手術はその人にとって人生の一大事だ。だが、手術の中には、プラセボ(偽の手術)と効果が変わらないものがいくつか含まれている可能性があるという。薬であれば、プラセボ(偽薬)を与えた群と比較して、効果の有無を検証できるが、手術となると、倫理上の問題から偽の手術と比較することが難しいため、どこまでが手術の効果でどこまでがプラセボ効果かははっきり分かっていないものが多い。プラセボ効果研究の第一人者、カリン・イエンセンの最新刊『 予測脳 Placebo Effect 最新科学が教える期待効果の力 』(中村冬美・翻訳)から一部抜粋して、手術における期待効果について解説する。

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手術部位を間違えたのに症状が改善

 ミネソタ州にある米国トップクラスの医療機関、メイヨー・クリニックの脊椎外科医が、一部の患者に対し誤った手術つまり、損傷部位とは別の部位を手術していたことが発覚した。

 それが分かったのは、患者から苦情が来たためではない。逆に、ほとんどの患者は手術に満足し、痛みが和らいだそうだ。それを知った外科医は、自分たちが普段している手術に本当に効果があるのかを疑い、手術以外の何かに患者の痛みを和らげる要因があるのではないかと考え始めた。

 そこで医師たちは、本物の手術をするかニセの手術をするかを無作為に決め、患者の痛みの軽減効果を比較する研究を始めた。その結果は、後述するように驚くべきものであり、手術における期待効果の研究に対する新しいアプローチのきっかけとなった。

 プラセボと聞くと、ほとんどの人は薬を思い浮かべるだろう。しかし、プラセボ治療にはさまざまな方法がある。例えば、プラセボ軟膏、プラセボ注射、特殊な鍼(はり)を使ったプラセボ鍼など。これらの手法のポイントは、本物の治療法の信頼できるコピーであることだ。治療をしている錯覚を起こさせる必要がある。

効果を確かめる対照実験の実施が難しいのがネック

 プラセボ手術(ニセ手術)は、研究目的で行うニセの治療の中で最も珍しい形態だろう。手術のすべての手順を模倣し、身体にメスを入れるが患部の処置はしない。つまり、治療をせず身体を切って縫合するだけだ。現代では、プラセボ手術は開腹手術よりも、身体に小さな穴を開けて行う内視鏡手術で実施するケースが増えている。

 通常、手術の効果は、無作為化試験を通じてプラセボと比較されることはない。

 そもそも患者を本物の手術とプラセボ手術に無作為に振り分けることは危険であり、非倫理的だからだ。例えば、心臓手術を必要としている患者は本物の手術を受けるべきであり、そうでなければ患者の命が危険にさらされる。

 これまでのところ、プラセボ対照の手術を実施した研究は数件しかない。珍しいからこそ、より興味深く学ぶことができる。先ほどメイヨー・クリニックのプラセボ試験について触れたが、これは外科医が自分たちのやり方に疑問を持ったことがきっかけだった。研究を率いたのはデイビッド・カルメスだ。カルメスたちは、骨粗しょう症で脊椎を圧迫骨折した患者の治療をしていた。この骨折は大変な痛みを伴い、患者に重大な障害をもたらす恐れがある。

手術をした人も偽手術の人も効果は同等

 脊椎圧迫骨折を治療する手術の一つに椎体形成術と呼ばれる方法がある。骨折部位に長い針を刺し込み、骨セメントを注入して骨を安定させる。処置により痛みが軽減し、通常の機能を取り戻すことが期待される。

 カルメスと彼の同僚たちは、術後に患者が回復したのはセメントを注入したからなのか、それとも他の要因によるものなのかという疑問を抱いた。そこでカルメスは、患者の半分に骨セメントを注入し、残り半分にニセの手術をするプラセボ対照試験を実施するため、倫理審査を申請した。

 患者にはもちろん、周囲の関係者にも本物か偽物かを隠し、施術する外科医だけに知らせるようにした。この研究は承認され、131人の患者が手術を受けた。その半数は骨セメントで、残りの半数はニセの手術を受けた。

 整形外科医の思惑通り、どちらのグループの患者も、痛みと身体機能の両方が改善したことが分かった。しかも、本物の手術もプラセボも、改善効果は同等だった。本物の手術を受けたほうが改善効果は大きいと予想されていたので、多くの人はこの結果に驚いたが、グループ間の差はまったくなかった。

(写真:Shutterstock)
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治療効果がプラセボと変わらない手術がある

 メイヨー・クリニックのこの研究には、注目すべき点が二つある。

 第一に、比較的よく行われている手術に、プラセボ手術を超える効果がなかったことは注目に値する。つまり、現在、病院で行われている手術の中には、治療効果がプラセボと変わらないものがあるということだ。

 手術はもともとリスクを伴うため、メリットが明確に証明されない限り、手術の実施は正当化されない。メイヨー・クリニックの外科医チームは、手術を新しい視点から見直し、実施するかどうかに細心の注意を払う必要があることを示した。

 第二に、彼らの脊椎研究は、好奇心旺盛な医療スタッフが患者の話をよく聞き、真摯に対応することの重要性をよく表している。何しろ間違った手術を受けたにもかかわらず、患者が喜んだことから「何かおかしい」と感じたのは医療スタッフであり、「症状が改善した要因は手術以外の別のことにある」という仮説が生まれた。

 このように感度の高い医療スタッフがいれば、いつも通りの観察が研究につながり、やがて診療のやり方を変えるような医学的知見になることもある。

患者を無用なリスクにさらさないために

 スウェーデンの外科医は、メイヨー・クリニックの研究やその他の類似の研究が、椎体形成術を実施するかどうかに大きな影響を与えたと証言している。他のいくつかの外科手術も同様で、プラセボ手術を用いた新しい研究により治療戦略の見直しが進められている。

 期待効果の重要性を理解することは、手術に関しては特に重要だ。なぜなら、手術は侵襲的(身体に負担を与える)治療であり、リスクを伴う。さらに、手術は麻酔下で実施されることもあり、それ自体にリスクがある。これらを考え合わせると、手術が効果的であることを示す十分な根拠がなければ、患者は無用なリスクにさらされることになる。

 外科手術における期待効果に関する本を書いた米国の外科医イアン・ハリスは、若く経験の浅いころは手術に関する意思決定がそれほど難しくなかったが、学ぶほどに決断が難しくなっていったと述べている。経験を積めば積むほど、意思決定が必要な各項目において評価すべき要素が増えていった。

 ハリスによれば、患者は不確かな理由で手術を勧められることが多く、合併症のせいで術後に以前より悪くなったと感じる人がたくさんいて、手術を受けず自然回復によって機能を取り戻せる人も少なくないという。

 外科医は、自分が執刀する手術に効果がないとは思っていないだろうが、プラセボ手術と比較して手術にどの程度の効果があるのかに関してはほとんど知らない。

 だからこそ、誰が手術を受けるべきかについて、科学的根拠に基づいて判断することが難しい、とハリスは述べている。エビデンスがない場合、彼らは外科での慣習や同僚のやり方に従う。多くの場合、手術によって患者の症状は改善するのだが、問題はどのようにして改善するかだ。

(第4回に続く)

人は無意識のうちに、自分がしようとしていることに「期待(マイナスの期待のときもある)」を持ち、それがメンタル面だけでなく、身体機能にも影響を及ぼします。この期待効果(医学の世界では「プラセボ効果」)を理解することで、仕事も人生もより豊かになります。運動も薬も「効く」と思って実践した方が、絶対にお得な理由を本書で明らかにします。

カリン・イエンセン(著)、中村冬美(訳)、日経BP、1870円(税込み)