日本の上場企業のCMO設置率は、定義を広くとっても約11%――。CMOの設置が企業業績に貢献するという研究結果があるにもかかわらず、広く浸透しているとは言いがたい状況だ。一方、海外に目を向けるとマーケティングへの期待は大きくなり続け、未来の顧客に向き合う新たな役職「CGO=最高事業成長責任者」も登場している。日本企業が認識すべき、CMOに関するイシューとは何か。新著『ザ・マーケティング・イシュー』を執筆した中央大学名誉教授の田中洋氏に聞いた。[日経クロストレンド 2026年4月24日付の記事を転載]
中央大学 名誉教授/東京大学講師/事業構想大学院大学客員教授
CMOの設置は4.7%の売り上げ増収効果がある
新著『ザ・マーケティング・イシュー 10年後も必要とされる日本企業の課題と解決策』の第1章では、CMO(最高マーケティング責任者)に関する様々なデータが掲載されています。特に注目すべき結果について教えてください。
田中洋氏(以下、田中) 少し前の研究になりますが、日本の上場企業を対象に、CMOを含むマーケティング関連役職の設置状況を調べました(※)。そのデータに企業業績の情報を組み合わせ、CMO設置の有無と企業規模、売り上げ成長率などの関係を分析しました。
本書に掲載した分析結果をかいつまんで説明してみましょう。まず役員レベルに限定した狭義のCMOの設置率は調査対象になった上場企業の7.9%に過ぎませんでした。広義のCMO、つまり最高マーケティング責任者に限らず、マーケティング担当役員、マーケティング部長、マーケティング本部長まで含めても、設置率は11.3%でした。米国のフォーチュン500企業においてCMO設置率が66%であるのに比較すると、約8分の1から、6分の1に過ぎないことが分かります。
日本企業全体で見れば、CMOはまだ一般的な存在とは言いがたいのですね。
田中 はい。一方で、もう一つ重要な結果があります。それは広義のCMOを置いている企業のほうが、そうでない企業よりも業績面でプラスの傾向を示していることです。分析では、CMOを設置している企業は2年間の売り上げの伸長率に正の影響があり、4.7%の増収効果が確認されました。加えて、企業規模が小さいほど、CMO設置の有無が売り上げの変化率により大きく影響していることも分かりました。つまり、CMOを置くことは単なる看板ではなく、企業成長に貢献し得るということです。
このようなCMOを設置している企業のほうがCMOを設置していない企業よりも業績がよい、という結果は米国企業を対象とした研究でも示されています。企業価値を示すトービンのqで測定された結果から、CMOを置いた企業のほうが置かない企業よりも15%高いパフォーマンスが示されました。つまり、日本でも米国でも、CMOの設置は企業の業績にポジティブな影響を及ぼしている、ということになります。
しかし、ここで注意しなければならないのは、「CMOを置けば自動的に業績が上がる」と単純には言えない点です。ただ少なくとも、マーケティングを経営の重要な機能として位置付け、責任を担う役職を明確にしている企業のほうが、成長に向けた体制を整えやすいことは示唆されています。
本書では、「米国でCMOの平均在任期間が延びてきた」というデータも紹介されています。この変化はどう読み解くべきでしょうか。
田中 米国では、CMOの在任期間を継続的に追っている調査があります。それを見ると、2000年代まではCMOの在任期間が短くなっていて、平均で2年にも届かない時期がありました。期待された成果を早く出せなければ、すぐ交代を迫られるような状況だったわけです。
それが2010年代に入ると状況が変わり、在任期間は4年近くまで延びました。背景には、デジタル化の進展で、これまで十分に可視化できなかったマーケティングの成果が、データで捉えやすくなったことがあります。
2020年代に入ると、在任期間はやや短くなっています。ただ、これは単純にCMOに対する評価が下がったという話ではないと思います。近年はCGO(Chief Growth Officer=最高事業成長責任者)のように、より中長期の企業成長を担う役職が登場してきています。そうした役割分化の中で、CMOという役職の位置付け自体が変わってきた可能性があるわけです。言い換えれば、企業におけるマーケティングの位置付けが、販促や短期的な売り上げへの貢献にとどまらず、成長戦略そのものに関わるものへ拡張されてきたとも読めるわけです。CGOについては、後ほど詳しく説明したいと思います。
たびたび起こる「CMO不要論」の内実
海外を中心に「CMOは不要だ」という声がしばしば上がり、日本でも話題になることがあります。こうした議論をどのように捉えていますか。
田中 まず海外の状況から見ると、マーケティングに対する期待や評価は、時代によって揺れ動いてきました。1960~70年代には、プロダクトライフサイクル(PLC)のような新しい概念を持ち込み、トップマネジメントにも影響を与える存在として、マーケティングは高く評価されていました。
ところが1980年代以降になると、その反動のように、マーケティングやマーケターに対してやや否定的な見方が出てきます。象徴的なのが、米ヒューレット・パッカードの共同創業者であるデビッド・パッカードの「マーケティングはあまりに重要であるため、マーケティング部門だけに任せてはおけない」という言葉です。
一方で2010年代に入ると、CMOの在任期間の延びにも表れているように、マーケティングは再び存在感を高めていきます。
また、近年の不要論には別の系統もあります。それは、CMOに求められる役割が複雑化し過ぎ、一人の役職ではカバーし切れなくなっているという見方です。短期的な売り上げに対する責任に加え、デジタル、顧客体験、ブランド、さらには中長期の成長戦略まで担うとなれば、従来型のCMOでは対応し切れません。そのため、役割を分化させたほうがよい、という発想が出てくるわけです。
これに対し、日本の場合は少し事情が異なります。不要かどうか以前に、そもそも専門職としてのマーケターが十分に育っておらず、CMOを置きたくても置けない企業が少なくないのではないでしょうか。
日本の状況について、詳しく教えてください。
田中 マーケティング組織の在り方にはいくつかのパターンがありますが、日本企業に多いのは、マーケティングが営業に隷属している形です。これに対して米P&G(プロクター・アンド・ギャンブル)のような企業では、マーケティングと営業が並立しており、マーケティングが商品企画からコミュニケーション設計までを担い、営業がそれを現場で実践していきます。
日本でこうした形が広がりにくかった背景には、流通の在り方が関係しています。営業が流通を押さえ、店頭での展開や販促を強化すれば売り上げをつくりやすいため、営業中心の発想が長く続いてきたのです。
さらに、マーケティングと営業が並立している企業では、新卒段階から営業職とマーケティング職を分けて育成している一方、日本では営業で成果を上げた人材を本社に呼び、マーケティングを任せるケースが少なくありません。その結果、マーケティングの知識や経験が体系的に蓄積されにくくなってきました。だからこそ、「CMO的なポストをつくっても適任者がいない」「設置してみたが機能しなかった」という事態が起こるのです。
状況を変えるには、マーケティングの専門性を蓄積していく組織的な取り組みが必要です。外部から人材を採用するのも一つの方法ですが、中長期的には社内で体系的にマーケティング教育の機会をつくり、キャリアとして成立させることが不可欠です。加えて、マーケティングを担う人材が社内で正当に評価され、待遇や地位が保証されることも必要です。
トップマネジメントにマーケティングの優先度を上げてもらう方法
専門性を育てていくには、マーケティング組織を立ち上げ、社内に根付かせることも必要になります。取り組みのポイントはどこにあるのでしょうか。
田中 一番大きいのは、トップマネジメントのコミットメントだと思います。経営者自らが「これからはマーケティングが中心だ」と打ち出していない限り、現場だけで新しい組織をつくっても、なかなか周囲は付いてきません。
その上で、組織を立ち上げるときには、旧来の組織との関係をどう設計するかが非常に重要になります。中でも日本企業にとって大きいのは、営業との立ち位置です。マーケティングと営業が並立するようになると、何か失敗したときに「企画が悪かった」「いや、営業が動かなかったせいだ」と責任の押し付け合いが起きやすくなります。一方で、うまくいったときには「営業が頑張ったからだ」「いや、企画が良かったからだ」と手柄争いも起こります。
コンフリクト(衝突)が発生すること自体は自然なことで防ぎようがないので、トップマネジメントがその調整役を担う必要があります。
そのトップマネジメントに「マーケティングは優先的に取り組むべき課題だ」と理解してもらうこと自体が難しい、という悩みもありそうです。
田中 営業を取り巻く環境の変化をきちんと認識してもらうことが大事ではないでしょうか。BtoB(企業向け)の場合に顕著ですが、人的営業だけで売るモデルが以前ほど通用しなくなってきています。現在では、人が介在して商材を売る場面はかなり限られていますし、日本でも、調達や購買の多くはオンライン化されつつあります。昔のように、営業が足を運び、関係性を築き、値引きや棚取りで売り上げをつくるというモデルは、コスト面でも、人材面でも、持続しにくくなっています。
かつては、人件費も比較的安く、人材も豊富だったため、「営業に人を割けばいい」という発想が成立していました。しかし、今はそうではありません。人的営業の比重が高かった企業ほど、次にどこへ知識とリソースを移すのかが問われます。
そのときに重要になるのが、顧客理解を基に企画を立て、仕組みとして売れる状態をつくるマーケティングです。つまり、マーケティングの重要性を訴えるには、「マーケティングが大事です」と抽象的に訴えるだけではなく、「従来の営業モデルだけでは立ち行かなくなっている」という構造変化を示すことが有効です。
CGOという選択肢も含めて考える
田中先生は書籍において、CMOに求められる新しい役割として、CEO(最高経営責任者)と連携して事業全体の進化を担うこと、テクノロジーに対応することの2つを提言しています。従来のCMO像との違いを教えてください。
田中 従来のCMOは、市場調査や分析、広告・広報・プロモーション、新商品開発といった、いわばマーケティング機能の範囲を管掌していればよいという面がありました。もちろん、それらは今でも重要です。ただ、現代の企業を取り巻く状況では、それだけでは足りなくなってきています。
一つは、企業全体として「どう成長していくのか」が、以前にも増して厳しく問われているからです。特に上場企業であれば、株主や市場から成長へのビジョンを示すことを求められます。そうした環境の中で、会社として次にどこへ向かうのか、どの分野に注力するのか、どんな企業と組むのかまで視野に入れなければならなくなっています。
もう一つは、テクノロジーへの対応です。生成AI(人工知能)をはじめ、近年の技術進展は極めて速く、企業のビジネスモデルや顧客接点の持ち方そのものを変えつつあります。こうした技術課題にCIO(最高情報責任者)やCTO(最高技術責任者)、CDO(最高デジタル責任者)が対応するのは当然ですが、CMOにもマーケティングのパフォーマンス向上や、新たなビジネスアジェンダの発見という役割が求められます。
役割の広がりを受けて、先ほどお話しいただいたCGOのような役職を置く動きも出てきているのですね。
田中 はい。成長に関わる役割を分け、CGOとしてポストを新設する考え方があります。海外では、特にBtoC(消費者向け)のパッケージグッズ業界、例えば食品、トイレタリー、家庭用医薬品のような領域で、CGOが置かれるケースがあるといわれています。もっとも、具体的に何を担うかは企業によってかなり違うので、一律には語れません。
私なりに整理すると、CMOがどちらかといえば「今の顧客」に向き合い、そのニーズに応えていく役割だとすれば、CGOは「未来の顧客」に向き合う役割です。これからどんな生活者が現れ、どんな社会になるのか。そのとき、どんな商品やサービスが必要になるのか。どこに新しい成長機会があるのか。そうした問いを担うのがCGOだと考えると、役割の違いが見えやすいと思います。
CGOの考え方は、日本企業でも機能すると思われますか。
田中 日本企業で必ずしもCGOという肩書を置かなければならないとは思いませんが、「事業の進化や組み替えを考える役割」はどの企業にも必要です。
例えば、日立製作所がこの10年ほどかけて進めてきたように、事業の整理や統合、入れ替えを通じて全体をつくり変えていく仕事は、本来CEOが担うべきことです。けれどもCEOは日々の経営課題にも追われていて、改革だけに集中できるわけではありません。だからこそ、その負担を分ける意味でも、成長と進化に専念する役割を別に置く意義があるのだと思います。
(写真/村田和聡)
田中洋 編著/日経BP/3850円(税込み)



