このコラムでは日経BPのメディアを率いる編集長に聞いたおすすめ本をお届けします。今回は、 日経クロストレンド の佐藤央明編集長に聞きました。「稀代(きだい)のマーケター」「第一線のクリエーティブディレクター」、そして「大ベテランのスポークスパーソン」と、今まさに最前線で活躍されているビジネスパーソン3人による珠玉の3冊です。小難しいマーケティング理論などではなく、感動あり、笑いありの、すぐに役立つ実践的な本をご紹介します。

 まずは日本を代表するマーケター、森岡毅さんの本を推します。USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)をV字回復させ、現在はマーケティングの精鋭集団である「刀」を率います。最近では、21年春にリニューアルした「西武園ゆうえんち」の成功でもおなじみです。

●『苦しかったときの話をしようか ビジネスマンの父が我が子のために書きためた「働くことの本質」』(森岡毅著/ダイヤモンド社)

 マーケティングや組織論、リーダーシップ論などを前面に打ち出す他の森岡さんの本と少し違って、この 『苦しかったときの話をしようか ビジネスマンの父が我が子のために書きためた「働くことの本質」』 (ダイヤモンド社)は、執筆当時大学生だったご自身の娘さんのために、「働き方」を書きためた“虎の巻”です。従って、全編を通して、娘さんに対して「君」と語りかける形式になっているのがとても読みやすく、特に進むべき道を迷っている若い方々にとって、道しるべとなるべき本になっています。

 例えば、自分の強みの見つけ方。森岡さんは「Tの人(Thinking)」「Cの人(Communication)」「Lの人(Leadership)」の3分類で示します。自分がどれに当てはまるのか、具体的なやり方とともに解説。自分の強みが生きる職能の選び方が身に付けられます。

 ……と粛々とご紹介してきましたが、私が思うこの本のハイライトは何と言っても「第5章」です。森岡さんが新卒で入社したP&G(プロクター・アンド・ギャンブル)時代の「3つの黒歴史」。赤裸々に語るこの章は圧巻です。

 森岡さんと言えば、マーケティング界のスーパーマンというイメージを持つ人も多いかもしれません。ですが、3つの黒歴史から読み解けるのは、劣等感、無力感、焦燥感などに苛(さいな)まれる姿。娘さんに見せたいようなかっこいい姿では全くなく、むしろ一生隠しておきたいようなエピソードばかりです。20代、30代で苦しんできたその姿は、若い方のみならず、私のようなおじさん世代にもグッとくるものでした。

 単なるサクセスストーリーではない、森岡さんの知られざる一面が分かる良書です。本当は、日経BPから出している著書 『 誰もが⼈を動かせる! あなたの⼈⽣を変えるリーダーシップ⾰命』 『マーケティングとは「組織⾰命」である。 個⼈も会社も劇的に成⻑する森岡メソッド』 をお薦めしたいところではありますが、あえて1冊選ぶならこの本です!

 テーマは「センスとは何か?」。くまモンや電子マネーのiDなどを手掛けた、good design company代表取締役の水野学さんの著書です。私を含め、「自分にはなぜセンスがないんだろう。すごい企画をひらめくヒットメーカーになりたい!」と願うすべての人に、ぜひお読みいただきたい本になっています。

●『センスは知識からはじまる』(水野学著/朝日新聞出版)

 水野さんは「センスのよさは特別な人にだけ備わった才能ではない」と説きます。つまり、誰にでも手に入れられるもの。その源泉になるのが、本のタイトルにある「知識」なわけです。

 この 『センスは知識からはじまる』 (朝日新聞出版)で、まず目からうろこだったのは「センスがよくなりたいのなら、まず普通を知る方がいい」というお話。あらゆる事象を測ることができる、普通という“定規”を持つことが第一歩になります。その上で必要なのが知識。水野さんは、過去に存在していたあらゆるものを知識として蓄えておかなければ、新たに売れるものを生み出すことは不可能だと言います。

 突拍子もないことを思いつくことは誰にでもできます。ですが、それがヒットするかどうかと考えると、必要なのは過去の蓄積なんですね。ヒットは「あっ!」ではなく「へぇー」に潜んでいる、と書かれていますが、これこそが私にとっての「あっ!」でした。

 読んでいてうれしかった部分をご紹介します。「知識の幅を広げるために必要なのは王道と流行を知ること。流行を知る手だてとして最も効率がいいのは、雑誌」。水野さんは、女性誌、男性誌、経済誌、ライフスタイル誌と何十冊にも目を通されるそう。長年、流行情報誌の「日経トレンディ」に携わってきた身としてはとてもうれしく、皆さんにもぜひまねをしていただきたいと思います!

 3冊目は、弊社の本を熱く語らせてください。仕事にも役立って、勉強にもなって、それなのに劇的に面白いという、マージャンでいえば大三元のような役満級の本。 『もし幕末に広報がいたら 「大政奉還」のプレスリリース書いてみた』 (鈴木正義著、金谷俊一郎監修/日経BP)です。

●『もし幕末に広報がいたら 「大政奉還」のプレスリリース書いてみた』(鈴木正義著、金谷俊一郎監修/日経BP)

 著者は大ベテランの広報、アドビ執行役員 広報本部長の鈴木正義さん。鈴木さんがアップルの広報時代に何度か取材させていただき、とてもお世話になりました。現在は日経クロストレンドで、広報のお仕事における苦悩や胃痛の日々を赤裸々に語る連載「風雲! 広報の日常と非日常」を交替でご執筆いただいています。

 その連載自体も毎回“鈴木節”で面白いんですが、あるとき突然送られてきた原稿に目を疑いました。

 「大政奉還のプレスリリース書いてみた」――。

 「?????」。意味不明のまま読み進めると、内容はいたって真面目。「まずはプレスリリースの狙いを整理せよ」「見出しと第1センテンスはファクトをコンパクトにまとめよ」……。本気のプレスリリースであることが分かります。

 それなのに、書いてあることは、大政奉還なんです。
・江戸幕府(所在地:江戸、代表者:征夷大将軍徳川慶喜、以下幕府)は本日、朝廷に対し大政奉還の奏上をしたことを発表します。
・今後も幕府は公武合体の新体制のもと、これまで200年以上の幕府運営のナレッジを生かし朝廷を支援してまいります。

 書いている私がおかしいんじゃないかと疑われそうな文章ですが、そのままの抜粋です。
 揚げ句の果ては、
・二条城での大政奉還のイラスト:ダウンロードはこちら
・マスコミからのお問い合わせ:幕府広報部  press@edobakufu.go.jp の悪ふざけ。

 ところが読み終わると、プレスリリースの書き方に加えて、大政奉還が何なのかまで分かってしまうという奇跡が起きます。信じられない人はこちらをお読みください( もし幕末に広報がいたら 大政奉還のプレスリリースを書いてみた )。

 読者の間で異様な反響を呼んだことは言うまでもありません。続編を早速書いてもらったところ、次のお題は「本能寺の変」。織田信長や明智光秀はほぼ登場せず、まさかの“本能寺目線”で書かれており、再び抱腹絶倒と相成りました。書籍化は必然でした。

 書籍では、42編の歴史上の出来事についてのプレスリリースや広報戦略を収載しています。史実を正しく伝えるために、監修者として歴史コメンテーターで東進ハイスクール日本史講師の金谷俊一郎さんにも入っていただいています。これで日本史の試験対策もバッチリです。

 私が中でも大好きなのは、
・一方的な「忠臣蔵」を吉良家側から情報発信
・顧客プライバシー保護が甘かった「池田屋事件」
の2つ。

 忠臣蔵は浅野家ではなく、あえて“悪役”の吉良家の視点から、その言い分をプレスリリースで紹介。「歴史は勝者がつくる」とよく言いますが、史実は1つではないことを思い知らされます。池田屋事件は、桂小五郎ら幕末の志士たちが集結するという情報がもれてしまったことへの、池田屋による弁明のリリース。現代なら「今バイト中なんだけど、アイドルのAさんがうちの旅館にお忍びで来てる!」的な投稿をSNSにしてしまったイメージですね。

 先ほど大三元と書きましたが、もう一役ありました。日本史上の出来事なのに、松尾芭蕉はYouTuber、紀貫之はバ美肉おじさん、生麦事件はワーケーション、生類憐みの令はSDGs…と、必修のトレンドキーワードが随所に登場。これが、小難しい歴史の話を軟らかく解きほぐし、歴史を知らなくても読める面白本にしてくれています。勉強と聞くと五感を閉ざす中2の息子も、ゲラゲラ笑いながら一気に読んでいました。お子さんからお年寄りまで、誰もが楽しめる1冊です!

イラスト/shutterstock イラスト加工/髙井 愛



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