『52ヘルツのクジラたち』(中央公論新社)が2021年の本屋大賞を受賞、40万部超のヒット作となった小説家・町田そのこ氏。受賞後第1作の『星を掬う』(同)では、「母と娘」という関係性の難しさを、女性の自立や介護問題といった多様な視点を織り込みながら巧みに描いた。[日経クロストレンド 2021年12月28日付の記事を転載。一部情報を更新]
──『 52ヘルツのクジラたち 』は2021年春に本屋大賞を受賞し、40万部超のヒット作となりました(編集部注 23年5月時点で累計発行部数48万部超)。
発売を機に、自分でも情報発信をしたいとTwitterを始めたところ、発売直後から書店の方にたくさんの応援コメントを頂きました。大賞は自分の実力以上に、作品を見いだして広めようとしてくれた多くの人の力でもらった賞だと思っています。読者の方からは「誰かが発している声無き声や悲痛な思いに対して、自分も耳を澄まそうと思った」という感想を多く頂き、この本がきっかけで救われる人がいるのかもしれない、幸せになれる人がいるのかもしれないと思えたことは、本当にうれしかったです。
──多くの人に読まれた理由は何だと思いますか?
発売時期は20年4月というまさにコロナ禍の真っただ中で、「こんな状況のときに人は小説を買って読んでくれるのだろうか」と、とても心配でした。けれど実際にはむしろ、外出自粛の影響もあって、本を読む人は増えました。また、巣ごもり生活が長引く中で、人と会ったり話したりすることができなくなったもどかしさや寂しさなどが、孤独を描いた本書のテーマと響き合ったことで、多くの方に手に取ってもらえたのではないかと思います。
──作品のヒットや受賞をきっかけに、執筆活動や心境に変化は?
それ以前にも本を3冊出していましたが、TwitterなどのSNSをやっていなかったこともあってか、反響を実感したことはありませんでした。『52ヘルツのクジラたち』の完成原稿を送った翌日にすぐ、担当編集者から「すごく良かった!」という熱い感想をもらえてうれしくなりました。もしかしたらとうとう初の重版がかかるのではないか、なんて夢見てしまったくらいです。「重版になった」って一度は言ってみたかったんです(笑)。なので、その予想をはるかに超える勢いで本が売れ始めたのを目の当たりにして、最初は少し怖くなりもしました。
たくさんの方に読んでもらえたという実感が湧いてからは、「頂いた賞に見合う作家にならなければ」「次の作品でがっかりされたくない」という不安やプレッシャーもやはり膨らみました。受賞の知らせが届いたのが21年の3月で、既に次作は書き上げていたのですが、授賞式後に改めて読み返して「これが受賞後第1作なんてダメだ」と思えてならず、全体の9割近くを書き直しました。それが『星を掬う』です。
「親ガチャ」は自分の人生から目を背ける言葉
──その21年10月発売の著書『 星を掬う 』は、女性なら誰もが身に覚えのある、母親と娘という女性同士の関係の難しさが作品の主軸となっています。なぜこのテーマを選んだのですか?
前作の『52ヘルツのクジラたち』では家庭内虐待を描きましたが、主に虐待された子供の側にスポットを当てています。なので、虐待した母親側について、もっと書けたのではないかという心残りがありました。我が子を虐待してしまった母親、親であることを放棄し、子供を捨ててしまった母親の人生とはどんなものか、なぜそのような結果に至ったのかを書いてみたいと思ったのが『星を掬う』に取り組んだきっかけです。
──『星を掬う』の主人公・千鶴は物語の始め、自身の不遇な人生はすべて幼少期に母親に捨てられたせいだと感じて生きています。人生は親で決まる=「親ガチャ」という言葉や価値観は近年、若い世代の間で広まり、21年の流行語大賞の候補にもなりましたが、こうした風潮も執筆の背景にあったのでしょうか?
執筆中は「親ガチャ」という言葉は知らなかったんです。刊行後、ある書店員さんが本作について「『親ガチャ』という言葉を使っている人に読んでほしい作品」とコメントしているのを見て、そんなひどい言葉が流行っているのかと驚きました。
しかしもし、私が10代の頃に周囲で流行っていたら、きっと軽いノリで簡単に使ってしまっていただろうなとも思います。ひどくて、そしてあまりに軽い言葉です。だからこそ、親子関係で本当に深刻な悩みを抱えている人にとっては、使えない言葉ではないかと思います。軽々しく使えるのは、言葉一つで自分自身の問題を全部親に責任転嫁し、「ガチャガチャに外れたから仕方ない」と、自身の人生の責任を放棄したり、見ないふりをしてごまかそうとしたりしている人だけ。
──『星を掬う』の作中にも、主人公が「自分の人生を、誰かに責任取らせようとしちゃダメだよ」と諭される場面があります。
「自分の人生を、誰かに責任取らせようとしちゃダメ」というのは、まさに自分が若い頃に誰かに言ってほしかった言葉です。私自身、厳しい親に育てられて家庭内の制限も多かったので、「親のせいで私の人生の可能性が狭まってしまった」とか「自立心のない、こんなつまらない女になったのは親のせいだ」と責任をなすりつけていました。30代後半に差し掛かり、望むような人生を歩めなかったのは自分自身の怠慢だとようやく自覚できたのですが、早くに気づけていたらもっと豊かに生きられたのにと後悔しています。
氷室冴子の訃報で気づいた「空っぽの人生」
──作家の道を志したきっかけは何だったのでしょう?
子供時代からの憧れの作家、氷室冴子さんが08年に亡くなったニュースを目にしたことが大きな転機になりました。小学生時代、私は学校でいじめに遭っていました。クラスの輪の中に、入れてもらえなかったんです。
教室でどれだけ孤立していても、大好きな氷室さんの小説を読んでいる間は平気でした。新刊が出ると聞けば楽しみで仕方なくて、予習のために過去作を読みふけりました。作品世界に没頭することで悩む暇もなく、つらさを感じなかったんです。子供時代を健やかに過ごすことができたのは、氷室さんの作品のおかげでした。そんな中で自然と、自分も誰かを支えられる作品を生み出せる作家になりたいと思うようになりました。中学に入ると友達ができ、当時はやっていた交換日記には連載小説を書きました。高校に入っても夢は変わらず、演劇部のために脚本を書かせてもらったこともありました。
しかし、気づけばいつの間にか夢は薄れ、空っぽの人生になっていました。「手に職をつけろ」と親に言われるまま、理美容専門学校に入ったものの、全く仕事が合わずに1年足らずで辞めました。その後はファミレスやエステ、和菓子屋など職を転々とし、24歳で当時付き合っていた人と結婚、のちに出産。主婦として毎日それなりに忙しく、子育てはやりがいを感じました。責任ある大切なことをしているのだと思ってもいました。でもふと、私自身の人生には何も芯がないと感じてしまった。私には没頭できる趣味もなければ、誰かに自慢できるものもない……。そんなとき、氷室さんの訃報を知ったんです。
悲しみの後、自分に怒りが湧きました。誰かのせいにして生きる道を狭め、自分の人生を空っぽにしたのは自分自身ではないかと。子供時代を氷室さんに救ってもらったのに、ただ流されて夢を簡単に諦めてしまった。なんて無駄に生きてきたのだろう。もう、氷室さんに会ってお礼を言うことは永遠にかなわない。ならばせめてもう一度作家を目指そうと、そこで一念発起しました。
目指すものがあるというだけで、目の前が輝いて見え、生活にハリが出てきました。書くことをやめるということは空っぽの自分に戻ることなので、もし作品が認められなくても、死ぬまで作家を目指して書き続けていたと思います。
──小説技術はどのように身につけていったのですか?
最初はケータイ小説を書いて投稿することから始めました。投稿サイトの良さは何より、連載を更新すると、読者がリアルタイムで感想をコメントしてくれることです。そうした反応を基に、場面を盛り上げたり展開をつなげたりといった表現方法を学んでいきました。続けるうちに、次第にケータイ小説仲間も増えてきて、彼らの作品がどんどん書籍化される中、芽の出ない自分に落ち込んだりもしました。そんな私に、「一般文芸の公募作品を目指したら?」と勧めてくれたのもケータイ小説仲間の一人でした。
文芸系の賞に応募しても、最初は箸にも棒にもかからない状態が続きました。今まで読んでこなかったタイプの作家の作品をたくさん読んで研究したり、桜庭一樹さんの『私の男』を丸々書き写してみて、本1冊分の物語を仕上げるというのがどういうことなのか、肌で感じようとしてみたこともありました。この方法はお勧めしませんが(笑)、そうした試行錯誤の地道な繰り返しです。
──現在は3人のお子さんを育てながらの作家生活ですが、仕事時間はどのように確保していますか?
パソコンを立ち上げる時間は8時から17時と決め、家事・育児の合間を縫うように書いています。作家を目指し始めた当初は、当時まだ小さかった上の子を寝かしつけながら、ガラケーを使って片手でポチポチとケータイ小説を打っていました。そもそも最初から子育てと並行した執筆環境だったので、むしろ細切れの時間で書くのが通常運転でもあり、今でも私生活との切り替えはわりとスムーズですね。などと偉そうに言いましたが家事は手抜きもいいところで、家の中はだいたい汚いです。家族は「ホコリじゃ死なないから」と言ってくれますけど(笑)
──人生の局面で「動けない」「決断できない」と感じて迷っている人に、ご自身の経験の中からアドバイスはありますか?
つらい状況の真っただ中にいる人は特に、踏み出した先にもっとひどいことが待ってるんじゃないかとためらってしまったり、そもそも踏み出すことに思いも及ばないほど切羽詰まっていたりする場合が多いと思います。それでも、ただじっと同じ場所に立ち尽くしているよりは、とにかく少しずつでも、まず足を踏み出してみれば、その小さなはずみで物事が転がったり、誰かに気づいてもらえたり、視点が変わったりして、良い方向へ向かうきっかけになることのほうが多いです。私自身、最初に踏み出した一歩の勢いの延長上にいて、今も執筆を続けています。



