日本企業の典型のようなマネジメントを続けてきた会社が、従来のビジネス開発プロセスで新規事業や事業開発に取り組んでも、成功は期待できません。「未知のこと」に挑戦するときには、それに適したマネジメントが必要です。その実践的な手法が「リーン・マネジメント」です。会社を変えるのではなくチームを変えるマネジメント手法です。1年で100億円の売り上げアップを実現し、リクルートキャリア執行役員兼リクナビNEXT編集長を務めた細野真悟氏の著書 『リーンマネジメントの教科書 あなたのチームがスタートアップのように生まれ変わる』 から一部抜粋して掲載します。
多くの日本企業の中で、既存事業の変革や新規事業の立ち上げが試みられているものの、成功しているという話はほとんど聞きません。優秀な人材が多く集まるはずの大企業で、既存事業の変革は頓挫し、新規事業の立ち上げは失敗に終わってしまうのは、なぜでしょうか。
それはマネジメント手法に大きな誤りがあるからです。
未知なることに挑戦するときは、従来から続けてきたマネジメント手法が適しているわけではありません。未知なることに挑戦するためのマネジメント手法が求められます。
マネジメント手法を抜本的に変える
私自身、リクルートで転職支援サービス「リクルートエージェント」を担当していたときに、大企業の中で既存事業を変革することの難しさを経験しました。これまで通りに既存事業を伸ばしていくときと、未知なることに挑戦する既存事業の変革や新規事業の立ち上げとでは、求められる仕事のプロセスがまったく異なるのです。
幸いリクルートエージェントの取り組みでは、1年間で100億円の売り上げアップという成功を収めました。もちろん、100億円アップは私1人の力ではありませんし、顧客に日々向き合って価値を提供していただいている現場の皆さんのお力あってのことですが、その現場の皆さんの力を最大限引き出す変革をするために、私が実際に行ったのは、マネジメント手法の抜本的な改革でした。
私が自分自身のマネジメント手法を大きく見直すことができたのは、リクルートエージェントを担当する前に、新規事業開発を担当していた経験があったからです。私は2000年にシステム担当としてリクルートに入社し、リクナビNEXTを担当したのですが、その後、新規事業開発の担当になりました。そのときに『リーン・スタートアップ』(エリック・リース著、日経BP)という本に出会い、むさぼるように読んで勉強しました。
リーン・スタートアップとは、本格的なプロダクト開発をする前に、低コストで実験を行い、顧客の反応を見ながら改善を繰り返していくというやり方です。私はその本で学んだことを、新規事業開発チームで日々実践してきました。2年間でトータル20個ほどの小さな実験を繰り返した結果、残念ながら事業化には結びつかなかったのですが、そこでの学びは大変大きなものがありました。
会社を変えるのではなくチームを変える
ただし、リーン・スタートアップで学んだことを実行したら、すいすいと変革が進んだというわけではありません。スタートアップ企業のように日々トライ&エラーを繰り返すのが当たり前の環境でリーン・スタートアップを実践するのと、組織構造が複雑な大企業の中で実践するのとでは、やるべきことが大きく異なるからです。
でも、次第にわかってきたことがあります。「べき論」「理想論」を掲げて「こうすべきです」と息巻いても会社に受け入れてもらえないけれど、「受け入れてもらえるようにするコツがある」ということです。その蓄積があったからこそ、2013年にリクルートエージェントに異動になってから、わずか1年で大きな成果を残せたのです。
リーン・マネジメントは、企業を変革するような大がかりなマネジメント手法ではありません。あなたの担当する事業単位でリーン・スタートアップを実現する方法です。つまり、会社全体のマネジメントは変わらなくても、あなたのチームは変わっていく方法です。
私はそれを「リーン・マネジメント」と名付けました。リーン・マネジメントは、大企業のマネジメント層の方々が既存事業の変革や新規事業開発を任されたときに何をすべきかを体系化した、超実践的なマネジメント手法です。明日からでも実行できる「使えるネタ」が満載だと自負しています。
実際、私が大企業のマネージャー向けに開いている「リーン・マネジメント講座」は、大好評をいただいています。その講座の内容を書籍化したのが『リーンマネジメントの教科書』(日経BP)です。
「一神教マネジメント」では通用しない
昭和の頃のようなモノが不足していて作ればすぐに売れるような時代は、「一神教マネジメント」が主流でした。一神教マネジメントとは、私の造語なのですが、正解に最も近い場所にいるのが経営者だとあがめ、その正解に向かって全社一丸となって向かっていけばよいというマネジメントスタイルのことを指します。一神教マネジメントの場合、唯一絶対の神である経営者に委ねる形で社内決議がなされるため、起案するときも「これで正しいのでしょうか?」とお伺いを立てるやり方でよかったわけです。
「神」とあがめられるような経営者は実際には少ないと思いますが、マネジメントだけは一神教型になっている会社は多いと思います。そういう会社でも何とかなっていたのは「やるべきことが、だいたいわかっている」という中での競争に勝てばいい時代だったからです。
しかし、顧客のニーズが多様化し競合もひしめき合う変化の激しい現代では、経営者も含めて正解を知る者が誰もいないので、一神教マネジメントだけではこれまでのように通用しません。
リーン・マネジメントが有効な市場
では、どんなケースでは一神教マネジメントを用い、どんなケースではリーン・マネジメントを用いたらいいのか見ていきたいと思います。
まず、既にマーケットがあって、顧客ニーズがわかっていて、商品やサービスに大きな変化が求められていない「改善」を行う場合は、一神教マネジメントが効果的だと思います。一方、既存マーケットがある場合でも、既存プレーヤー(自社も含め)を一気にひっくり返しにいくような場合は、リーン・マネジメントを使うことをお勧めします。既存のビジネスプロセス全体をDX(デジタルトランスフォーメーション)するケースにおいて、ベストな姿を一気に描き切って、長期間かけて大規模なビジネス変革プロジェクトを行うのはリスクが高すぎます。新たなビジネスプロセス全体がどのような形になればうまくワークするかなんて、最初の時点では誰もわからないからです。
そのような場合は、小さな実験を繰り返し、リスクを軽減させながら、ビジネスプロセス全体を変革していく必要があります。その際に有効なのがリーン・マネジメントなのです。そして、既存マーケットそのものがない新規事業を創造する場合は、当然リーン・マネジメントが有効です。既存マーケットが存在しないので、世の中にある未解決の課題や、人々が気づいていない機会を生み出していかなければなりません。消費者が何にお金を払ってくれるかわからなくて、とても不確実性が高いので、リーン・マネジメントが有効なのです。
「リーン」と「一神教」を使い分ける
一方で、大企業の強みは、リソースを一気に投入できることです。初期の「創造」フェーズを経て、ビジネスとして収益を生み出す見込みがあることがわかったら、一気に広げていくフェーズになるため、そうなったら一神教マネジメントに切り替えてリソースを一気に投入すればいいのです。
事業のフェーズでいうと、「0から1を作り出す」ときはリーン・マネジメントにします。小さく始めてみて、うまくいくことが証明されたら、「1から100へと一気に引き上げる」ために一神教マネジメントに切り替えます。もっとはっきり言えば、中期経営計画に組み込みます。このつなぎ役である両方のマネジメント言語がわかる人が、これからは重宝される時代になるでしょう。
リーンとアジャイルを混同すると危険
ここで「リーン」という言葉について、よくある誤解について触れておきます。それは「アジャイル」との違いです。大企業の一神教マネジメントの中で、「アジャイル型開発」と「リーンなやり方」が混ざって誤解されていることが多いのです。
リーンなやり方とは「小さく作って改善していく開発手法」だと思われていますが、これはアジャイル型開発の考え方です。一神教マネジメントの場合、完成形のイメージがあるので、最初にすべての機能の要件定義をして、一気に設計書に落とし込んだ上で開発していく、ウオーターフォール型開発を行います。
一方で、アジャイル型開発とは、最小限の機能を持つプロトタイプを小さく作って、顧客のフィードバックを得ながら改善を繰り返すやり方のことです。アジャイルそのものは「ソフトウエア開発手法」の1つであり、あくまでプロダクトを「作る」ことを前提としています。実験して失敗すれば「撤退する」といった考え方を持っていません。「作る」ということが前提になっていると、「顧客からいい評価をもらえないのは、まだ顧客の要望を満たせていないからだ」と考え、どんどん機能を作り込んでいくことになります。
アジャイル型開発には、作る前の段階で「顧客が製品を本当に欲しいと思っているのかどうかを確認する」というステップはありません。とにかく「プロトタイプをスピーディーに世に出してみるのが正しい」という前提だからです。
そして、起案者側からしても、プロトタイプを作ってユーザーにぶつけてみることで仕事が進んでいる感触を得られるのでうれしくなってしまいます。撤退するという選択は、その仕事がなくなることを意味し、自分の評価が下がることも危惧して簡単にはやめられなくなります。
これに対してリーンは、実験してみて、うまくいかなかったら「すぐに撤退する」ということが前提です。安い予算で顧客が本当にそれを欲するか「プレトタイプ」を使って確認するということを行います。それがプレトタイピングです。
プレトタイピングとは、シリコンバレーの起業家であるアルベルト・サヴォイア氏による造語で、時間と予算をほとんどかけずに、製品化しようとしているモノのアイデアが市場で受け入れられるかを確かめるための手法のことです。「前(Pre)」と「フリをする(Pretend)」を掛け合わせた言葉です。
「プロトタイプを作ることすら場合によっては無駄だ」と考えるのがリーンで、「プロダクトをどう小さく作り始めて改善していくか」と考えるのがアジャイルです。これらの違いがわかりにくいため、大企業でのPoC(Proof of Concept、概念実証)は巨大なプロジェクトに発展してしまうのです。
思い当たる経験をした方も多いのではないでしょうか。リーン・マネジメントは、そういう「大企業あるある」を解消するマネジメント手法です。リーン・マネジメントは、3つのセオリーと2つのツールから成ります。どれも明日からすぐ使える考え方やツールなので、ご自分で実践していただければと思います。次回以降、その概要を説明します。
(次回に続く)
新規事業や事業変革を推進する上での障害となる「不幸な光景」「大企業あるある」を解決する、「目から鱗」のマネジメント手法の解説書。日本を代表する企業のマネジャーたちが絶賛する超実践講座を書籍化。驚きのセオリー&明日から使えるツールが満載。
【目次】
第1章 なぜ日本の大企業では「イノベーションの教科書」が役立たないのか?
第2章 リクルートエージェントの売り上げをどうやって1年で100億円アップさせたのか?
第3章 「未知のこと」を扱うリーン・マネジメント(概要編)
第4章 実験とは何か?
第5章 実践編1 驚きのセオリー
第6章 実践編2 明日から使えるツール
第7章 脱・平凡発想
第8章 現場で一歩踏み出すためのヒント