてますね。伝わっているでしょうか。
伝わっていますし、すごい気を遣ってらっしゃるなっていうのは読んでても思います。ちなみに、ほかのジャンルを描いてみたい、とは思いませんか?
崎田:興味がそんなに今はないかもしれません……(笑)。やっぱり人間の体が好きっていうのは前からあると思うんです。ここに来る途中、本屋さんですごい人体解剖の資料を買っちゃいました。こういうのを。
うわうわうわ。
崎田:デザイン科だったので、デッサンの勉強ではカクカクしたものばっかり描かされるわけで。でも私はいつも人を描くのが大好きで、その頃からたぶん人間の何かに興味があったんだと思います。
私のお友達で、モリナガ・ヨウさんというイラストレーターさんがいるんですけれど、スカイツリーや築地市場など、普通なら「いや、それは大変だから写真で解説を」となりそうなものを「わざわざイラストで紹介する」お仕事が多い方なんです。(『図解絵本 東京スカイツリ―』や『築地市場: 絵でみる魚市場の一日』など)
モリナガさんに伺ったのですが、例えば東京スカイツリーならスカイツリーの、全体の構成が頭に入って、脳内で3Dモデルをくるくる回せるくらいにならないと、「どう見せたら一番ここで描きたいテーマが伝わるんだ?」と決めることができないので、描き始められないそうです。
崎田:まず、一度自分の頭の中でまるっと理解して。
そうなんです。築地市場も、情報量が膨大すぎて「いったい何を描けばいいんだ」ってぼうぜんとされていました。そのあたりを以前インタビューしました。
「写真で撮れちゃうものを私は描いているので、じゃあわざわざモリナガ・ヨウにイラスト描かせてる意味って何だ? って考えていくと、『自分にはこれがこう見えた』っていうことだと。だからそれこそ、電柱の凹みとか、スカイツリーだったらよく分からないところに開いてる穴みたいなものまで、全部目に見えたものは基本的には描く」と。それが脳内で組み上がっていくと「この穴はこのためだったのか」が見えてくるそうです。
崎田:その過程では、やっぱりもだえ苦しんでいらっしゃる?
めちゃめちゃ苦しむそうです。
崎田:分かります。私もジタバタともだえ苦しんでるんです。
時間もかかりますよね。
崎田:この『ひとりほぐし』も総合すると3年ぐらいかかっています。
写真をなぞって絵にすれば「はい、分かりやすくなりました」、っていうもんじゃないんですよね。やっぱり崎田さんというこの個性的な方が、自分の中に一旦ダーッと全部飲み込んで咀嚼して出てくるから分かりやすいんであって。
崎田:えっ、個性的ですか?
いや、めちゃめちゃ個性的だと思いますけど。こんなスタイルはご自身のどこから来るのだと思いますか。
身体が整うと、心まで楽になっていく
崎田:当事者意識というか、素人性でしょうか。「見て見て! 面白いよね」「体の中はこうだったんだよ!」「だからこうするんだよ」って専門家の方から聞いた驚きや喜びを遠慮無く出すから、「あ、私もやってみようかな」という気持ちにつながるのかなと思っています。
そこはすごく分かります。「見て、分かって、面白かった」っていうのを人に何とかして伝えたいって思いますよね。それでその人がやりたくなってくれたら、報われたみたいな気分になりますよね。そういう思いがあふれ返ってるのが崎田さんの作品だなと思いました。
崎田:ありがとうございます。なぜ自分が人間の体に強く惹かれるのか、なんですけれど、私は、自分の体をマッサージしたり、ヨガで自分で動いていくことによって、体が整っていくと、心の不調まで楽になっていくという、その感覚がとても好きなんです。
あっ、その話、精神医学の専門家の方からも同じことを伺いました!
崎田:心の問題だと思うと辛いのですが、体の不調だと誰でもけっこう受け入れやすいかなと思っています。心の不調を感じて苦しんでいる方には、一度、身体からのアプローチを試してもらいたいな、とはいつも思っています。
[日経ビジネス電子版 2022年4月28日付の記事を転載]