少子化が止まりません。2022年の出生数は80万人を割り、わずか7年で20%以上減少する危機的な状況です。少子化対策として児童手当などの現金給付が注目されていますが、実際に効果があるのでしょうか。少子化や人口減少の問題に詳しい日本総合研究所 調査部 上席主任研究員の藤波匠さんが、架空の対談形式で解説します。書籍『 なぜ少子化は止められないのか 』(日経プレミアシリーズ)から抜粋、再構成。
保育所充実でも少子化は止まらない
斎藤 藤波さん、今日はお時間を取っていただきありがとう。藤波さんのレポートは、リリースのタイミングで必ず読んで、活用させてもらっています。このところ精力的に取り組んでおられる少子化問題のレポートについては、本当に勉強になります。
それで今日は、少子化対策で今後、子どもは増えるかどうかというこの一点について、お考えをお聞きしたいと思って来たんです。小池百合子・東京都知事が、2023年の年頭の会見で、都の独自施策として0~18歳の子どもに1人当たり月5000円程度を給付する意向を明らかにしたじゃないですか。所得制限なしで。国も「異次元の少子化対策」として、現金給付を増やすことを示唆していますよね。さらに2023年3月末に、少子化対策のたたき台を取りまとめましたが、そこでは、児童手当の年齢や所得の制限を撤廃する方向性を示しました。また、多子世帯を手厚く支援していく方針であることにも言及しています。
実際、こうした子育て世帯にいくばくかのお金を配る取り組みで、出生数の減少はどれほど抑えられるんでしょうか。
藤波 これはいきなり核心ですね。まぁ、やってみないと分からないところはあるんですけれど、正直なことをいうと、東京都の給付で少子化が改善するかといえば、私はかなり難しいと思います。もちろん、これで助かる人は少なくないと思いますよ。家計の問題で、習い事や塾に行かせられない世帯でも、行かせられるようになる場合もあるでしょう。
月々5000円ということは、年間6万円でしょう。15歳までで、所得制限などがあるとはいえ、すでに児童手当が月々1万円以上出ているわけです。ゼロの状態から5000円だったら多少はインパクトがあったとは思いますが、実際には50%増程度にしかならないので、ちょっと弱いかなという感じですかね。
生涯年収で2000万円の差
斎藤 藤波さんは、保育所の充実だけでは少子化は止められず、現金給付とのバランスが重要というようなレポートをかなり前から出していましたよね。ということは、今の現金給付を増やしていこうという流れ自体には違和感はないわけですよね。
藤波 その通りです。以前からいっているように、少子化が加速する原因は若い世代の経済・雇用環境の悪化にあるわけですから、現金を給付する方向性は正しいと思います。
問題は、その金額ですよ。斎藤さんはすでにご存じだと思いますが、年間6万円程度では穴埋めできないほど、若い世代の所得水準は下がっているわけです。図表1は、大卒男性正社員の各年齢層での実質年収を世代別に示しています。バブル世代である私と、10歳下の団塊ジュニアの世代で比べると、40代後半の実質年収で、団塊ジュニア世代のほうが150万円ほど少ないことがわかります。40代後半で150万円少ないと、生涯年収ではおそらく2000万円ほどの差がつくことになります。
斎藤 この図表はいいですね。生涯年収で2000万円少ないという話だけど、これは1人の子を生んでから大学卒業までにかかる総費用とされる金額に匹敵しますよね。しかも、団塊ジュニアより下の世代は、さらに低いじゃない。
藤波 例えば、子どもが2人いる世帯に対して年間150万円を支援することを考えれば、子ども1人当たり毎月6万円以上の給付が必要となる。児童手当を倍増しても難しいですよね。でも、これだけの金額を給付しても、ようやく低下しつつある若い世代の所得を補てんするに過ぎないわけです。
そもそも少し前までは、現金給付は出生数を増やす効果としては小さいというのが、研究者の間での一般的な認識だったんです。10年ほど前、こうした議論が盛んに行われ、欧州の子育て支援先進国でも取り組まれている保育環境を充実する現物給付のほうが、少子化対策としては優れているという結論に至りました。その認識のもと、日本でも保育環境の整備や育休取得推進が実践されてきたわけです。
例えば、京都大学の柴田悠(はるか)准教授は、著書『 子育て支援が日本を救う 政策効果の統計分析 』(勁草書房/2016年6月刊)の中で、OECD(経済協力開発機構)のデータを用いて合計特殊出生率に影響を与える要因について検討しています。結果としては、移民の受け入れ(*1)と保育の充実のみが出生率に対して有意に正の因子であり、その他、経済的な要因や住宅補助、児童手当は有意ではないと結論づけられています。
ただ、ご存じの通り、すでに待機児童問題はほぼ解決しましたが、出生率・出生数とも低下が止まっていません。保育所の充実に国が予算を付け始めた2010年代中ごろから、少子化が加速傾向にあるのはなんとも皮肉です。政府としては、どうすれば少子化が止められるのかがよく分からず、手探りの状況にあることは変わっていません。
保育所の充実が少子化対策としてまったく意味がなかったかといえば、私は必ずしもそうとは思っていないんです。働きながら子育てできる環境は、少子化対策のスタートラインです。多くの子育て世帯にとって望ましいことであるのは間違いありません。おそらく、保育施設の充実による出生率押し上げ効果以上に、その他の要因、例えば経済環境の悪化やジェンダーギャップによる出生意欲の低下などの影響が大きかったと考えられます。
欧米の政策が日本で効くわけではない
斎藤 いや、こうした実証研究については、多くの場合、OECDの主要構成国である欧米のデータが用いられている場合が多いじゃないですか。欧米で効果があったからといって、その政策が、経済状況はもとより、宗教や家族のあり方、結婚に対する意識などがまったく異なる日本で効果を発揮するとはとうてい思えませんよ。ほらよくあるじゃない、フランスなどでは非婚カップルから生まれる子どもが多いから、日本でもそうしたオープンな家族観を受け入れていったほうがいいというやつ。にわかには信じがたいですよね。
藤波 確かにね。合計特殊出生率が0.8を下回った韓国をはじめ、東アジアの国々は軒並み出生率が低いわけだけれど、欧米とは異なる要因が少子化に影響を及ぼしていることは間違いないですよ。例えば家族観やジェンダーギャップなどは、欧米と東アジアは明らかに異なりますからね。
結果として、保育所の拡充が少子化を食い止められなかったわけで、最近は現金給付を支持する学者も増えています。行政ができることは限られているということもあり、議論はどこまで児童手当を増やせるかということに移っている感じですよね。
近ごろは、欧米のデータを根拠としたものだけではなく、実験経済学というのでしょうか、日本人を対象とした実験によって、経済支援が少子化解決に有効という論を述べている先生もいらっしゃいます。例えば、中京大学の松田茂樹教授は、被験者に対して様々な支援策が書かれたカードを提示することで、支援策の差異が有配偶者の追加の出生意欲にどれだけ影響を及ぼすかを定量的に分析し、経済支援策が有効であることを示しています(*2)。
まあ、いろんな意見がありますから、冒頭で述べた通り、「やってみないと分からない」ということなんです。金額の多寡によっても効果は異なってくるでしょうしね。政府としても、保育環境の整備や男性育休の制度設計については道筋をつけたということで、若い人たちの賃金が伸びないなか、毎月6万円は無理でも、子育て世帯を少しでも支援するために、児童手当などの現金給付を増やそうということなんでしょうね。
ただ、私は児童手当を増やしていくことだけでなく、やはり若い人たちの経済・雇用環境を改善していくことが最も大切な少子化対策だと考えているんです。若い人たちが、今後賃金が上がっていきそうだとか、少しずつでも豊かになっていくようなイメージのもと、将来に向けて夢や希望を持てるような社会をつくっていくことこそが、少子化対策のみならず、今後の日本社会にとって必要不可欠なことだと考えています。
『 なぜ少子化は止められないのか 』
藤波匠著/日本経済新聞出版/990円(税込み)


