良い経営者はあちこち移動して、さまざまなものを見て刺激を受けています。ソニーを再生させた元会長の平井一夫さんもその一人。平井さんの著書 『ソニー再生 変革を成し遂げた「異端のリーダーシップ」』 (日本経済新聞出版)を、世界最先端の経営理論に精通しビジネスパーソンの注目を集める経営学者、入山章栄・早稲田大学ビジネススクール教授に紹介してもらいました。入山さんが「旅」に関するお薦めの本3冊を紹介する連載第2回。

巨額赤字から立て直した秘訣

 今回、僕が選書のテーマにしている「旅」は各所を移動することですが、知り合いの良い経営者は、ほぼ皆さん頻繁に旅をしています。ゴーゴーカレーグループ代表取締役の宮森宏和さんもそう。いろんな現場に足を運んで、さまざまなものを見ています。

 そして、今回紹介する『ソニー再生』の著者・平井一夫さんはその最たるもので、子どもの頃から北米と日本を往復されていて、人生そのものが旅のような人です。僕は、平井さんが沈みかけていたソニーを再生できたのは、北米と日本の両方を見てきたことがかなり影響していると考えています。

 平井さんは1960年に東京都杉並区で生まれて、小学1年生のときに銀行員のお父さんの転勤に伴ってアメリカ・ニューヨークへ。小学4年生で帰国しますが、2年後にはカナダのトロントへ引っ越します。その2年後に帰国してアメリカンスクールに通いますが、さらに2年後、再渡米してサンフランシスコへ。

 大学は帰国して国際基督教大学に入学し、日本のCBS・ソニー(現ソニー・ミュージックエンタテインメント)に就職します。10年後に同社のニューヨークオフィスへ赴任して、それ以来しばらくアメリカに暮らし……と、北米と日本を往復する人生を過ごしてきた方です。ご本人にお会いしたとき、「自分が何人か分からなくなっている」とおっしゃって笑っていました。ちなみに、ご家族はアメリカに住んでいます。

『ソニー再生』の著者、平井さんは日本と海外を何度も往復する人生を送る
『ソニー再生』の著者、平井さんは日本と海外を何度も往復する人生を送る
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 平井さんがとにかくすごいのは、日本であれほどダメだと言われていたソニーを3回も立て直したことです。1回目は、アメリカのソニー・ミュージックエンタテインメント。次は、ソニー・コンピュータエンタテインメント(現ソニー・インタラクティブエンタテインメント)。そして、3回目の事業再生がソニー本体。2012年3月期で5000億円を超える大赤字を抱えていた会社を、今の状態にまできっちり立て直しました。

ソニー再生でまず実践したこと

 僕から見ると、平井さんがやってきたことは、イノベーションというより、経営変革の王道だと思っています。ある意味、僕が 『世界標準の経営理論』 (ダイヤモンド社)で書いた最先端の経営理論をすべて実践したような印象です。学者が理論を語るのは簡単ですが、それを実践するのは本当に大変なこと。限られた経営者にしかできないのです。

 平井さんはまず、「ソニーとは何の会社か」ということを明文化しました。平井さんはエンターテインメント分野出身ですが、今のソニーは金融で稼いでいる会社です。一方、人によっては、エレクトロニクスの会社だと捉えているでしょう。

 どう考えるかは人それぞれでもいいのですが、リーダーは、ソニーとは何の会社であって、こういう価値を生んで、こんな未来を目指していく、というみんなが腹落ちできるビジョンやミッション、パーパスを掲げなければいけません。平井さんはそれを「感動」という言葉で表して、世界中のどの支社に行っても、どこで会議するときも「感動」と言い続けました。外国でも、日本語のまま「KANDO」と。

 これはセンスメイキング理論といって、組織のリーダーが社員や株主などの利害関係者を納得させて、今何が起きていて、自分たちは何者で、どこに向かっているのかという「意味付け」をすることを意味します。私は日本語で「腹落ちの理論」とも説明していますが、イノベーションを起こす上で欠かせない条件、かつ現代のように変化が激しく、不確実性が高い時代には必要不可欠なリーダーシップになります。

「リーダーは『腹落ち』させることが重要」と説明する入山章栄さん
「リーダーは『腹落ち』させることが重要」と説明する入山章栄さん
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 変化が激しくて不確実性が高いということは、正解がないことを意味します。どんなに必死に状況を分析しても、正解がないからどうせ外れるわけです。そういう時代にまずすべきことは、遠い未来に向けて進んでいく方向にきちんと意味付けをし、全員に腹落ちさせることです。改革するのは大変で失敗や困難がつきものですが、「我々はこういう未来をつくりたいから、失敗しながらでもめげずに進んでいくぞ!」とみんなが腹の底から思えれば、続けていくことができるのです。

人は腹落ちしないと動かない

 人間って、腹落ちしたことでないと本気になって動きませんよね。だから、全員が腹落ちできるビジョンを見つけて掲げることがすごく大事なんです。残念ながら、日本の会社は、この腹落ちがなくグズグズしているところが多い。しかも、少し失敗すると、すぐくじけてやめてしまう。

 この全員が腹落ちできるビジョンを見つけて掲げることは、グローバル企業の社長が最初に取り組むべきことです。グローバル企業には、こうしたビジョンが必ずあります。

 その意味でも、平井さんのやり方は、平井さんにしかできない秘策ではなく、経営改革の王道と言えるものです。だからこそ、この本は学ぶ点が多く、自分の会社の経営に生かせるヒントにあふれています。経営者ではない人にとっても、大企業を3回も再生できた人の人生を疑似体験できて、純粋に読み物としても楽しめる一冊だと思います。

取材・文/茅島奈緒深 写真(人)/大倉英揮 写真(本)/
スタジオキャスパー

ソニーをよみがえらせたのは、「異端の男」だった

2012年3月期、5000億円を超える大赤字の中でソニー社長の重責を引き受けた著者は、何から手をつけ、復活を果たしたのか。3度のターンアラウンドに成功した「変革のプロフェッショナル」が、異端のキャリアから生まれた経営哲学を初めて語る。

平井一夫(著) 日本経済新聞出版 1760円(税込み)