東京カメラ部社長の塚崎秀雄さんが選ぶ、仕事に役立つ本。2回目は、イギリスの哲学者バートランド・ラッセルとフランスの哲学者アランによる『幸福論』。幸せのカギは世評を気にし過ぎないこと、他人に寛容になること、陽気で上機嫌でいること、体を動かすこと。これから社会に出る人、社会に出たけれど戸惑っている人にお薦めです。

陽気に、寛容に、そして好奇心旺盛に

 世の中には「三大幸福論」と呼ばれるものがあります。そのうちの2つを紹介します。まずお薦めしたいのが、「20世紀最高の知性の1人」と称されるイギリスの哲学者バートランド・ラッセルの 『幸福論』(安藤貞雄訳/岩波文庫) です。書かれたのは90年以上前の1930年ですが、今こそ読まれるべき本だと思います。理由は後で述べますが、特に若い方、これから社会に出る方や社会に出て戸惑っている方にとっては、絶好の指針になるはずです。

 人はどうすれば幸福になれるのか。ざっくりまとめれば、世評を気にし過ぎず、寛大な気持ちを維持し、好奇心を大切にすることであるとラッセルは説いています。同質性が高い日本の社会において、このメッセージはひときわ重要でしょう。

 まず世評を気にし過ぎないこと。周囲の目を気にして萎縮したり、無理に同調したりしていては成長できないし、面白くない。もちろんある程度協調する必要はありますが、もっと自分のやりたいこと、言いたいことに忠実になっていいんだよと諭してくれるわけです。

「周囲の目を気にするな」と説くラッセルの『幸福論』
「周囲の目を気にするな」と説くラッセルの『幸福論』

 まして今はSNS(交流サイト)時代で、“世間”の範囲が一気に広がりました。いろいろな人と簡単につながれる反面、自分の発信したことに対して思わぬ横やりが入ったり、誹謗(ひぼう)中傷を受けたりすることもあります。そんなとき嫌な気分になるものでしょう。

 そんな時代の到来を予見していたかのように、ラッセルは看破します。「世評というものは、世評に無関心な人々よりも、はっきりと世評を怖がっている人々に対して、常にいっそう暴虐である」。本当にこの通りではないでしょうか。ネット上の“炎上”でも分かる通り、怖がれば怖がるほど追い詰めてくるものです。ならば、その逆を考えればいい。ラッセルは、無関心に、陽気に、無頓着にやろうと説いています。

 また、自分が誰かを批判する側にも回りやすくなりました。本来なら知らずに済んだ他人の言動やきらびやかな生活ぶりが、ネットやSNSを通じて簡単に目に入るようになったからです。つまりは、嫉妬心をかきたてられるわけです。

 しかしラッセルは、妬みを人間性の特徴の中で最も不幸なものと断言しています。なぜなら、「自分の持っているものから喜びを引き出す代わりに、他人が持っているものから苦しみを引き出している」行為だから。そう言われると、嫉妬することがむなしく、恥ずかしく思えてくるでしょう。ラッセルの『幸福論』が面白いのは、こうして理詰めで説得してくるところです。

 同時に重要なのは、寛大さを失わないこと。その理屈は単純です。「他人に対して心の広い、おおらかな態度をとれば、他人を幸福にするだけではなく、本人にとっても限りない幸福の源となる。そうすれば、誰からも好かれるようになるから」です。

 今の世の中には、これが一番足りないのではないでしょうか。自動的にいろいろな情報が飛び込んでくるから、イライラしたり嫉妬したりする。それを抑えるには、他者に対していっそう寛容になるしかありません。そしてそれは苦痛ではなく、むしろ自分にプラスになって跳ね返ってきます。確かに友好的な人間関係の輪が広がれば、これほど幸福なことはないでしょう。だから私の会社も、ミッションステートメント(企業理念)のビジョンとして「感動共有による寛容な世界の実現」を掲げています。

「2つの『幸福論』を読むと、仕事に対する姿勢が変わってきます」と話す塚崎秀雄さん
「2つの『幸福論』を読むと、仕事に対する姿勢が変わってきます」と話す塚崎秀雄さん

好奇心の幅を広げよう

 そしてもう一つ、これがラッセルの主張の肝ですが、興味や好奇心の幅を広げること。例えば趣味が多ければ楽しみが増えるのは当然ですが、それだけではありません。その趣味を通じて同好の士と出会い、共感したり助け合ったりすることが、より多くの幸福をもたらすと述べています。

 だとすれば、今は昔より幸福を得やすいかもしれません。かつてネットのなかった時代なら、出会う人は生まれ育った環境や通った学校、職場などにある程度限定されていました。その中で同好の士を見つけられるかどうかは、運に任せるしかなかったわけです。

 しかし今なら、ネットやSNSを通じ、地域や文化、国籍や年齢、性自認も関係なく同好の士を見つけることができる。いわば運を自分で手繰り寄せられるようになったのです。この交流が広く深くなるほど、幸福になっていくでしょう。

 私自身、この1冊から多大な影響を受けました。陽気に、寛容に、そして好奇心を大事にしていると、いろいろな人が集まってきてチャンスをくれるのです。私の今があるのはさまざまな幸運のおかげですが、その幸運をもたらしてくれたのはこの本だと感じています。若い方のみならず、幸福になりたい現代人必読の書と言ってもいいかもしれません。

前向きに、上機嫌でいこう

 さらに、もっと自分を鼓舞したいという方には、フランスの哲学者アランの 『幸福論』(神谷幹夫訳/岩波文庫) をお薦めしたいです。こちらも「三大幸福論」の1つで、「悲観主義は気分によるものであり、楽観主義は意志によるものである」という言葉で知られています。

 この言葉に象徴されるように、全体的にラッセルより厳しめ。さながら体育会系のように、読み手を追い込んできます。例えば「不幸になるのは易しいことだ。ただ、じっと座っていればよいのだ」「考えるだけで何もしなかったら、どんなことでも必ず怖くなる」と突き放してみたり、「幸福になることはまた、他人に対する義務である」と迫ってきたり。

「心と体はつながっている」と述べるアランの『幸福論』
「心と体はつながっている」と述べるアランの『幸福論』

 その上で、「幸せだから笑っているのではない。むしろ僕は、笑うから幸せなのだ」とか、「われわれが情念から解放されるのは思考の働きによってではない。むしろ体の運動がわれわれを解放するのだ」として「哲学の教師から体操の教師のところへ」行くよう促す等々、前向きな意思を持つことや具体的な行動に移すことを奨励するわけです。

 仕事で成功しようと思うなら、前向きで、上機嫌で、外向的であることは必須条件でしょう。ところが、とかく経営者はネガティブになりがちで、不機嫌にも、内向きにもなりやすいものです。そういうときこそ、アランの叱咤(しった)激励が効きます。私もこれを読んだおかげで、前向きになり筋トレも続けることができています。

取材・文/島田栄昭 写真/塚崎秀雄さん提供(人)、スタジオキャスパー(本)