「組織にどういう問題が起こり得るか、複数の類型を知っておくことは、大失敗を未然に防ぐことにつながります」。東京カメラ部社長の塚崎秀雄さんが選ぶ仕事に役立つ本、3回目は、名著『失敗の本質』。忖度(そんたく)が横行し、物事が場の空気で決まっていくさまは、組織に属する社会人なら一度は思い当たる節があるはずです。
A.T.カーニーの必読書
かつて私は、戦略コンサルタント会社のA.T.カーニーに在籍していました。その入社時、「読んでおけ」と渡されたのが 『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』(戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝生、村井友秀、野中郁次郎著/中公文庫) です。当時は新卒も中途も社員全員に必ず読ませていたと思います。その慣習は今も続いているかもしれません。確かに、組織に所属する社会人なら一度は読んでおくほうがいいですね。
あまりにも有名な名著ですが、これは第2次世界大戦前後において、なぜ日本軍が敗北したのかを検証した本です。ただし、当時の世界情勢や政治状況を大所高所から振り返るのではなく、敗戦へのターニングポイントになったいくつかの作戦に焦点を絞って書かれています。6人の執筆者は軍事戦略の研究者ではなく、組織論や経営学、軍事史の専門家など。つまり過去の戦争研究にとどまらず、それを今日の組織運営の在り方、企画立案の在り方に生かそうというわけです。

結論を曖昧にしてやり過ごす
特に私のように会社を経営する者には、日々どのように組織をチェックすればいいか、自分を律すればいいかという注意事項表のような感覚で読めました。総括的に言えば、短期的な不愉快を恐れないことが、いかに大事かがよく分かります。その場で相手に気を使い、結論や責任を曖昧にしてやり過ごすことが、結果的に大きな失敗につながったりするわけです。
例えばこの本の中に、山本七平の著書『一下級将校の見た帝国陸軍』(文春文庫)から引用する形で、「日本軍の最大の特徴は『言葉を奪ったことである』」と説いている部分があります。現場をよく知らない幹部によって精神論に頼ったずさんな作戦立案が行われ、現場から再考を求める声が上がっても無視される。むしろ「弱腰」と非難される。そうなると、作戦遂行の途中で失敗が明らかになっても、誰も「やめよう」とは言い出せない。これが悲惨な結果を招いたことは、言うまでもありません。
「空気」で物事が決まる
とりわけ象徴的なのが、インパール作戦を主導した牟田口廉也中将による「作戦不成功の場合を考えるのは、作戦の成功について疑念を持つことと同じであるが故に必勝の信念と矛盾し、従って部隊の士気に悪影響を及ぼす」という考え方でしょう。こうして日本軍は失敗したんだなということが、よく分かります。もしかすると、今のロシアも同じ轍(てつ)を踏んでいるのかもしれません。
先にも述べましたが、この本は単なる歴史の記録ではありません。当時を検証しつつ、「では今、あなたの組織はどうですか?」と訴えかけてくるわけです。実際、私はA.T.カーニー時代に多くのクライアント企業と仕事をさせていただきましたが、この本で指摘されているようなことが本当に茶飯事でした。特に大企業では、必ずと言っていいほどです。
例えば、意思決定が理屈やデータではなく「空気」によって行われる。目的が曖昧なプロジェクトが企画され、現場が混乱する。組織内の融和や調和が優先されて、外部の変化に疎い等々。過去の軍隊の問題ではなく、今日の日本のあらゆる組織が似たような問題を抱えているのではないでしょうか。

組織には「忖度」がつきまとう
私の会社もそうです。社員の言葉を奪わないよう、自由闊達(かったつ)な議論を奨励しているつもりですが、どうしても「忖度」がつきまとう。例えば私がAという意見を言ったとすると、本当はBのほうがいいと思っている社員も、それを言わずにAに従ってしまうわけです。それでAがうまくいかなくなると、「実は最初からBのほうがいいと思っていた」とやっと教えてくれます。これはもう私の責任です。
もちろん私自身も気を付けています。仮に私の意見が全否定されても素直に受け入れるとか、むしろその人の意見を採用してみるとか、逆に自分が今、忖度されているのではないかと常に疑うとか。しかしそれでも、根本的な解決には至りません。組織は一筋縄ではいかないのです。
ただし、組織にどういう問題が起こり得るか、その兆候はどういうところに表れるか、複数の類型を知っておくことは、大失敗を未然に防ぐことにつながります。先人たちの多大な犠牲から得られた高度な知見を、私たちは無駄にすべきではないでしょう。
取材・文/島田栄昭 写真/塚崎秀雄さん提供(人)、スタジオキャスパー(本)
勝者と敗者を理解しなくては成功のメカニズムは解明できない――。『失敗の本質』『アメリカ海兵隊』『戦略の本質』誕生のドラマから、研究への姿勢、知的創造理論進化の軌跡まですべてを語る。
野中郁次郎(著)、前田裕之(聞き手)/日本経済新聞出版/990円(税込み)