自社や競争相手の強み、弱みを分析し、競争のない新しい市場をつくり出すための六つの視点とは? ベストセラー 『ブルー・オーシャン戦略 競争のない世界を創造する』 (W・チャン・キム、レネ・モボルニュ著/有賀裕子訳/ランダムハウス講談社)を、慶応義塾大学大学院経営管理研究科教授の清水勝彦さんが読み解く連載第2回。『 ビジネスの名著を読む〔マネジメント編〕 』から抜粋してお届け。

※本書は「新版」が2015年に刊行されていますが、本稿は2005年刊行の初版に基づいて書かれています(本の写真は初版のもの)。

「言葉」が文化・体質を反映

 戦略を考えるとき、自社の強みと弱み、競争相手の強みと弱みをはっきりさせることが必要です。戦略を、限られた資源をどのように配分して競争に勝つかであるとすれば、自社の強みに集中することが最も効率がよいからです。

 それでは、自社や競争相手の強み、弱みをどのようにして分析すればよいのか。これは結構難しい問題です。明らかに特許や商品力で優れている場合もありますが、組織の能力はそうした商品、サービスを生み出す「プロセス」にあることも多いからです。

 そうした分析をするツールの一つが、本書が提案する戦略キャンバスです。それは横軸に競争要因(基本的には顧客が価値と思う要因)を並べて、競争相手に比べどの点が優れ、どの点が劣っているかを「見える化」することです。こうした基本的な分析がきちんとできている企業は意外に少ないのです。

 キム教授らは、この戦略キャンバスと要因にどのような言葉が使われるか、から、良い戦略と悪い戦略の特徴が分かると言います。良い戦略の特徴は①メリハリ②高い独自性③それらを踏まえた訴求力のあるキャッチフレーズ――だと指摘します。一方、悪い戦略の特徴は①利益につながらない過剰奉仕②一貫性の欠如③内向きの言葉遣いなど――です。

 社内で使われている「言葉」が、その会社の体質・文化を反映しているというのは、大変興味深い指摘ではないでしょうか。

どの点が優れ、どの点が劣っているかを「見える化」する(Freedomz/shutterstock.com)
どの点が優れ、どの点が劣っているかを「見える化」する(Freedomz/shutterstock.com)

 2本の折れ線グラフを見て、リーダーは何を考えなくてはならないか。「どこは負けてもいいか考えろ」。そう言ったのは、コマツ元社長の坂根正弘氏です。私の知る限り、「負けてもいい」と言った経営者は坂根氏だけです。

 「ブルー・オーシャン」に限らず、戦略とはそういうものです。コマツのように「ダントツ」の強さを発揮する企業になるには、どこかで負けなくてはならないのです。

すべての面で勝つ大きな代償

 現在の戦略キャンバスを踏まえて新しい市場、つまり「ブルー・オーシャン」を生み出すために、著者は顧客に対する価値を四つの視点から考えてみることを提唱します。既存の製品やサービスに対して①取り除くべきもの②減らすべきもの③増やすべきもの④付け加えるべきもの――の四つです。

 坂根氏の言葉ではないですが、「すべての面で、競合に少しずつ勝とうとして(つまり、折れ線グラフでほぼパラレルのような形で、競合他社のグラフの少し上になるようにすることを目指し)顧客から見れば何の特徴もなくなってしまう」ことになりがちな我々に対する警鐘です。

 さらに一歩進んで、著者は「市場の境界線を引き直す」ことの重要性を指摘します。つまり、新しい市場をつくることこそ、血みどろの戦いで資源を消耗し、大した成果も上げられないことを防ぐ唯一の道だというのです。

 そうした新しい市場を創造するための考え方のヒント、発想を変える見方として、本書は六つを挙げています。

新市場を見いだす六つのヒント

 以下に挙げる六つは、「ブルー・オーシャン」戦略に限らず現状の商品のマーケティングにおいても十分意味を持つ視点であると思います(オリジナルは「Creating New Market Space」――ハーバード・ビジネス・レビュー誌、1999年。私も日本語版を企業の幹部研修で何度か使っています)。

①代替産業に学ぶ――マーケティングで「顧客はドリルを買いたいのではなく、穴を買いたいのだ」という有名な話がありますが、それと同じようなことです。同じ業界だけでなく、代替となる産業(例えばエンターテインメントという意味で映画館とマッサージ)を考えたときに、顧客の本当のニーズが分かるのです。

②業界内の他の戦略グループから学ぶ――同じ業界でも顧客がセグメントされている場合、その理由は何か。別の切り口はないか。

③買い手グループに目を向ける――「買い手」と一口に言っても、実はそこには「購買者」「利用者」さらには「影響者」があり、この3者は必ずしも同じではありません。私がコンサルタント時代に担当した仏ヘネシーが、バブルの頃、「接待でオーダーするお酒ナンバーワン」になったのは、「購買者」(接待する側)でも「利用者」(される側)でもなく、「影響者」(店の女性)にフォーカスしたマーケティングを展開したからです。

④補完材や補完サービスを見渡す――昔からパソコンやゲームのハードとソフトが補完材であることは知られてきましたが、実は他にもいろいろないでしょうか。例えば、商品の販売よりもメンテナンスで利益を上げている業界のような発想、替え刃でもうけるような発想、あるいはまったく違う補完(映画館と託児所)を結び付けるようなことはできないでしょうか。

新しい市場を創造するためのヒントとして六つの視点が挙げられている(Gajus/shutterstock.com)
新しい市場を創造するためのヒントとして六つの視点が挙げられている(Gajus/shutterstock.com)

⑤機能志向と感性志向を切り替える――スイスのスウォッチは機能志向の時計業界にファッション志向を、逆に英ザボディショップは感性志向の化粧品業界に機能志向を持ち込んだ例として挙げられています。あなたの業界はどうでしょうか。

⑥将来を見通す――「トレンド」という言葉がよく使われますが、「トレンド予測」ほど当てにならないものはありません。そうした「予測」ではなく、今の「トレンド」の行き着く先を考えてみろと著者は言います。コンサルティング業界では「エンドゲーム」などと言いますが、どう考えてもこういう方向に行くだろう、例えば東南アジア諸国連合(ASEAN)の発展とか、スマートフォンの普及といったようなことを踏まえたときに、どのようなサービスが求められるかという、逆算の発想です。

「レッド・オーシャン」を招く逆説

 実は、「これまでの常識にとらわれすぎない」「新しい市場をつくり出す」ことの大切さは20年前以上にC・K・プラハラードとゲイリー・ハメルの出世作「ストラテジック・インテント」(ハーバード・ビジネス・レビュー誌、1989年)が次のように指摘していました。

 セグメンテーション、バリューチェーン、ベンチマーク、ストラテジックグループ、移動障壁といったコンセプトを学び、多くのマネジャーは産業の地図づくりがうまくなった。ところが、このような分析に明け暮れている間に、(日本の)ライバル企業は大陸全体を動かしていたのだ。


 彼らの指摘は、欧米企業が昔ながらのコンセプトにこだわって視野が狭くなっているのに対し、日本企業はそうした「常識」を打ち破る形で躍進をしているのだというものでした。それが、今まったく逆の形で日本企業に対して当てはまるのは皮肉です。

 論理的であることは大切ですが、すべての論理には出発点があります。その出発点として無意識のうちに「これまでの常識」「これまでの業界」を使ってしまう結果、論理的であろうとすればするほど視野狭窄(きょうさく)になってしまうという逆説が「レッド・オーシャン」を招きます。

 「それはおかしい」と思っていても、「論理的」に反論できないことにもどかしさを感じたことはないでしょうか。秀才の牛耳る官僚組織が国をダメにする典型的なパターンです。

 そろそろ日本企業も「ダントツ」であるために「何を負けてもよいか」「これまでの前提を変える必要はないか」、そして「商品のイノベーション」だけでなく「ビジネスのイノベーション」とは何かを真剣に考え、取り組む時期にあるのだと思います。

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