天才たちはどんな本を読んでいるのか? テスラのイーロン・マスク、アマゾンのジェフ・ベゾス、マイクロソフトのビル・ゲイツ。世界一の富豪になったイノベーターたちは、実は猛烈な読書家です。書籍『 天才読書 世界一の富を築いたマスク、ベゾス、ゲイツが選ぶ100冊 』の一部を抜粋して再編集し、天才たちが読書を経営や人生にどう生かしているのかを読み解く連載の第5回では、アマゾン創業者のベゾスの人柄と読書を生かした経営手法を取り上げます。
「ベゾスは芝居がかった怒り方をすることが多いが、社内ではそれをひそかに狂気(ナッター)と呼んでいる」。アマゾンのジェフ・ベゾスの伝記『 ジェフ・ベゾス 果てなき野望 』で、著者のブラッド・ストーンはこう述べています。「君はものぐさなのかい? それとも単に無能なのかい?」「そんなアイデアをまた聞かされるようなら、首をくくらなきゃいけないな」といった厳しい口調で幹部を𠮟責することがしばしばあったからだそうです。
“狂気”という言葉で語られる世界的なイノベーターはどのような人物なのでしょうか。メディアの単独インタビューにめったに応じないことで知られるベゾスですが、私は個別取材する機会が2度ありました。
とりわけ印象的だったのは、2005年に米シアトルのアマゾン本社で行ったインタビューです。ベゾスは奇妙に感じるほど、けたたましい大声でよく笑うのです。「さかりのついたゾウアザラシか電動工具かと思うほどけたたましい声で笑うのだ。あまりの声に、周りは心臓が縮み上がるほどびっくりしてしまう」。こう果てなき野望でストーンが表現していたような笑い方でした。
さらにベゾスには不思議な強いまなざしがあり、見つめられると目を離せなくなりました。撮影を担当したサンフランシスコ在住のカメラマンが「ベゾスの目は普通じゃない。狂気が宿っている」と何度もつぶやいていたことが忘れられません。

当時は2004年11月に公開された『EPIC 2014』というショートムービーが話題になっていました。2008年にグーグルとアマゾンが合併して「グーグルゾン」が誕生し、インターネットとメディア、個人情報を支配するような存在になるという架空の物語です。2014年の時点でグーグルゾンは、すべてのユーザーの政治信条や消費習慣を含む情報を把握し、その結果、ディストピア的な世界がやってくるといった内容でした。
世界はもっと“透明”になっていく
2005年の取材で印象的だったのが、「世界はもっと“透明”になっていく」とベゾスが繰り返し語っていたことです。インターネットが発展して、得られる情報が多くなり、消費者がどんどん賢くなっていくというニュアンスでした。しかしEPIC 2014が話題になっていたこともあり、むしろアマゾンが消費者の好みや購買行動を把握して、個人情報を丸裸にしてしまうような世界を想像せざるを得ませんでした。
実際にアマゾンはデータを活用したマーケティングを重視しており、個人の購買行動を分析して、品ぞろえの強化や商品のお薦め機能の精度を高めることに役立ててきました。このようなデータ重視の経営が、アマゾンが成長を続ける原動力の1つになったことは間違いないでしょう。
2021年12月期にアマゾンの売上高は約4700億ドル(約65兆円)に達しており、世界最大のインターネット小売りとして君臨しています。2022年12月12日時点の株式時価総額は約9238億ドル(約127兆円)で、世界のトップ5に入っています。ベゾスは2021年にCEO(最高経営責任者)を退任したものの、その後も取締役会長としてアマゾンに強い影響力を持ち続けています。
少年時代からベゾスは天才的な頭脳を持っており、学力判定試験で成績が優秀だったため、「バンガードプログラム」という英才教育を実施する小学校に通っていました。
実の父親をほとんど知らないベゾスのメンター的な存在だったのが、母方の祖父のポップ・ガイスです。海軍出身で、軍の研究機関に勤めていた経験がある祖父の牧場で、ベゾスは4歳から16歳まで長い夏休みを過ごしました。2人で風車を修理したり、雄牛を去勢したり、門の自動開閉装置を作ったりしていたそうです。
ベゾスが読んだ本については『天才読書』で詳しく紹介していますが、祖父に連れられたベゾスはよく図書館を訪れ、SFなどさまざまな本を読んで宇宙への関心を高めていきます。星々を行き来する宇宙旅行に思いをはせ、大きくなったら宇宙飛行士になりたいと考えるようになりました。
宇宙、そこは最後のフロンティア
高校でも成績がダントツに良かったベゾスは、卒業生総代としてあいさつをしています。「宇宙、そこは最後のフロンティア」というスタートレックの有名なオープニングの言葉を引用し、地球の周回軌道上に移住用のコロニーをつくって、地球全体を自然公園にするという夢を語っていたそうです。
宇宙飛行士になりたかったベゾスは名門のプリンストン大学に進学し、物理学を専攻しようとします。しかしさすがのベゾスも、量子力学を学んだ際に、優秀な同級生と比べて力不足だと感じ、電気工学とコンピューターサイエンスの専攻に切り替えて大学を卒業したそうです。
それからのベゾスの歩みは「宇宙に行くためにお金持ちになる」という目的で説明できます。宇宙飛行士になる以外の方法で宇宙に行くには莫大なお金が必要だからです。そのためには、起業家として大成功を収める必要がありました。
ベゾスはヘッジファンドを含む複数の金融機関で働いた後に、1994年にアマゾンを創業。書籍に始まり、家電や音楽、映像商品、日用品、アパレルへと扱う商品を拡大し、低価格と安い配送料を武器に急成長を遂げます。さらにクラウドサービスのAWS(アマゾン・ウェブ・サービス)やタブレット、電子書籍端末、AIスピーカー、動画配信サービスにも事業領域を広げました。
日経ビジネスと日本経済新聞の編集局証券部で小売業界を担当した私は、アマゾンの強さの源泉とは何かを考えさせられる機会がたびたびありました。小売業の“破壊者”として多くの企業がアマゾンに強い関心を持っていたからです。「デス・バイ・アマゾン(アマゾン恐怖銘柄指数)」と呼ばれる、アマゾンの業容拡大により業績の悪化が見込まれる上場企業のリストも注目を浴びていました。2018年には日経ビジネスで「アマゾンは怖くない 『選ばれる小売り』」という、アマゾンと、同社に脅かされる小売企業の生き残り戦略を描いた20ページ以上の特集も担当しました。
アマゾンの競争力の源泉はベゾスの哲学にある
取材を重ねる中で強く感じたのは、アマゾンの競争力の源泉はベゾスの哲学にあるということです。その象徴が、アマゾンが掲げる世界共通の「Our Leadership Principles(リーダーの原則)」という14項目からなる信条です。
「顧客中心主義の観点から、顧客を起点にすべてを考えて行動する」「リーダーは長期的な価値を重視し、自分ごととしてマネジメントに取り組む」「イノベーション(革新)とインベンション(発明)を追求し、シンプルな方法で実践する」「常に学び、自分自身を向上させ続ける」「大きな視野で思考する」「倹約の精神を大事にする」「同意できない場合は、敬意を持って異議を唱える」といったものです。
このような信条=哲学を末端のリーダーにまで浸透させることにベゾスは力を注いできました。狂気(ナッター)と呼ばれるような創業者が生み出した強烈な企業文化が、アマゾンの驚異的な成長を実現してきたといえます。アマゾンにおいて、目指してきた企業の完成形が見えたという自信があったからこそ、ベゾスはCEO退任を決めたのでしょう。
アマゾンのCEOを退任した2021年以降、ベゾスは少年時代から夢見てきた宇宙開発に本腰を入れています。自ら創業した宇宙開発ベンチャーのブルーオリジンは、マスクのスペースXほどは目立ちませんが、20年以上の歴史があり、再利用可能なロケットも開発しました。「宇宙に植民する」という高校時代から持つ夢をベゾスは実現しようとしています。
それではベゾスが読んでいる本にはどのような特徴があるのでしょうか。SFについては多くがマスクの愛読書と重なる一方、ベゾスはたくさんの経営書を読んでいることが目立ちます。
ジム・コリンズの『 ビジョナリー・カンパニー 』シリーズや、クレイトン・クリステンセンの『イノベーションのジレンマ』が代表例で、ピーター・ドラッカーの『経営者の条件』も愛読しています。
詳細は『天才読書』で説明していますが、経営関連の書籍から学んだことを、ベゾスはアマゾンの企業風土づくりに生かしてきました。データ解析をマーケティングに活用するマーク・ジェフリーの『データ・ドリブン・マーケティング 最低限知っておくべき15の指標』など、社員に読ませてきた愛読書もあります。ベゾスは、ドラッカーやクリステンセンの書籍もアマゾンの幹部に薦めていました。読書から得た知識を自分の頭の中だけにとどめず、部下にも共有するのがベゾス流といえます。
日本でも星野リゾートのように、経営トップが教科書になる書籍を選んで社員に読ませて、経営力を高める企業が注目を浴びています。“教科書経営”のようなアプローチを、アマゾンも実践してきたといえるでしょう。ベゾスが選ぶ本を読むことは、強固な企業文化の作り方を学ぶうえでも役立ちそうです。
=文中敬称略
[日経ビジネス電子版 2022年12月14日付の記事を転載]
山崎良兵(著)、日経BP、2640円(税込み)
