パフォーマンスを上げるためには、知らない分野の本を読んで見識を広げる「旅」をすることが重要。世界最先端の経営理論に精通しビジネスパーソンの注目を集める経営学者、入山章栄・早稲田大学ビジネススクール教授が「旅」に関するお薦め本を紹介する連載第3回は、ファイナンスや会計の初心者にも向いた 『決算書ナゾトキトレーニング 7つのストーリーで学ぶファイナンス入門』 (村上茂久著/PHPビジネス新書)です。
メルカリはなぜ赤字だったのか
「旅」をテーマにした選書の最後の一冊は、企業の資金調達や決算書の読み方が分かる『決算書ナゾトキトレーニング 7つのストーリーで学ぶファイナンス入門』です。ファイナンスや会計の本を読んだことがない人はもちろん、読んだことがある人にもお薦めします。2人の登場人物による対話形式で構成されていてとても分かりやすいので、初心者の方でもスムーズに読めるでしょう。
本書の一番の特長は、決算書の例として、時代の最先端を行って個性的なメルカリ、ソフトバンクグループ、Amazon、Slackなどの「生きた会社」の例を使っている点です。ファイナンス本の多くは、実在しない架空の会社や元気のない会社、すなわち「死んだ会社」の例を使っているため、「生きた会社」の例を使ったこの本は秀逸と言えます。
実は、メルカリってずっと赤字だったんです。でも、株価は高い。2021年6月期に初めて黒字になりましたが、きっともっと早く黒字にしようと思ったらできたんだと思います。それをしないのはなぜか。赤字になってでも投資を続けて、自分たちが目指す世界をつくっていったからです。
ファイナンス戦略で大事なのは意思があることなんですが、こうした真の狙いやもうけのカラクリが決算書に隠されているわけです。それをタイトル通りに謎解きしながら「知の探索」という「旅」を楽しめるのが、この本の大きな魅力です。
「知の探索」とは、スタンフォード大学経営大学院と、ハーバードビジネススクールの2人の教授がイノベーションについて説いた『両利きの経営』(チャールズ・A・オライリー、マイケル・L・タッシュマン著/入山章栄監訳・解説/渡部典子訳/東洋経済新報社)に出てくる言葉です。イノベーションを起こしてパフォーマンスを上げるには、「知の深化(今まで培ってきたノウハウや経験を活用しながら目の前の課題を深掘りすること)」と、「知の探索(同じことだけを行っていると行き詰まるので、新しい分野にチャレンジして見識を広げること)」が必要としています。
日本人は「知の深化」は得意でも、「知の探索」が苦手です。見識を広めていろいろなものを見る過程はムダに思えることも多く、真面目で効率性を重んじる日本人は得意としないからです。また、いい大学に入っていい会社に入ることが依然として正解とされているなど、価値観が多様化されていないことも一因です。この本をきっかけに、意識的に「知の探索」をすることをお薦めします。
決算書で最も大事なもの
決算書を構成するのは、財務三表といわれる損益計算書(P/L)、貸借対照表(バランスシート、B/S)、キャッシュフロー計算書の三つです。重要度の順番は、損益計算書、貸借対照表、キャッシュフローと説明されることが多いんですが、この本の著者の村上茂久さんは正反対で、キャッシュフローを見ることがすごく大事だと主張しています。
僕もまったく同意見で、まずはキャッシュフローを見る必要があると考えています。なぜなら、イノベーションをどんどん進めていかなければならない時代にあって、そのために投資できるお金がいくらあって、どのくらいの期間でどの程度の回収率になるか、といったことはすべてキャッシュフローに基づいた検討になるからです。
このキャッシュフローベースの考え方は、個人のキャリア形成にも通じる話です。つまり、自分にとっての限られたリソースであるお金と時間を、どこに、どのぐらい投資して、どう回収するか、ということ。自分は経営者ではないし、なるつもりもないから関係ない、という話ではありません。
イノベーションの時代は、企業も個人も、先の見えない変化に向かって、怖くてもお金を突っ込んでいかなければなりません。それを実践するためのものの見方や考え方を養う上でも、この本は役立つと思います。
会社の外からその会社がどういう経営状況にあるかをチェックするときも、キャッシュフローを見ることが重要です。どういうお金の使い方をしていて、どのくらいのもうけを出しているか、というお金の流れがよく分かります。
僕はいくつかの会社の社外取締役を務めていますが、いい会社というのはキャッシュフローベースの考え方ができています。今現金はこのぐらいあって、この先数年でこのぐらい稼げるだろうから、それをどこに投資しようといったことを、会議でしっかり議論します。一方、そうではない会社は、そもそも自分たちがいくら現金を持っているのかさえ分かっていません。それでは生き残りようがないのです。
先にも触れましたが、読書は手っ取り早くできる「知の探索」です。僕が自分で本を読む場合は、自分が知らないことや関心から遠い分野のものを意識的に選んでいます。同じように、ファイナンスや会計の本を読んだことがない人も、この本で「知の探索」を楽しんでほしいですね。
取材・文/茅島奈緒深 写真(人)/大倉英揮 写真(本)/
スタジオキャスパー