このコラムでは日経BPのメディアを率いる編集長に聞いたおすすめ本を紹介します。「専門性×編集長の人となり」が垣間見えるセレクト、お楽しみください。今回は 日経ヘルスケア の永井学編集長が「親が介護サービスが必要になったとき、どうすればよいのか」が分かる、優れたガイドブックにもなる1冊をご紹介します。
広島県呉市で2人暮らしの両親。2014年に母親がアルツハイマー型認知症であることが判明し、高齢の父親による老老介護が始まった様子を、一人娘で映像作家の信友直子さんが記録したドキュメンタリー映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』(2018年)は、大きな反響を呼びました。
母に代わって家事を始めたのは当時95歳の父。認知症である妻を支えながら続く日々の暮らしを、涙あり、ユーモアありで丹念に描いた映像に共感の輪が広がりました。単館上映で封切られた同作は異例のロングランとなり、全国約100館まで上映規模を拡大。20万人以上の観客動員を記録しました。2019年に同名の書籍も新潮社から発行されています。
2022年3月25日、その続編となる『ぼけますから、よろしくお願いします。 ~おかえり お母さん~』が公開されました。描かれるのは前作の「その後」です。認知症が進行し、脳梗塞を発症して入院生活が始まった母。父は毎日1時間かけて面会に通い、病床で励まし続けます。しかし2020年になり、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染流行で面会もかなわなくなる中、病状は深刻さを増していきます。
この映画公開と同時期に刊行されたのが 『ぼけますから、よろしくお願いします。 おかえりお母さん』 (信友直子著/新潮社)です。信友さんが「中国新聞」で2020年4月から2021年8月まで、コロナ禍のさなかに掲載されたエッセイに、書き下ろしの最終章を加えたものです。本書では映画で描かれるエピソードの他、信友さんのお母さんが認知症の診断を受け、父と娘が母の認知症介護にどう向き合っていったかが改めて丁寧につづられ、今作から読み始めてもこれまでの経緯を理解できるようになっています。
映画で感動し、書籍で認知症や介護への理解を深める
本書を映画と併せておすすめしたいのは、より物語に感動できるだけでなく、「親が介護サービスが必要になったとき、どうすればよいのか」が分かる、優れたガイドブックにもなっているからです。読者は物語に引き込まれるなかで、信友さんと同じ目線に立ち、介護サービスの利用方法を自然と学ぶことができます。映画と書籍のセットで、認知症や介護についての理解がより深まるようになっているのです。
介護サービスを利用する際は、まず地域の高齢者を支援する総合相談窓口である「地域包括支援センター」に相談するのが一般的です。そして、介護サービスがどれだけ必要かを示す「要介護度(要支援1・2、要介護1~5の7段階)」を判定するため、「要介護認定」を受けます。要介護認定が出たら、介護サービスの利用スケジュールを組んでくれる「ケアマネジャー」を選び、利用サービスを決めていきます。
信友さんのお母さんは要介護1と認定され、「訪問介護(ホームヘルプ)」と「通所介護(デイサービス)」をそれぞれ週1回利用することになりました。訪問介護はホームヘルパー(訪問介護員)さんが自宅を訪問して、移動や入浴の手助けなどの身体介護や清掃や食事などの生活援助を行ってくれるサービス。通所介護は要介護高齢者を施設で日中預かってくれ、食事や入浴、レクリエーションなどを提供してくれるサービスです。こうした一連の手続きや各サービスの特徴などが、とても分かりやすく説明されています。
本書では「医療・介護のプロフェッショナル」たちの仕事ぶりにも光が当てられています。ケアマネジャーや週1回来訪するベテランのヘルパーたちのプロとしての鮮やかな手際を描き、介護のプロが利用者や家族にとって、いかに頼もしく安心させてくれる存在であるかが語られます。元かかりつけの先生もわざわざ来訪してくれたり、病院の医師、リハビリのスタッフなども親身に接し、医療のプロとして家族をサポートしていきます。
認知症や介護、脳梗塞、入院などは、誰しもに起こり得ることです。人が老いて、病気になり、いずれ別れることは避けられません。しかし、本作品からは悲しさやつらさばかりではなく、ほほ笑ましさやいとおしさ、「それでも生きていく」という人の強さも伝わってきます。それが本作品を他人事ではなく「わが事」のように感じた観客や読者から支持を得た理由の一つでしょう。
なお、本書の終章では、101歳になった信友さんのお父さんの現況がつづられています。要支援1の認定を受けているものの、介護サービスは利用していないとのことで、日々の生活の工夫や食事・運動などの健康長寿の秘訣に迫っています。現実をあるがままに受け入れ、お母さんに誠実に寄り添って支えてきたお父さん。私もすっかりファンになりました。願わくば、お父さんのような人になりたいものです。
イラスト/shutterstock イラスト加工/髙井 愛
