歌舞伎町のNo.1ホスト⇒アパレルで起業、倒産⇒路上画家に⇒ガーナの“電子機器の墓場”で「資本主義の闇」を目の当たりにする――ここから美術家・長坂真護さんの快進撃が始まります。スラム街初の私設学校、美術館、そしてリサイクル工場をつくり、実体験から導き出した「持続可能な資本主義」とは? 上野の森美術館で展覧会が開催(11月6日まで)されるなど注目を集める長坂さんの新刊 『サステナブル・キャピタリズム 資本主義の「先」を見る』 からご紹介します。

『サステナブル・キャピタリズム 資本主義の「先」を見る』(長坂真護著、吉井妙子構成、日経BP)。2022年9月20日発売
『サステナブル・キャピタリズム 資本主義の「先」を見る』(長坂真護著、吉井妙子構成、日経BP)。2022年9月20日発売
2022年9月10日~11月6日まで上野の森美術館で「長坂真護展 Still A “BLACK” STAR」を開催。アグボグブロシーに集積した廃棄物を、アートへと昇華させた作品が多数展示されている。中央に立つのは、スラム撲滅への思いを語る長坂
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2022年9月10日~11月6日まで上野の森美術館で「長坂真護展 Still A “BLACK” STAR」を開催。アグボグブロシーに集積した廃棄物を、アートへと昇華させた作品が多数展示されている。中央に立つのは、スラム撲滅への思いを語る長坂
捨てられた衣服を使った作品も出展。大量生産・大量消費社会を生きる私たちへ警鐘を鳴らしている
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捨てられた衣服を使った作品も出展。大量生産・大量消費社会を生きる私たちへ警鐘を鳴らしている

「電子廃棄物の墓場」でひらめいた

 2017年、世界最大の電子廃棄物処理場であり「電子廃棄物の墓場」といわれるガーナのアグボグブロシーを訪れた美術家・長坂真護はこうひらめいた。「電子ゴミを使ってアート作品を作り、その売り上げを地域で暮らす住民に還元できないか。電子ゴミを作品にすれば、先進国の人々がガーナの現状をリアルに知ることができるし、ゴミも減る。一石二鳥だ」

ゴミやくずを集めて生活するハードワーカーたち。有害物質の中で健康被害を受けながら1日12時間働いても賃金は日当500円程度
ゴミやくずを集めて生活するハードワーカーたち。有害物質の中で健康被害を受けながら1日12時間働いても賃金は日当500円程度
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パリで「サステナブル」の概念を知る

 その2年前の15年12月、長坂は前月に同時多発テロが起きたパリにいた。パリで出会ったのが、サステナブル(持続可能)なビジネスを手掛けているアシュリーという女性だ。アシュリーはロサンゼルスでオーガニック化粧品を製造・販売していた。「オーガニック化粧品がたくさん売れればそれを栽培する有機農園が増え、すると汚染された土地が減り、地球がよみがえるという発想でビジネスを行っている」と長坂に語った。

 それまでの長坂は、ビジネスと環境保全はトレードオフ(相反)の関係だと考えていた。「環境に配慮しながらマネタイズ(収益化)できるのがサステナブルと知り、ビジネスの鉱脈を見つけた気分になった」

 年が明け、帰国した16年。知り合いの事業家たちに「サステナブルの時代が来ます。一緒に事業をやりませんか」と打診してみたものの、ほとんどの人に「慈善事業家にでもなるのか」「環境保全活動家にでもなるのか」と相手にされなかった。当時、長坂自身も絵画で環境保全に役立てるとは思わなかったし、ましてや地球環境に役立つビジネスは何かと悩む毎日が続いたという。

 そんな日々を送る中で知ったのが、ガーナのアグボグブロシーだった。資本主義経済、大量生産・大量消費社会がつくり出した新たな”奴隷制度”がアグボグブロシーに存在している、彼らは先進国が貪り尽くしたもののツケを払わされている……そう感じた長坂は、「彼らの環境を変えたい」と決意した。初めて訪れたガーナで、長坂の人生の時計の針が力強く動き始めたのだ。

「文化、経済、環境」の3要素を循環させる

 その後、何度かアグボグブロシーを訪ね、電子ゴミを作品化することで「サステナブルを構成する歯車がカチッと組み合わさった気がした」と長坂は振り返る。「文化、経済、環境」。この3つが結びつき、急回転し始めたのだ。

 「とはいえ、今すぐ資本主義社会、大量消費社会から抜け出せるものではない。だからこそ、文化、経済、環境のバランスを取りながら回していくことが、今を生きる僕たちには必要ではないかと思い始めた」

真のサステナブルは、文化、経済、環境のすべてが動く
真のサステナブルは、文化、経済、環境のすべてが動く
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文化=電子ゴミを利用してアートをつくる。環境=作品を作れば作るほどゴミが減り、アグボグブロシーの現実を世界に発信できる。経済=絵を売ったお金で現地にリサイクル工場などをつくって雇用を増やす

 18年に日本で初めてのガーナ展を行い、ガーナの子どもをモチーフに描いた作品に1500万円の値が付いた直後、長坂は個展開催のオファーを受け、米国に旅立った。

 「僕はそこで、“サステナブル・キャピタリズム”という言葉を初めて使い、ガーナでの体験を語った。すると米国の知人たちは、この言葉に激しく反応し、『超クール!』『かっこいい!』などと絶賛してくれた。それ以降、自分の活動を説明するときはサステナブル・キャピタリズムという言葉に収れんさせている」

『Ghana's son』
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『Ghana's son』
18年に開催したガーナがテーマの展覧会「美術は人を救うためにある、ガーナのスラム街を訪れて」に出展。長坂の作品の中で初めて1500万円という高値を付けたことが、サステナブル・キャピタリズムの概念にたどり着くエンジンとなった

ソーシャルクレジットが絵の価格を引き上げた

 さらに、「今、企業に求められるのはサステナブル・キャピタリズム尊重の姿勢ではないか」と長坂は言う。「文化、経済、環境の3つをバランスよく回せばソーシャルクレジット(社会的信用)が生まれ、企業のソーシャルクレジットが高ければ、それがソーシャルインパクト(社会的影響)を醸成するからだ

 長坂自身の収入は作品の売り上げの5%と決め、大半はアグボグブロシーの環境、労働問題を解決するための事業に投資している。「この数字を生涯変えることはない。その信念がソーシャルクレジットを生み出し、そしてそのソーシャルクレジットは僕の絵の価格を引き上げた」。長坂の作品だけを扱う専用ギャラリーは国内外で11店舗にまで増えた。香港、ニューヨーク、パリにも開設し、今後も増えていく見込みだ。

 「僕はガーナに生かされている。何年かけても、ガーナの国旗の中心にある黒い星・ブラックスターを輝かせたい。そのために絵を描き続け、いずれピカソを超える。公言した以上、必ず遂行する。そして、ガーナにエシカルなスマートシティを完成させる。現在のガーナでの事業計画は3本。農園、リサイクル工場、そしてEVバイク(電動二輪車)メーカー。この3本柱が軌道に乗り、ブランド化ができたら、スラム街の人たちにスマートシティーへの移住を呼びかけるつもりだ。サステナブル・キャピタリズムの概念が古びたものになるまで、僕は地球というキャンバスにサステナブルな絵を描き続ける」

日経xwoman 2022年9月28日付の記事を転載]

■No.1ホスト、起業後に倒産 、「せどり」で稼ぐ波瀾万丈な人生
■ガーナのゴミを10億円に変えるカラクリ ーー 長坂流「相対性理論」
■「行動し続けること」で導き出した、持続可能な資本主義論
■スマートシティを作るために考えたSPAC(特別買収目的会社)でのロンドン市場への上場

長坂真護著、吉井妙子構成/日経BP/1870円(税込み)

構成/日経xwoman編集部 写真提供/MAGO CREATION