こんにちは。秋田道夫と申します。本業はプロダクトデザイナーでこの道40年以上になるのですが、私の名前をTwitterで初めて知ったとい方もいらっしゃるかもしれません。

 もともとブログや雑誌のコラムで文章は書いていたのですが、2年前の3月にTwitterを始めて、つれづれなるままに頭に浮かんだ言葉をつづるのが習慣になりました。

Twitterを2年前に始めたら…
Twitterを2年前に始めたら…
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 当初はフォロワー数十人、数百人程度のささやかで地味なアカウントだったのですが、いくつかのつぶやきを境に2日間で7万人もフォロワーが増えまして、あれよあれよという間に11万人に。その後も含めて、こんなつぶやきが広く拡散されました。

■「どんどん本を読んで色々なものを観てください。
そしてどんどん忘れてください。
それでも残っているのがあなたの知識です。」

■「自信というのは浮くためでなく流れないための重りです」

■「出かける時はユーモアと機嫌の良さをポケットに」

 自分でも驚くほどでしたが、多くの人が喜んでくださる言葉やそうでもない言葉の差異を自分なりに比較分析するうちに、コミュニケーション上の私のこだわりというか、作法を再認識しました。

言葉の高さを意識する

 言葉をストレスなく受け取ってもらうには、高過ぎず低過ぎず「適度な高さ」で差し出すことが大事です。

 立った状態ならば、地面から150cmくらいの目線で。カウンター越しに手渡すならば、70cm程度がちょうどいい。ついサイズを数字で説明してしまうのは職業柄ですね。

 受け取る相手にとっても差し出す自分にとっても、無理のない高さ。上から見下すわけでもなく、こびへつらうわけでもなく、「よかったらどうぞ」という感じの高さに“置く”イメージで、私は言葉を届けることを心がけています。

 ブログを始めたときも「デザインの仕事をもらうために書くことはしない」と決めていましたし、デザインの仕事を受ける際に「秋田道夫の世界観を貫こう」なんていう気持ちはさらさらありません。

 「試作品は“たたかれ台”」というスタンスで、かなり柔軟に改良するタイプです。つまり、自分にも相手に期待をしないし、欲を出さないのです。私が「いつも機嫌がいい」と言われるのは、無理をして背伸びをしようとしないからでしょう。

 読書においても同じです。

著者と友達になりたいかどうか

 私が心地いいと感じて読み進められる本の共通点は、「言葉の高さがフィットする」です。

 威圧的で上から目線な筆致はどうも苦手で、「自分はこう思うのだけれど、いかがでしょう」という姿勢の著者に共感を覚えます。

 アルトゥル・ショーペンハウアーの『読書について』に、「読書とは他人にものを考えてもらうことである。一日を多読に費す勤勉な人間は次第に自分でものを考える力を失ってゆく」という一節がありますが、私の読書の姿勢に通じます。すなわち「考える主体は誰か」を見失ってはいけないということです。

 小説家でいうなら夏目漱石が好きですね。先輩や権威者よりも、若い友人や後輩との交流を大切にしている日常もにじみ出ていて、「友達になりたいな」と思わせてくれる穏やかさがありますから。

「夏目漱石の『こころ』はやはり名作だと思います」
「夏目漱石の『こころ』はやはり名作だと思います」
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 「私の文章やTweetを読んでくださった方から「秋田さんは結構な本を読んできたでしょう」と言われます。

 そんな大した読書量だとは思いませんが、確かに本は昔から好きですし蓄積はあるほうだと思います。今はほとんど手元に残していませんが、昔の自宅には当時お世話になっていた木工所にお願いして壁一面を使った本棚を特注で作ってもらって、そこに海外のデザイン雑誌と本を隙間なく並べていました。古い家だったので「床が抜けてしまうのでは」と心配していたほどでした。

 人生には「とりわけ読書に没頭する時期」というものがあるのかもしれません。私の場合、それは13歳から30代半ばがピークでした。

 中学生から、会社員時代まで、小説、建築、海外のデザイン雑誌などさまざまなジャンルの本を読んでいました。逆に、独立してからはあまり読まなくなりましたね。

 蔵書が多かったという話をしましたが、1冊1冊のすべてを読み込んでいたわけではありませんよ。1冊の本のなかで、自分にとって響く言葉が二つか三つあればいい。

 かといって、なんとなく読めばいいというものでもなく、自分に必要なピースを探そうと意識は研ぎ澄まして、油断はしない。本は漫然と読まないように心がけてきました。

手元に残している大切な本

 少し前に、コンパクトな事務所に引っ越したのを機に、蔵書をさらに絞り込んで、本当に大切にしたい本しか手元に残していません。

 そのうちの1冊が、デザイナー・柳宗理さんが88歳のときに出した著作選集『 柳宗理 エッセイ 』(平凡社)です。

「手元にずっと残したい1冊です」
「手元にずっと残したい1冊です」

 柳さんは代表作「バタフライ・スツール」をはじめとする椅子や数々のキッチンツールが有名ですが、水道の蛇口やガスのコックなど、現代生活の“当たりまえ”のベースをつくったデザイナーです。日本人が貧しかった戦後の時代に、火力を効率的に使って早くお湯が沸くヤカンや七輪などをデザインした方です。その造形というより、志に深く共感します。

 私もこれまで信号機やICチャージ機など、公共で使われるもののデザインに積極的に携わってきましたが、「誰のために、どう役立てるか」を大切にしていきたいと常々感じています。デザインの目的は自我の表現ではない、というのが私の考えです。

 ちなみに、この本は私が17年ほど前にあるメディアに寄稿を始めたブックレビューの第1回で紹介したタイトルでもあります。私が最初に就職した会社で1年目にいただいたデザイン賞の第1回受賞者が柳宗理さんであったことも、ありがたいご縁です。

 久しぶりにめくってみると、至るところに付箋が貼ってありますね。その付箋に、走り書きでメモを書いています。

「本に直接書き込まなかったという点に、柳さんに対するリスペクトが表れていますね」
「本に直接書き込まなかったという点に、柳さんに対するリスペクトが表れていますね」
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 「友達になれそうだな」と思ったり、ちょっと遠慮したり。まるで対人関係のように、本と付き合っていて我ながら面白いですね。

取材・文/宮本恵理子 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集部) 写真/鈴木愛子