働き方を考えることは、「誰とどう過ごすか」を考えることでもある――リモートワークが定着しつつある今、同じ場で共に働くこと機会が減った我々は何を失ったのでしょうか。書籍 『LISTEN 知性豊かで創造力がある人になれる』 の監訳者、篠田真貴子さんにこれからの働き方のヒントになる1冊を紹介してもらいました。

成功するチーム 3つの共通点

 「聞く」ことは、「日々身近に接する人と心を許しあえる関係でいたい」といった人間としてのごく自然な欲求を満たすための行為の一つです。ですが、今の時代、それはしっかりと意識していないと失われがちなものなのかもしれません。

 仕事のチームも人間としての営みの中にある。そんなことを考えさせられる本が 『THE CULTURE CODE ―カルチャーコード― 最強チームをつくる方法』 (ダニエル・コイル著、楠木建監訳、かんき出版)です。これは名著ですので、ぜひご紹介させてください。

画像のクリックで拡大表示

 この本の問いは、とてもシンプルです。同じような人を集めても、非常にパフォーマンスが高いチームと、そうでもないチームがありますよね。この差はなぜ生まれるのかを探究した本です。

 この本では、成功したチームを分析し、これらに共通するものとして、

1.「安全な環境をつくる」
2.「弱さを見せる」
3.「共通の目標を持つ」

の3つのスキルがある、としています。

 いかがでしょうか。ここまで聞いただけでは、「まあ、当たり前かな……」と思われる方も多いかと思うのですが、この本が非凡だと思うのには理由があります。

「よくいわれていることだし、もちろん意識して取り組んでいるよと思うかもしれませんが、ここが違うのです」
「よくいわれていることだし、もちろん意識して取り組んでいるよと思うかもしれませんが、ここが違うのです」
画像のクリックで拡大表示

 著者は、「チームのパフォーマンスを高めるために、これら3つを意図的に行ってみましょう」と、話を終わらせるのではなく、これらのことが「無意識に」行えるような環境づくりこそ大切だ、と訴えているのです。

 なぜ「無意識」に行えることが必要なのでしょうか。

6メートル以内にいるだけで…

 例えば、チームで働くとき、人は常に「私の仕事はプロジェクトの方向性に合っているかな?」「今、この意見を言っても大丈夫かな?」などと探りながら行動しています。もし「どんな意見でも自由に言ってくださいね」とアナウンスされていたとしても、みんなの前で意見を述べる時は、「さすがにこんな意見はまずいかな?」などと無意識に考えてしまうものです。

 個人のスキルを発揮させるためには、無意識に訴える環境づくりをしなければならない、というわけです。

 1.の「安全な環境をつくる」というのは、いわゆる「心理的安全性」に近い話なのですが、それには集団の中での「安全なつながり」、帰属意識が必要です。そして、帰属意識をつくるうえでは、やはり人と人との物理的距離の影響が大きい、という話が出てきます。

 アメリカで行われたチームにおける物理的な距離とコミュニケーションについての実験で、メンバー同士の距離が6メートルの範囲まで近づくと、コミュニケーションを取り合う頻度が急激に高まることが分かりました。

 一方、8メートル以上離れると、自分のチームだと思わなくなるのか、コミュニケーションの頻度がぐんと下がってしまうそうです。まして、階が離れ、視界に入らなくなってしまったら、心理的には別の会社くらいに遠くなってしまうそうです。

 また、3.の「共通の目標を持つ」ことについてのエピソードにも興味深いものがありました。

「アメリカで行われたある大学のコールセンターを使った心理学の実験です」
「アメリカで行われたある大学のコールセンターを使った心理学の実験です」
画像のクリックで拡大表示

 ある大学のコールセンターでは、大学の奨学金のための寄付を募る仕事を行っています。実験のため、スタッフは3つのグループに分けられました。1つめはこれまで通りに業務を続けるグループ。2つめは奨学金をもらった学生からの感謝のお手紙を読んでもらったグループ。3つめは、短時間ですが、実際に奨学金をもらった学生数名から直接、話を聞いたグループです。

 すると、3つめの話をしてもらったグループは、集めた金額が通常のグループの2倍近くになったそうです。

問われるのは「誰とどう過ごすか」

 つまり、単に言葉だけで目標や方向性を示すのではなく、実際に当事者に会って話を聞き、その意味を心から理解するほうが、明らかにパフォーマンスが高まるというわけです。群れで暮らす社会的動物である人間の脳はどのように動くのか、ということを理解し、それに沿った方法で「目標、方向性を示す」ことの重要性を考えさせられます。

 本の中には、他にもグーグルやIDEO、ピクサーなどの有名企業から、軍隊や警察、コメディ集団、公立中学校から窃盗団のピンクパンサーまで珍しいチームの事例がたくさん紹介されていて、それもまたおもしろいところです。

 この本を読んで分かるのは、「この仲間が大切、だからこの仲間のために頑張りたい」というのが自然な心の動きなのであって、「心理的安全性を高めるためにこの研修をしよう」などと、なんでも意図的におこなえばいいわけではないのだということです。

 もちろん、研修には効果が無い、というわけではありませんが、もっと人間的な営みとして無意識にチームワークできるような取り組みが大切なのではないか、ということを示唆しているのです。

 そう考えると、リモートでのチームワークというのはやはり少し不自然なところがあるのかもしれません。

大量自主退職時代がきた背景

 もちろん、様々な工夫を凝らして、うまくできているところも多々ありますが、長期間会社へ行かなくなり、同僚とも会えなくなってきたため、会社への帰属意識が薄れてしまう、というのは無理もないことです。

 コロナ禍以降、アメリカでは自主的に企業を退職する人が急増し、「Great Resignation(大量自主退職時代)」が到来した、と話題になっています。

 転職だけでなく、しばらく仕事を休もう、という人も増えており、エッセンシャルワーカーから専門職まで、あらゆる分野で人手不足になっているようです。その原因の一つといわれているのがリモートワークです。

 長期間出勤せずにいるうち、会社への帰属意識が薄れ、より家族との時間やプライベートを大事にできるよう柔軟な働き方ができる仕事へ転職したり、自分がほんとうにやりたい仕事をしたいという思いが強くなったりして辞めてしまう人が増えているのです。

 人間にとって、「誰とどう過ごすか」は重要です。

 ステイホームで家族との時間が増えました。特に子どもが小さかったりすると、「子どもと一緒に過ごせるのはもう何年も無いし、もっと一緒にいたいな…と考えるようになった」という人もいるのではないでしょうか。「誰とどう過ごすか」が変わってくれば、当然、価値観も変わってきます。

「この数年で「誰とどう過ごすか」という価値観が変わった人もいると思います」
「この数年で「誰とどう過ごすか」という価値観が変わった人もいると思います」
画像のクリックで拡大表示

 これまで同じ場で共に働くことで生まれていた「この人たちと一緒に働きたい」「この人たちのために働きたい」といったチームメンバーに対する気持ちが、リモートワークによって、徐々に薄れていってしまうというのも、人間として当然のことでしょう。

 もちろん、リモートワークがもたらした良い変化はたくさんありますので、それを否定するものではありませんが、社会的な動物としての人間という意味で、つながりをつくるための時間の大切さを忘れてはいけないなと思います。

取材・文/井上佐保子 構成/中野亜海(日経BOOKプラス編集部兼第1編集部) 写真/山口真由子