米国の著名投資家ウォーレン・バフェット氏は、自らが率いる投資会社バークシャー・ハザウェイの株主に宛てて書いた「株主への手紙」で米アップルの積極的な自社株買いを大絶賛した。米国では一般に自社株買いは株高要因と受け止められており、「自社株買い神話」といってもよいほどだが、バフェット氏の絶賛からはバークシャー・ハザウェイの方針転換という別の事情も見えてくる。日経プレミアシリーズ『 株式投資2023 不安な時代を読み解く新知識 』(前田昌孝著)から抜粋・再構成してお届けする。

バフェット氏が宗旨替え?

 米国の著名投資家ウォーレン・バフェット氏が2022年2月26日に、自らが率いる投資会社バークシャー・ハザウェイの株主に宛てて書いた「株主への手紙」の2021年版を読んで、驚いたことがある。発行済み株式の5.55%を保有するアップルの積極的な自社株買いを大絶賛していたのだ。

 「アップル株の保有比率は1年前の5.39%から5.55%に高まった。わずかな増加(スモール・ポテト)に見えるかもしれない。でも考えてみてほしい。アップル株の保有が0.1%ずつ増えることは、利益の持ち分が1億ドル増えるのに等しいのだ。しかも当社はこのために何ら追加投資をしていない。アップルの自社株買いがこれを実現させたのだ」

米国の著名投資家ウォーレン・バフェット氏(写真/shutterstock)
米国の著名投資家ウォーレン・バフェット氏(写真/shutterstock)
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 もう1つ驚いたことがある。バークシャー・ハザウェイの米国株投資ポートフォリオのうち、アップル株が占める割合は41.7%(2022年10月17日現在の推定値)と極めて大きいものの、一般には投資会社の投資戦略の一環として保有しているものと理解されている。ところが、「株主への手紙」でバフェット氏は「アップル」を保険事業や貨物鉄道事業と並ぶ一事業に格上げしたのだ。出資比率は5.55%だから、現実のことではないが、アップルを子会社にしたようなイメージだ。

 後者の話はともかく、なぜバフェット氏はアップルの自社株買いを手放しでほめたのだろうか。実はバークシャー・ハザウェイはもともと自らの自社株買いに慎重だったが、2018年にアップルをみて、積極的に転じた経緯がある。株価が1株当たり純資産を下回るときだけしか買わないという従来規定を削除し、バフェット氏や盟友のチャールズ・マンガー副会長が必要だと認めるときはいつでも買えるようにしたのだ。

自社株買いをしなくても上がる株

 しかし、バフェット氏がほめたたえたように、自社株買いが株価の押し上げ要因になるというのは、理屈ではおかしい。別に自社株買いをしようがしなかろうが、株価は上がるときには上がる。図表1はGAFAM(グーグル=アルファベット、アップル、フェイスブック=メタ・プラットフォームズ、アマゾン・ドット・コム、マイクロソフト)の5社に、テスラ、ネットフリックス、エヌビディアを加えた米ハイテクビッグ8の上場株式数の増減と、株価倍率を示している。

図表1 米ビッグ8の株式数と株価倍率(過去5年と過去10年)
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 上場株式数が減っているのは、自社株買いに積極的に取り組んだ表れだが、株価倍率のほうをみると、自社株買いをしようがしなかろうが、値上がりする銘柄は値上がりしている。自社株買いをすると、発行済み株式数が減少するため、1株当たり利益が増え、株価の押し上げ要因になるというのは、自社株買いが株価上昇に結び付く理屈としてよく語られることだが、1株当たり利益が増える理由は自社株買いだけではない。将来に向けて事業拡大のための投資をして首尾よくいっても1株当たり利益は増えるのである。

 企業の手元資金の使い方として、自社株買いだろうが将来への投資だろうが、それが的確ならば株価の押し上げ要因になり、疑問を感じさせるようなものならば株価を押し下げる、と考えたほうがいいのではないか。

 「そうはいっても将来への投資は1株当たり利益が増えるかどうか分からないが、自社株買いの場合はいくら増えるか計算すれば、すぐに分かる。だから株価の押し上げ要因として、より確実ではないか」と主張する向きもあるだろう。

 しかし、株価純資産倍率が1倍を超える局面で自社株買いをすれば、1株当たり純資産は減少してしまう。理屈ではこれは株安要因である。自社株買いは1株当たり純資産の減少を無視して株高要因だと主張する向きが大きいが、将来への投資が実を結べば1株当たりの利益も純資産も増加する。後者のほうが株価の押し上げ要因としてより正当であろう。

アウトパフォームしない現実

 バークシャー・ハザウェイも2018年から方針転換をして積極的に自社株買いに取り組んでいるのは、前述の通りだ。その軌跡は図表2に示している。しかし、バークシャーの株価(A株)は2017年末の29万7600ドルから2022年10月17日の41万9101ドルへ40.8%上昇しただけ。

 すごく上がっているじゃあないかと言われるかもしれないが、この間に配当込みS&P500は5212.76から7804.33へ49.7%上昇しており、バークシャーは流れに乗れなかったのだ。この4年9カ月間余りの比較だけで結論めいたことをいうのは尚早かもしれないが、自社株買いが本当に奏功していれば、S&P500を上回る上昇率を記録していてもいいはずだ。

図表2 バークシャー・ハザウェイの自社株買いの金額と期末上場株式数
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 もう1つ、米国で自社株買いに積極的な銘柄100社の株価推移を追いかけるS&P500自社株買い指数というものがある。この指数の過去10年間の推移をみると、親指数のS&P500の上昇率を上回ったり、下回ったり、局面によってパフォーマンスは様々だ。自社株買いをすれば株価が上がるなどと単純にはいえないことが分かる。

 自社株買いは市場での株式の買いを伴うから、株高に結び付くという連想が働きやすい。自社の先行きが明るいことを知っている企業自身が割安だと考えて買うのだから、買い場であることを示すシグナルだという説明をする人もいる。しかし、大量に買いを入れている短期的な局面はともかく、中長期に株価が上がるわけではないことは、図表1にも端的に表れている。最初の前提が間違っているのではないかと感じざるをえない。

「長期・分散・積み立てだから安心」は大間違い!

物価高や円安の株価への影響、真価が問われる東証プライム市場やガバナンス効果の動き、NISAが誘う長期・分散・積み立て投資の現実、「投資の神様」バフェットの買い出動の結果など、株式市場の世界を取材歴40年のベテラン証券記者が、取材とデータ分析をもとに独自の切り口で解説。

前田昌孝著/日本経済新聞出版/1045円(税込み)