上海市のロックダウンから1カ月半。新型コロナウイルスの感染者数はピーク時の約9分の1にまで減少したが、封鎖解除の見通しは立っていない。この間、上海では何が起き、人々はそれをどのように感じているのか。日経プレミアシリーズ『 いま中国人は中国をこう見る 』より一部抜粋、大幅に加筆修正し、中国人が何を考えているのか、その本音を探った。

国際的な大都市で飢える人々

 上海市全域が無期限のロックダウン(都市封鎖)に突入して3日目の4月8日、「救助!(HELP!)」と題するSNSの投稿が大きな反響を呼んだ。上海在住のある男性がこんな言葉をSNS(交流サイト)に書き込んだのだ(要約)。

 「上海がこうなったことについて、政府に責任を問うつもりもないし、自分にはそんな権限もない。ただ、上海市民の基本的な生活保障について、私の食料はあと2日分しか残っていません。2022年の今日、この国際的な大都市で、人々が飢えているなんて、誰が信じられますか? 私だって、自分が経験していなければ信じられません。

 上海市の人口は約2500万人ですが、1%の人だけが困っているとしても25万人です。国際的な大都市で25万人がご飯を食べられない。これは人災ではないですか?」

 この投稿は瞬く間に拡散されたが、すぐに検閲され、削除された。この頃を境に、「食料がない!」「急病でも救急搬送してもらえない!」といった投稿が爆発的に増えた。上海市衛生当局の幹部が自殺したり、高齢者施設が生きている老人を火葬場に送ろうとしたり、といった事件も起きた。

 日本でも、4月22日に投稿された「4月の声」と題する動画が大きく報じられた。マンションの窓から響く不満の声、市民と政府関係者の生々しい電話のやりとり、感染した親と引き離される赤ん坊の泣き声などが収録されている。上海市民が「失われた4月」を淡々と振り返る音声中心の内容で、政府を直接批判してはいないが、これも検閲され、削除された。以後もさまざまな文章や動画、リンクがSNSに投稿されては、当局によって削除されている。

 上海市西部に住む20代の男性はこの1カ月半をこう振り返る。

 「当初は4日間だけだと思っていたので、無期限と決まってからは落ち込み、精神的に不安定になりました。食料確保のことで頭がいっぱいで、在宅ワークも手につきませんでした。人生で初めて“飢え”を経験しました。次の配給がいつかわからないので、毎食、満腹まで食べられないのが本当につらかった。

 最近では食料事情もよくなり、この生活が『日常』になってきました。髪は伸び放題。虫歯が痛くても我慢。PCR検査を拒否している友人も多いのですが、私は外の空気を吸いたいので素直に従っています。今はただ病気だけはしないように、家の中でも細心の注意を払って生活しています」

 同じく西部地区に住む50代の女性は語る。

 「現在は感染者の発生状況によって、封控区(封鎖エリア)、管控区(管理エリア)、防範区(警戒エリア)の3つに分けられ、一部のマンションでは敷地外での短時間の買い物も許可されていますが、玄関から出られない人もまだ多いです。私は1日の大半を、パソコンを見て過ごしていますが、SNSには前向きな内容しか書かないようにしていますし、できるだけ、気がめいるネガティブな投稿は見ないようにしています。食料は当初から足りていて、一度も困らなかったんですが、地区によって全然違う。一体どうなっているのだと憤りを感じます」

ロックダウンの中にもある格差

 市民間の格差は、ロックダウン当初から問題視されており、現在でも解消されていない。富裕層が住む地区では政府の配給が比較的早かったのに比べ、ロックダウンから1週間以上たっても1回目の配給すらなかった地区もあり、「物資をよこせ!」と住民が窓から叫ぶ騒動もあった。配給のほか、途中から団購(マンションごとに一括で購入する団体購入制度)も利用できるようになったが、それが利用できるかもマンションや地区によってバラバラだ。

 このような格差の存在は多くの人が認識し、一部の人々にとって不満の一因となっている。ある中国人は「自分は上海でもかなり恵まれている人間なのだと思いました。あまりに悲惨な報道を見て、これが現実に起きていることとは信じられなかった。恵まれている私がいうのもおかしいかもしれませんが、やはり、ある程度の『共同富裕(共に豊かになる)』はこの国に必要ではないか、と考えさせられました」と話す。

 格差の背景にはさまざまな理由があるが、その一つは中国特有の住宅事情だ。

 上海などの都市部では、多くの人々はマンションに住んでいる。おおまかにいうと、上海出身者の大半は比較的都心部に「持ち家」を所有しており、上海市以外の出身者は郊外に家を買うか、賃貸住宅に住んでいる。戸籍の問題で家を買う条件が異なるからであり、居住地だけを見ても格差は歴然とある。

 マンションやその周辺の地区は「社区」と呼ばれ、それらごとに管理する仕組みになっており、行政の末端組織は居民委員会と呼ばれている。日本に該当する組織はなく、「大きな町内会のような組織」と紹介されることが多いが、少し異なる。

 居民委員会の委員長は公務員で、専従メンバーも「準公務員」のような役割を担う。居民委員会と住民はすべてSNSのグループでつながっている。委員会の活動は住民への行政通知の伝達、住民間の問題解決などが中心だが、新型コロナウイルス発生以降は、住民の健康チェックや食料調達、PCR検査の補助などの業務も担うようになり、コロナ下での生活を陰で支える立役者といわれた。

 居民委員会の中にも、上海市政府とのパイプが太い委員会と、そうではない委員会がある。ふだんは気づきにくいが、全市一斉ロックダウンという状況下で“パイプの差”が顕著に出た。そのため、食料配給のスピードや住民の苦情対応にも違いが出たのではないかとうわさされるようになった。

 上海市民の中には「行政手続きでも何でも中国はすべてがデジタル化されていて、とても便利になったと思っていたが、結局は人間関係、コネのあるなしが影響していると感じた。自分もふだんから居民委員と仲よくしていないと、何かあったときに融通してもらえないし、情報に乗り遅れて損をする。本当に大事なことはSNSには掲示されない。デジタルのツールは平等でも、それを恣意的に動かしているのは人。この社会は昔と全然変わっていない」と話した人もいた。

 むろん、これまで面識のない近所の人との物々交換や、昔ながらの「おすそ分け」が行われ、団体購入の食料品を各戸に仕分けするボランティア活動に積極的に参加する人が増えた、という面もある。

 一方で、ネットスーパーの食料の価格が何倍にも上がったり、配送料が日本円で2万~3万円という高額になったりして、経済的な問題で購入できない人が続出。エッセンシャルワーカーが外出の際に使用する「通行証」を偽造する人が増えるなどの不正も起きた。

“忖度(そんたく)”で強まる自主規制

 4月中旬、ある女性が、市内で別に暮らす親に料理を作り、配送員に配達してもらった。交通規制の影響で4時間かかったが、配送料は200元(約4000円)。そのお礼を女性がSNSに書き込むと、「配送料があまりに安い」と猛批判を浴び、女性は批判に耐えきれず、7歳の子を残して命を絶ってしまった。このような悲劇も多く、上海市民の心を傷つける。

 2020年にロックダウンされた武漢では重大な問題にならなかった食料不足が西安では発生し、全国一律のロックダウンというやり方に対して市民が不満を抱く要因になった。人口が武漢や西安の2倍以上もある上海でも配給格差が生じ、行政府の統治能力が不安視されている。

 ロックダウンやそれに近い状態に置かれることについて、人々が不安に思うのは、地方政府、さらには末端の組織が、上位の行政組織や中央政府に“忖度”する結果、何らかの被害を受けることだ。下の組織は、自らが責任を取らされないよう厳しい自主規制を設けるが、その内容は明文化されていないため、しばしば混乱やアクシデントが生じる。

 今回のロックダウンとは関係ないが、2年前の春節、上海の友人が地方都市の親から帰省を止められた。当時の上海市政府の通知には「農村に帰省する人のみPCR検査の陰性証明が必要」とあり、本人は該当しないと思っていたが、帰省先の居民委員会が「省外から来る人は陰性証明が必要」と通達したからだ。

 農村以外では陰性証明は必要ないはずなのに、地方政府が上の組織に気を遣い、自主的に規則を厳しくした。ルール通りにして、万が一、クラスター(集団感染)が発生すれば、結局、自分たちが責任を問われると考えたのだろう。

 このような地方政府による厳しい自主規制はこれまでも各地で見られ、問題を起こしていたが、5月5日に習近平(シー・ジンピン)政権がゼロコロナ政策を堅持するという方針を改めて打ち出して以降、その傾向はますます強まっていくことが予想される。

 4月末、浙江省義烏(ぎう)市では、3人の無症状感染者が判明しただけで、市政府は不要不急の外出自粛を呼びかけ、行動制限をかけた。武漢でも、西安でも、感染拡大の責任を問われ市の幹部が処分されたが、末端組織になるほどプレッシャーは大きく、市民に厳しく対応する。

 厳格すぎる対応は地方政府に限らない。2022年1月、西安では陰性証明の期限切れを理由に病院から診療を拒否された妊娠8カ月の女性が、屋外で2時間以上も待たされ死産となった(病院幹部はその後、処分された)。

 今、上海市民がケガや病気を極度に恐れるのは、このような問題があるからだ。

 ある中国人が「中国の体制は“鶴の一声”により、何事も迅速に対応できるメリットがありますが、行政命令の境界が曖昧なままでは、いつか自分が大切にしてきたものが一瞬で失われる、という不安もあります。行政命令の境界が曖昧というのは、法的な根拠がなくても、偉い人の意向で行政命令が決まり、線引きがどこなのかよくわからない、という意味です」と話していたが、そうした「中国式」のやり方の犠牲になった人は数知れない。

 別のある中国人は次のように話した。

 「中国ではパブリック(公)はあっても、多くの人々はまだそこでのルールをきちんと守る意識が希薄です。パブリックルールを守る意識がないと、個々人の利益は侵害される。だから、政府は強制的に縛るしかないのです。その結果、政府の対応、とくに地方政府の対応は行きすぎてしまう面もあると思います。だからといって、それを肯定するつもりは毛頭ありませんが、これが今、残念ながら、この国が置かれている現状なのだと思います」

(写真:Pinkyone/Shutterstock.com)
(写真:Pinkyone/Shutterstock.com)
日経プレミアシリーズ『いま中国人は中国をこう見る

本音から本質を浮き彫りに

 経済・通商問題、人権弾圧、覇権主義……。米国との対立だけでなく世界中から厳しい視線を注がれている中国。中国リスクが高まるとされる今の状況を、中国人は本音ではどう思っているのか。コロナ禍だからこそ見える中国社会の変化と中国人の本音を、数多くのインタビューを基に構成、解説する。

中島恵(著) 日本経済新聞出版 990円(税込み)