このコラムでは日経BPのメディアを率いる編集長に聞いたおすすめ本を紹介します。「専門性×編集長の人となり」が垣間見えるセレクト、お楽しみください。今回は 日経クロステック の森重和春IT編集長が「失敗」をテーマにした3冊を推薦します。

●『失敗学のすすめ』(畑村洋太郎著/講談社文庫)

 私は出版社でIT関連の記事を扱う編集部に所属しています。取り上げるテーマのうち、最も読者ニーズが高い記事の1つが、トラブルや失敗の事例です。情報システムがなんらかの障害で止まった、通信キャリアのネットワーク障害により携帯電話が使えなくなったなど起こる事象はさまざまですが、いずれも当事者にとっては大きな失敗です。時には会社の経営に深刻なダメージが生じるような影響があるケースもあります。

 ITや通信ネットワークは社会のインフラとして広く浸透しているので、1社のトラブルが、多くの国民の生活に支障をきたすことも少なくありません。最近でいえば、2021年2月からみずほ銀行の情報システムに障害が立て続けに発生した事例はその典型です。2022年7月に発生したKDDIの大規模な通信障害により、約3日間にわたってネット接続や音声通話が影響を受けた事例も記憶に新しいでしょう。

 こうしたトラブル事例を記事で報じるのは、読者にとって多くの学びがあると考えているからです。決して他者の失敗を糾弾したり、ましてや揶揄(やゆ)したりしようというものではありません。なぜその失敗が起こったのかを知ることは、同じような失敗を防ぐヒントになります。

 IT関連のトラブル事例を長年取材してきたなかで出合った一冊が、 『失敗学のすすめ』 です。単行本が2000年、文庫版が2005年に発行されたものですが、私が手に取って読んだのは2009年。「オペミスをなくそう」という特集記事を執筆したときのことです。情報システムの運用担当者のオペレーションミス(=オペミス)が原因で起こるシステム障害をいかに防ぐか、というテーマの特集です。

 その特集記事を書くときの取材相手の1人が、本書の著者である畑村洋太郎氏でした。「失敗学の大家」として、失敗をなくすにはどうすればよいかを取材しました。そのときの取材でお聞きした内容が、本書でふんだんに解説されています。

 畑村氏によれば、失敗には「よい失敗」と「悪い失敗」があります。よい失敗とは「細心の注意を払って対処しようにも防ぎようのない失敗」であり、「起こってしまった失敗から人々が学び、その経験を生かすことで『未知』なる知識の発掘に成功した失敗」といいます。

 「失敗は成功のもと」とよく言われますが、失敗を成功につなげるのはそう簡単ではありません。なぜその失敗が起こったのかの原因を特定して排除しないことには、また同じ失敗を繰り返してしまいかねません。

 本書では、そのための方法論を多様な切り口で考察しています。失敗とは何かの解説に始まり、失敗の階層的な分類、失敗の分析方法、失敗を生かすシステムづくりなど。例えば、失敗を生かすシステムづくりでは、失敗情報を集めたデータベースづくりや、潜在的な失敗を企業会計に反映すべきという提案まで書かれています。

 失敗の話ばかり読んでいると暗い気持ちになりそうに思うかもしれませんが、この本の本質は失敗を肯定することであり、次の成功につなげることです。そういう前向きな気持ちで読めば、難しい仕事を成功裏に進めるための気付きが得られるはずです。

●『失敗の科学』(マシュー・サイド著/ディスカヴァー・トゥエンティワン)

 畑村氏の『失敗学のすすめ』には、日本企業や日本社会全体の特徴として「安全管理がまともにできずに、事件、事故をいたずらに繰り返している昨今の風潮」という記述があります。その詳細は本を読んでいただくとして、「米国には失敗を検証して次の失敗を防ぐシステムがあるが、日本にはそれがない(例外はある)」という趣旨の指摘をしています。

 では実際に、失敗を肯定して防止策を考え、発展の種にする米国のシステムとはどのようなものでしょうか。それを知ることができる本として紹介したいのが、米国のジャーナリスト、マシュー・サイド氏の著作 『失敗の科学』 です。この本も『失敗学のすすめ』同様、失敗を検証して次の成功に生かすための知見が過去の失敗事例の分析などと併せて解説してあります。取り上げた事例の多くが詳細かつ生々しく書かれていて、もし自分が当事者だったらと怖くなったりもします。

 本書は決して、米国にはこんなすごいシステムがある、という礼賛ものではありません。米国においても、失敗を次に生かせないことは大きな課題であるとしています。その典型として、医療分野を挙げて解説しています。一方で、長い年月をかけて失敗を次に生かすシステムを構築してきた業界の筆頭として、航空業界を取り上げ解説しています。

 畑村氏が指摘していた米国のシステムは、これら各業界の事例を基に解説されています。ミスの報告を処罰しないルールを持つ組織の話、企業が消費者のフィードバックを基に試行錯誤しながら製品を開発していくリーンスタートアップの手法などはその一例です。

 この本も、失敗を許容すること、失敗から学ぶことの重要性を改めて考えさせられる一冊です。

●『ポストモーテム みずほ銀行システム障害 事後検証報告』(日経コンピュータ著/日経BP)

 最後に取り上げるのも前の2冊同様、失敗の検証をテーマにした本です。私が所属する編集部で発行した 『ポストモーテム みずほ銀行システム障害 事後検証報告』 を紹介します。タイトルの「ポストモーテム」はあまりなじみのない単語かもしれません。直訳すると「検屍」や「死体解剖」の意味ですが、米国のIT企業はシステム障害が発生した後の事後検証報告書を「ポストモーテム」と呼び、検証を実践しています。

『ポストモーテム みずほ銀行システム障害 事後検証報告』
『ポストモーテム みずほ銀行システム障害 事後検証報告』

 この本ではその名の通り、みずほ銀行のシステム障害を検証しています。2021年2月から2022年2月までに合計11回起こったシステム障害について、トラブルの経緯やその原因などを分析しています。

 最初のシステム障害が起こった2021年2月28日、編集部の職場チャットには、障害のニュースを共有するメッセージが飛び交いました。みずほ銀行の支店に駆けつけた記者からは、「キャッシュカードがATMに取り込まれた人に話を聞いた」という報告が届けられました。時間を追うごとに事態が重大なものであることが明らかになり、編集部ではニュースの報道体制を整え、複数の記者が取材や記事の執筆に奔走しました。翌年まで続く一連のシステム障害も継続的に取材し、記事にしました。

 本書は、そうした記者の取材に基づく事実や、みずほ銀行から出された報告書などをつぶさに分析してまとめたものです。冒頭の第1章「前代未聞、12カ月で11回のシステム障害」では、立て続けに起こったシステム障害の経緯を詳細に記述しています。それぞれの障害の際にみずほ銀行や同行のシステムで何が起こっていたのかがよく分かります。

 第3章「なぜ障害は拡大した、15個の疑問点」では、社会に影響するような大きな障害に発展した2021年2月と8月の2回の障害を取り上げ、なぜ大規模なトラブルに発展してしまったのかを、疑問に答える形で解説しています。

 みずほ銀行のシステム障害に関する特別調査委員会の報告書には「失点を恐れて積極的・自発的な行動をとらない傾向を促進する企業風土が根底にある」「言うべきことを言わない、言われたことだけしかしない」など、厳しい指摘が並びました。失敗から学び、次の失敗を防ぐには、こうした企業風土の改革が不可欠でしょう。

 本書で取り上げたシステム障害の検証から、情報システムの開発や運用に携わる人にとって、さらには失敗のリスクが伴う仕事に携わるすべての人にとって、たくさんの教訓が見つかるはずだと自負しています。

イラスト/shutterstock イラスト加工/髙井 愛 写真/スタジオキャスパー



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