3月末に上海市でロックダウン(都市封鎖)が開始されてから1カ月以上が経過した5月5日、習近平(シー・ジンピン)国家主席は党最高指導部の会議で、新型コロナウイルスを徹底して抑え込む「ゼロコロナ政策」を改めて堅持する方針を示した。世界各国がウィズコロナへとかじを切る中、なぜ中国はゼロコロナに固執するのか。日経プレミアシリーズ『 いま中国人は中国をこう見る 』より一部抜粋のうえ大幅加筆し、中国人の本音を探った。

なぜ中国はゼロコロナに固執するのか

 2021年夏、北京在住の友人は、政府がゼロコロナ政策を続ける背景をこう語った。

 「2020年の夏ごろ、中国はほぼコロナを抑え込んでいましたが、それは政府の強いリーダーシップのおかげで、社会の体制に優位性がある、とメディアで宣伝していました。一方、同時期に『感染者数が増加する欧米は無策である』という、欧米批判の報道も増えていったように感じます」

 しかし、2021年の夏になると、中国でもデルタ株の感染者が増えていく。

 「これまで中国は政治体制のおかげでコロナを抑え込めていたのだ、と宣伝してきたために、もし感染が広がれば、政府に批判の矛先が向いてしまう。だから、絶対に『ゼロコロナ』でなければならない。引くに引けない状況なのだと思います。国民も政府がゼロコロナといったらゼロコロナ。いや応なく、従わざるを得ない」

 武漢で抑え込んだ成功体験もあり、もはやウィズコロナへの転換はできない。コロナとの「共存」を認めることは、中国の政治体制の否定や政策の失敗を認めることにつながるからだ。今秋の共産党大会での習体制3期目の突入に花を添えるためにも、ゼロコロナは不可避なのだ。

 厳しすぎるゼロコロナ政策について、2021年夏に取材した時点では、かなり高い割合で「賛成」「どちらかといえば賛成」という意見が多く聞かれた。あくまでも印象だが、当時は7~8割の人がゼロコロナに賛成、2~3割が反対といった感じだった。

 賛成意見には次のような声があった。

 「中国はコロナに打ち勝ちました。人口が14億人もいるのに、ここまで徹底できる我が国は本当にすばらしいと誇りに思います。感染者が出たら、移動制限など不自由を強いられますが、やむを得ない。人命よりも大事なものはありません。政府への忖度(そんたく)でこういっているのではありません。自分は何よりもコロナが怖いのです」

 「私はとにかく死にたくない。PCR検査にも慣れたので、しばらくPCR検査をする機会がなかったら、逆に心配になります」

「コロナの封じ込め」で消えた政府批判

 感染者が出たマンションの封鎖や、早朝や深夜のPCR検査を快く思っているわけではないが、「ほかに封じ込める方法がないのだから仕方がない」と思っていた人が多かったのも事実であり、強硬なゼロコロナへの中国国民の支持は、こちらが驚くほど高かった。

 当時、ある地方の教師が語った言葉がとくに印象に残った。

 この教師はこれまで政府に対してかなり批判的な考え方を持っていた。現在でも、内輪の席では「中国共産党は大嫌いだ」と口にする。だが、政府のコロナ対策について尋ねると、意外な答えが返ってきた。

 「私は授業で学生たちに、中国のコロナ対策が成功しているから、今、私たちはこうして対面授業ができる、と話しています。世界では対面授業ができない国がまだたくさんあります。それに比べたら私たちは幸せ。対面授業ができるのは中国政府のおかげです。この点だけは率直に認めなければなりません」

 このように、これまで習近平政権に批判的だった人たちが、コロナの封じ込めを機に次々と政府批判をやめるようになり、「我々はこの政府についていくしかない。この政権でよかった」という心境に変わっていった。別のある男性は「コロナという未曽有の危機があったからこそ、習政権は延命できた。コロナを踏み台として、政権基盤が強固になった」とまで話していた。

 だが、政権の厳しすぎるやり方に疑問の声がないわけではなかった。ある男性は、欧米で感染者が爆発的に増えるのを尻目に、これまで母国の対策を誇らしく思ってきたが、母親がコロナ以外の病気で入院したのをきっかけに、心境の変化が生じた。

 「ゼロコロナ対策により、助かるはずの病気で命を落とした人が多い。なぜそこまで厳しくする必要があるのかと、政府の政策に初めて疑問を感じるようになりました。ひとごとではなく自分ごととなったときに初めてゼロコロナの厳しさ、無慈悲を痛感したのです」

 これまで政府に対する批判があまり表面化しなかった背景には、もちろん情報統制も関係している。

 「自分たちもSNS(交流サイト)など、目立つところに(不満や批判を)書かないだけ。批判を口にすれば刑事罰を科せられるなど、自分が損をするし、必ず痛い目に遭うとわかっているからです。でも、友人の間では内心、否定的な意見を持つ人も少なくありません。大きな声でいわないだけで、否定派が中国に存在しないわけではありません」と強調した知り合いもいた。

 しかし、2022年になり、オミクロン型による感染が急拡大し、5月上旬の段階で、上海など20以上の都市がロックダウンされている。経済的な影響も深刻になっている。

14億人に厳しく対応せざるを得ない

 日本の報道でも、過去の封じ込めの成功体験や、政府のメンツの問題で、いまさら軌道修正できないなどと指摘されている。政府が発表したように、中国は高齢者が多く、医療資源も不足していることから、大規模感染が、大量の重症者や死者の発生につながることを懸念しているともいわれる。農村の医療も脆弱で、都市部で感染爆発すれば、出稼ぎ労働者の帰省などを介して感染が拡大、収拾不能になる、という問題も指摘されている。

 政府の公式見解とは別に、政府がゼロコロナをやめない理由について、複数の中国人に意見を聞いてみた。上海在住の40代の中国人はこんな意見を語った。

 「ロックダウンによって、高度に発展した上海でさえ、人々のコロナに対する意識や対策、考え方、常識などはあまりにもバラバラだと感じました。マンションごとに共同で食料を購入する制度を利用する際も、自分勝手な意見ばかりいう人が多くて、あきれました。もちろん助け合いも多いのですが、それはある程度以上のレベルの人によるものです」

 「先日、北京では、公衆トイレから感染が広がったという報道がありましたが、公衆衛生の認識もバラバラです。コロナ下でも、手も洗わない人が大勢いる。正しい感染対策を理解できない人もいるし、自分と身内、親しい友人以外はどうでもいいと思っている人もいる。こんな状態では、政府は(対応を)緩和できず、コスト高でも、14億の人すべてに厳しく対応せざるを得ない。でも、この“本音”は、(中国)社会が未熟だと認めることになるので、外国の人にはいいたくないでしょう。

 私は別に政府をかばっているわけではありませんが、これがこの国のレベル、現実なのだから厳しくやるより仕方がない、という気持ちです。もちろん、それにつき合わされる私たち、中間層以上の人たちはたまったものではないのですが……。どうしても嫌ならば、この国を出て移住するしかありません」

 杭州市に住む50代の中国人も「コロナと共存するには、国民全体にある程度の民度や知識があることが前提。残念ながら、まだこの国はそのレベルに達していない」と話す。

 「個人的にはゼロコロナには反対ですし、無意味だと思います。日本のように、命令されなくても自らマスクをつけ、周囲に迷惑を掛けないという意識が強い国なら、ある程度コロナと共存していけるでしょうが、この国では難しい。国内の著名な学者や医師がすでに指摘しているように、徐々にコロナと共存する道筋を見つけていくべきだと思うのですが……。

 今の段階で対策を緩めたら、あっという間に、全国規模で数千万人、いや数億人が感染するかもしれません。そうなったら国内だけでなく、世界に与える影響も甚大です。政府はそれを恐れているのでしょう。だから、本当はゼロコロナをやめたいけれど、やめられない。そして、やめなくても批判される。政府はジレンマに苛(さいな)まれていると思います」

 この人の意見を聞いて、2021年にアメリカ在住の中国人が語った、こんな意見を思い出した。

 「もし中国でアメリカと同じくらいの人がコロナに感染し、死者が出たら、暴動が起きて大混乱に陥るでしょうし、その刃は政府に向かうでしょう。国家が崩壊するほどの危機に直面すると思います。中国が崩壊したら、世界も崩壊します。アメリカ人だって、もし中国国内で感染爆発が起これば、きっと中国をこれまで以上に猛烈に批判するでしょう。中国でコロナが収まっていても海外では別に誰も評価してくれないけれど、感染拡大したら、また袋だたきにされるのではないでしょうか」

(写真:kovop58/Shutterstock.com)
(写真:kovop58/Shutterstock.com)
日経プレミアシリーズ『いま中国人は中国をこう見る

本音から本質を浮き彫りに

 経済・通商問題、人権弾圧、覇権主義……。米国との対立だけでなく世界中から厳しい視線を注がれている中国。中国リスクが高まるとされる今の状況を、中国人は本音ではどう思っているのか。コロナ禍だからこそ見える中国社会の変化と中国人の本音を、数多くのインタビューを基に構成、解説する。

中島恵(著) 日本経済新聞出版 990円(税込み)