米大統領選におけるドナルド・トランプの勝利は、3年前から予想されていた。トランプの世論調査担当は共和党支持層に強固なトランプ派がいることを見いだし、「レーガンよりずっといい数字だ」と指摘していた。なぜ2020年の選挙では敗れたのか? 2020年に敗れた後、トランプが新しい選挙戦略を練る姿を日経ビジネス人文庫『国家の危機』(ボブ・ウッドワード、ロバート・コスタ著/伏見威蕃訳)から抜粋・再構成してお届けする。
※ボブ・ウッドワードの新刊『
WAR(ウォー) 3つの戦争
』(伏見威蕃訳)を2025年初めに刊行予定。ウクライナ、中東、アメリカ大統領選という「3つの戦争」の舞台裏を徹底取材した1冊。
共和党を「労働者の党」にしたトランプ
「私の支持率はほんとうにそんなにいいのか?」
2021年6月16日、ニュージャージー州ベッドミンスターのゴルフ場でひらいた政治会議で、トランプは長年世論調査担当をつとめているジョン・マクラフリンにきいた。
「はい」マクラフリンはうなずき、自分の会社が5月21日に共和党予備選挙の有権者に対して行った世論調査に関するプリントアウトを指さした(*1)。
73%が、2024年にトランプが再出馬することを望んでいた。しかも、トランプが戦いに加われば予備選挙で支持すると、82%が答えていた。
マクラフリンが、つぎのページに移った。共和党予備選挙の有権者への質問だった。
“2024年の共和党大統領予備選挙を予想し、以下の候補者でいま選挙が行われるとしたら、だれに投票しますか?”
競争相手のなかでトランプがずば抜けていて、ほかの12人以上をしのぎ、57%を得ていた。2位のマイク・ペンスはわずか10%だった。人気が急上昇しているフロリダ州知事ロン・デサンティスが、8%で3位だった。
「こういう数字を、これまで見たことがあるか?」トランプはきいた。
「いいえ」マクラフリンはいった。「この数字、あなたの数字は、レーガンよりもずっといいです。多くの面で、あなたはレーガンよりもずっと保守的な大統領でした」マクラフリンはいった。
「移民と貿易でずっと強硬で、中絶反対で、ほかにもさまざまなことで強硬でした。レーガンはつねに、民主党員の支持を得たり、労働者階級の有権者を惹きつけたりしようと努力していましたが、あなたはほんとうに共和党をアメリカの男女労働者の党に変革しました」
それは1回限りの会議ではなかった。大統領を辞任したあとは規模こそかなり縮小したが、トランプはずっと活発な政治活動をつづけていた。
そのほかの数件の政治世論調査も、共和党員のトランプ支持が根強いことを示していたが、かなり不利な数字も出ていた。4月に実施された全米の登録有権者を対象としたNBCニュースと≪ウォール・ストリート・ジャーナル≫の共同世論調査では、トランプ支持32%、不支持55%で、対してバイデンは支持50%、不支持36%だった。
「あなたが攻撃されればされるほど、支持基盤は強固になります」マクラフリンはトランプにいった。「増大します。あなたへの支持がどこかへ行ってしまうことはありません」
マクラフリンは数週間前からトランプに、バイデンの支持は1980年の選挙以降のジミー・カーターとおなじように、いずれ落ちこむといいつづけていた。カーター政権はイランのアメリカ大使館の人質危機にのみ込まれて、ロナルド・レーガンが勝った。
「振り子は戻ってきます、大統領」マクラフリンはいった。「辛抱しましょう。じっと待ち、なにが起きるか見届けましょう。バイデンを選んで損をしたという有権者が出てきます。
これはあなたのワクチンです。国を経済が復活する寸前の状態にしたのはあなたです。バイデンにその功績を奪うことはできません」
庶民と肌で結び付く
ケリーアン・コンウェイは、いまもトランプの側近のひとりだった。
「私のケリーアン、私のケリーアン」夏のゴルフを終えたあと、トランプはさかんに彼女に電話をかけはじめた。
昨年にホワイトハウスを去ったあと、コンウェイは2020年の選挙には公式に参加しなかった。2016年にトランプの選挙対策本部長だったときから5年が過ぎているいま、トランプの敗北とは一定の距離を置いていた。
「私のケリーアンと呼ぶのは結構ですけど」コンウェイはいった。「でも、そうではないように見なしてもらいたいんです」
コンウェイはもうトランプに雇われてはいないし、トランプの巨大な資金集めの組織を選挙後の生計として当てにしている補佐官たちに疑いの目を向けていた。
「私はそういう人間ではないにせよ、一個の人間で、あなたと親しいけど、14億ドルの再選挙運動資金から10セントどころか1セントももらっていません」
わかった。納得して、トランプはいった。
「あなたに知っておいてもらいたいことが、8つか10あります。基本に立ち返りましょう。そもそも2016年に勝てたのはどうしてですか? 庶民と肌で結び付いていたからです。庶民は忘れ去られています。あなたは彼らを引きあげました。経済、文化、心情の面で、彼らはほんとうに利益を得ました。あなたが大統領だったとき、経済は上向き、社会的移動性が増しました。ですから、あなたが負けたことでもっとも傷ついたのは彼らです」
「もっとも傷ついたのは、彼らが炭鉱労働者、鉄鋼労働者、エネルギー産業の労働者だったからです。彼らは中所得者層です。子供はひとりではなく、3人か4人います。その人たちはいま、経済的移動性で後退しつつあります」
「不満をいうのはやめましょう。もう選挙に固執するのはやめましょう。ほんとうの心配事を論じましょう。2016年にあなたを応援した郊外の女性たちの支持を取り戻しましょう。ジョージア州ではなく中国について怒りの声をあげましょう」
トランプは助言に礼をいい、2016年の選挙が懐かしいといった。最後のほうではごく少数の補佐官とともに自家用機で集会から集会へと飛びまわった。それを取り戻し、アウトサイダーになりたいと、トランプはいった。2020年の選挙は大企業的だった。
「それじゃ、きみはすべてを指揮したいんだね、ハニー? 次回に」トランプはいった。
コンウェイは笑い、約束はしなかった。
「いいですか、2度目にアメリカ合衆国大統領になれたけど、あなたは2度とも勝ち目が薄かったのですよ(注:アメリカ合衆国改革党から出馬しようとしたことを含めている)。でも、今回のあなたにはハングリー精神と気炎万丈の態度がありませんでした。今回は資源が豊富で、スタッフもおおぜいいた。アーリントンは」トランプが選挙対策本部を置いたところだ。「ブルックリンになったんです」2016年にヒラリーがそこに選挙対策本部を置いた。
「どういう意味だ?」トランプがきいた。
「2020年のトランプは、2016年のヒラリーに似ていました。お金、時間、エゴがありすぎたんです」
その後、友人や献金者とともにコースに出たときに、トランプはゴルフ仲間に、バイデンを嘲(あざけ)るために自家用機のボーイング757を使うことを考えているといった。2022年の中間選挙に先駆けて、影のエアフォース・ワンが、国中を飛びまわる。
「アメリカ国民は飛行機が好きだ」トランプはいった。「赤と白とブルーに塗り替えようかと思っている。エアフォース・ワンみたいに。エアフォース・ワンはこうあるべきだというように」
「それが私の銘柄(ブランド)だ。ビジネスジェット機みたいなものは使わない。CEOみたいにちっぽけなガルフストリームに乗って現れるようなことはやらない」
1 “National Survey Results General Election Likely Voters Political Environment, Trends & Analysis,” McLaughlin & Associates, May 2021, mclaughlinonline.com.
ボブ・ウッドワード、ロバート・コスタ著/伏見威蕃訳/日本経済新聞出版/1320円(税込み)
ボブ・ウッドワード著/伏見威蕃訳/日本経済新聞出版/2750円(税込み)


