ロシアによるウクライナ侵攻で、国際的な緊張感が高まる中、「権威主義的」な色合いを強める中国に注目が集まっている。そんな母国に対し、中国に住む中国人や日本など国外に住む中国人は、本音ではどう思っているのか。今回は、日経プレミアシリーズ『いま中国人は中国をこう見る』より、「チャイナリスク」の意味と実情を紹介する。
ビジネスリスクをどう捉えるか
チャイナリスクとは、一言でいえば、日本とは体制の違う中国と関わりを持つことによって生じるリスクのことだ。
主に中国に進出する日系企業にとって懸念される経済的、ビジネス的なリスクと定義されることが多いが、そこには歴史認識やイデオロギー、IT、政治・社会体制の違いなどから生じる問題なども絡み合うことがあり、どこで発火するかわからない不安要素となっている。
2021年10月、ソニーの中国法人に対し、中国当局が100万元(約1780万円)の罰金を科したと報じられた。同社が日中戦争の発端となった盧溝橋事件の日である7月7日に新製品の発表をするとの広告をネット上に掲載したことが「国家の尊厳や利益を損なった」というのが原因だった。
中国ビジネスに従事する人ならば誰もが知っているはずだが、中国では歴史的に「敏感な日」が年に数日あり(抗日戦争勝利記念日〈9月3日〉、南京事件が起きた日〈12月13日〉など)、その日に日系企業がイベントなどを行うことはリスクが高く、タブーとされている。
『「ネオ・チャイナリスク」研究』(慶応義塾大学出版会)では次のように説明している。
「従来、『中国との関係において危険を伴う状況』のことは、俗に『チャイナリスク』と呼ばれていた。
その定義は『中国が国内にさまざまな問題・課題・未達成な部分を抱え、それが主に中国国内に進出してビジネスを行う外国企業にとって大きな足枷(かせ)=リスクとなること』、つまり『主に外国企業の視点から、中国の内国問題を捉えたもの』を指していた」
ある在日中国人はいう。
「中国ではまだ政策の当局者が洗練されていない。未成熟な面があるのです。だから、外国と付き合うときにさまざまな問題(リスク)が起こる。政策を実行に移す段階では常に調整が必要ですが、その過程で上から何かいわれて、突然内容を変更する、ひっくり返すことがよく起こる。そのたびに現場は大混乱するのです」
チャイナリスクで最も困っているのは中国人
別の中国人数人にも、日本で「チャイナリスク」といわれる現状について尋ねてみたが、こうした質問をすると皆、表情は暗くなった。ある中国人はこう答える。
「中国自身がブラックボックスでよくわからない、というのがあると思います。いろいろな意思決定に対して、明白な基準がないことは、外から見て確かに不安だろうとは思います。
たとえばコロナの隔離対策でも、地方(省や市)によって全部やり方が異なります。しかも、政策はコロコロ変わる。少しはシステマティックになってきているし、ルールの明文化も進んでいます。法律も作っています。でも、基本的にはまだあまり変わらない。
ただ、中国で起きているあらゆることについて、全部まとめて『チャイナリスク』と呼ぶことについては、日本人の偏見も含まれているのではないかと思います。
2012年に起きた反日デモ。今でもあのデモの記憶が蘇り、中国と関わることはリスクだと感じる人は少なくないと思います。でも、中国の人口は世界の5分の1。GDPも世界の6分の1。世界で事件や事故が起きても、その5〜6分の1は中国で起きている。そのこともわかってほしいです」
思いがけない答えも返ってきた。 「チャイナリスクでいちばん困っているのは中国人だ」というのだ。アメリカ在住の中国人はこういう。
「日本人が指摘する『チャイナリスク』というものは、中国人一人ひとりの身にも現実に起きています。今年(2021年)8月に行政命令で中国中の学習塾が営業できなくなりましたが、これによって仕事を失った私の中国在住の友人は一人や二人ではありません。彼らは何の落ち度もないのに、政府の決定で突然、生活の糧を失ったのです。
その行政命令が下りる前には官僚と企業トップとの間で何らかの意思疎通があったのかもしれませんが、普通の人々はそれを事前に察知することなどできません。中国人にとっても、ある日突然事件は起きる。他の業界でもそういうチャイナリスクは起きていると思います。
私が渡米した8年前、中国のそうした洗練されていないやり方は、経済成長とともに徐々に減っていき、透明性が高まったり、明文化されたりして、改善されていくだろうと期待していました。
ですが、今の中国を外から見ていると、現体制のもとで、むしろ逆の方向に向かっているのではないかと心配しています」
会議室の部屋番号は直前まで決まらない
別の中国人は、自身が抱えている、小さいけれど、本人にとっては大きないら立ちにつながる「チャイナリスク」について紹介してくれた。
その中国人は以前、日本に住んでいた経験がある。現在は中国のある学校で働いている
が、その人にとっての「チャイナリスク」とは、職員の会議の部屋番号が直前にならないと決まらない、という話だ。
「学校が大きいので会議室はたくさんあるのですが、いつも会議の10分前くらいにならないと、部屋番号が知らされないのです。1時間前に事務へ問い合わせても『まだわかりません』というばかり。日本人が聞いたらあきれる話です。
会議に限りませんが、中国では何でもトップダウンで、上が決めないと物事が進まない。
大きな学校も大企業も、物事の進め方は小さな学習塾レベルか、あるいは中小企業レベルです。オンライン会議もそうです。コロナでオンライン会議が増えたのですが、日曜日の朝10時に突然『今日の午後1時から職員のオンライン会議をやります』と連絡が入ったりします。
それでも、会議の3時間前に連絡してくるときは、まだいいほうです。少しは会議の準備ができますから。別の予定があるときには、仕方がないので、外でスマホをつないで会議に出ます。それでは落ち着きませんが、文句はいわれません。会議に出さえすればいいのです。こんな行き当たりばったりのやり方は非効率だし、まさに中国式です。
我慢できる範囲内ならば、仕方がないと思ってあきらめるしかない。自分の場合は事務部門に改革してほしいといいたい気持ちをぐっと抑えて、ひたすら我慢します。事務部門は私たちの人事権も握っているから何もいえないのです。
それに、日本など海外に住んだ経験のない人は、これが普通の進め方だと思っているので別にイライラしないと思います。中国でも海外企業との接点が多い一部の大企業は徐々に洗練されたやり方に変わってきていると思いますが、全体的にはまだまだです。
コロナによって海外との交流が減ったこともあり、中国的スタンダードのままで別に問題ないのだ、といった開き直る雰囲気も感じます。中国の組織が成熟化し、国際的なスタイルになるまでには、まだ相当な時間がかかると思います」
彼はそう話すと、深いため息をついた。

[日経ビジネス電子版 2022年3月31日付の記事を転載]
本音から本質を浮き彫りに
経済・通商問題、人権弾圧、覇権主義……。米国との対立だけでなく世界中から厳しい視線を注がれている中国。中国リスクが高まるとされる今の状況を、中国人は本音ではどう思っているのか。コロナ禍だからこそ見える中国社会の変化と中国人の本音を、数多くのインタビューを基に構成、解説する。
中島恵(著) 日本経済新聞出版 990円(税込み)