このコラムでは日経BPのメディアを率いる編集長に聞いたおすすめ本を紹介します。「専門性×編集長の人となり」が垣間見えるセレクト、お楽しみください。今回は 日経xwoman の片野温編集長が、キャリアと人生の選択に迷う女性たちに向けた2冊を推薦します。

●『シャネル―最強ブランドの秘密』(山田登世子著/朝日新聞社)
「やりたくないことは何? まずそれを認識しよう」。講師の言葉にハッとしたのは、日経xwoman(クロスウーマン)が催したキャリアセミナーでのこと。やってみたいことなら、これまでに何度も書き出してきた。でも、言われてみれば、逆向きの発想をリストにしたことはない。
私の「嫌!」が発動するのはどんな時? ストレスに感じているものは、と考えてみた。すぐに頭に浮かんだものはいくつかある。果たして、気持ちに従いそれらをやめられるか、我慢していないか、自分の中の「こうあるべき」が邪魔をしていないか。そんな葛藤がさらにぐるぐると渦巻いたのは、 『シャネル―最強ブランドの秘密』 という本を読んだ時だ。
窮屈なコルセットやロングドレスから女性たちを解放し、20世紀初頭から活躍したトップデザイナー。ココ・シャネルについてこれ以上のことをあまりよく知らなかったが、本書を読み、そこに描かれた生き方に一気に引き込まれた。
驚いたのは、シャネルを突き動かした原動力が「嫌悪の感情」だったということ。本には彼女のこんな言葉が紹介されている。「いったいなぜわたしはモードの革命家になったのかと考えることがある。自分の好きなものをつくるためではなかった。何よりもまず、自分が嫌なものを流行遅れにするためだった」
シャネルが嫌悪を示したのは「女性を飾りものにする特権階級のモード」、つまり持ち主や贈り主である男性の財力を顕示する、過剰装飾のドレスや宝石だった。壊したいと思ったものの対極として、実用的でシンプルなスタイルを生み出したというのだ。
男性の下着などに使われる伸縮性あるジャージー素材からエレガントな外出着を、貴金属を使わずとも華やかなイミテーション・ジュエリーを、喪服にしか使われることのなかった黒をシンボルカラーに。女性たちが社会に進出し始めた時代の風に後押しされ、常識とされていたことを覆していったのがシャネルだった。
自分の気持ちに正直であること、「こうあるべき」から自分を解き放つこと。自分らしいキャリアや人生を生きる上でも、まずはそこから始めてみない?というメッセージを、私は本から受け取った。固定観念にとらわれていると、自分らしさは遠のいていく。次第に目標が分からなくなるし、息苦しくもなる。でも、ちょっと見渡せば、既存の道以外にもたくさんの道が延びていることに改めて気づく。正直な気持ちに向き合った時、そこにはどんな道が加わるだろう。シャネルの語録と著者が解説した人生哲学を読み進めるうちに、葛藤の感情が穏やかになり、心が少し軽くなった。
私が読んで感じたことは上記の通りだが、本書はブランディングや大衆消費社会の心理をつかんだビジネス戦略など、シャネルの起業家としてのセンスが光るエピソードをたっぷり紹介している。シャネルをファッションとビジネスの両方から知ることのできる、読み応えのある1冊だ。
●『なぜ自信がない人ほど、いいリーダーになれるのか』(小早川優子著/日経BP)
皆さんはキャリアでどんなことに壁を感じたことがあるだろうか。私は自分自身がつくり出す壁がやっかいだなと感じている。
例えば、自信が持てないこと。己を信じてずんずん突き進めばいいのに、なぜかブレーキをかけてしまう。「きっと経験すればひと皮むける」という選択肢を前に、「私ごときが」などと必要以上に縮こまる。振り返って自分が嫌になったこともたくさんある。
だから、自信がないせいで昇進のオファーを断り、仕事と家庭の両立への不安から会社を辞めた経験があるという、著者・小早川優子さんの言葉は、心にすうっと入ってきた。この本 『なぜ自信がない人ほど、いいリーダーになれるのか』 は、日経xwomanが女性たちと、女性が強みを発揮する組織を目指したい経営層などに向けてつくった1冊だ。
著者は「管理職なんて自分にはムリ」と思っている人に、「自信がないことは悪いことではない。今後の社会においては大きな強みにもなる」と力強く語りかける。周りの女性たちが出産後などにキャリアでつまずきや戸惑いを感じているのを見て、不安が心の中に生まれる大きな要因は個人の問題というよりも、環境や社会構造の問題ではないかと感じたという。
「自信がなくても乗り越えるすべを身に付ければ、より自分らしい選択をすることができる」と、本では3つの“武器”を紹介している。1つ目は自分とチームの持ち味を存分に引き出すために知っておきたい「さまざまなリーダーシップ・スタイル」、2つ目は何かを思考・判断する際に心のよりどころとなる「マネジメント思考」の知識、3つ目はコミュニケーションを通し難問に立ち向かう方法としての「Win-Win交渉術」。ビジネスの場で繰り返し実践すれば、確実な力になっていくだろう。
著者は、管理職を打診されたら自信がない人ほど引き受けてほしいと強調する。なぜなら、後に続く女性たちにとっての勇気になるから。自信がない人も「それもまた私」と思えて心が軽くなれば、誰もが豊かなキャリアを形成していける多様性ある社会につながる、と本は教えてくれる。
イラスト/shutterstock イラスト加工/髙井 愛 写真/スタジオキャスパー

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