「ブルー・オーシャン戦略」を実行するために、リーダーはどのような行動を取ればよいのか。ベストセラー 『ブルー・オーシャン戦略 競争のない世界を創造する』 (W・チャン・キム、レネ・モボルニュ著/有賀裕子訳/ランダムハウス講談社)を、慶応義塾大学大学院経営管理研究科教授の清水勝彦さんが読み解く連載第3回。 『ビジネスの名著を読む〔マネジメント編〕』 から抜粋してお届け。
四つのハードルを乗り越える
どんなにすごい戦略も、実行されなくては意味がありません。逆説的ですが、「ブルー・オーシャン」戦略が必要な企業ほど古い市場の考え方、これまでのやり方に凝り固まっており、せっかくのいいアイデアを生かせないことが多いのです。では組織を率いるリーダーはどうしたらよいのでしょうか。
最も大切なのは「資源の少なさや抵抗を言い訳にしないこと」です。組織改革にしても新しい戦略の実行にしても、抵抗があるのは当たり前。できない言い訳にしてはなおさらダメです。キム教授らは四つのハードルがあると言います。①意識のハードル②経営資源のハードル③士気のハードル④抵抗、政治的なハードル――です。
そうした四つのハードルを乗り越えるのが「ティッピング・ポイント・リーダーシップ」です。それは「どのような組織でも、一定数を超える人(一般に2割などと言われます)が信念を抱き、熱意を傾ければ、そのアイデアは流行になって広がっていく」ことを認識し、「拡散でなく集中」を考えるリーダーのことです。
1994年にニューヨーク市警本部長になって治安を劇的に良くしたビル・ブラットンが分析されています。最初の成功要因は数字ではなく現実を肌で感じさせたことです。
例えば、数字を振りかざす市警の幹部を実際に地下鉄に乗せました。次に小さな犯罪を見逃しませんでした。さらに重点領域に資源を集中し、影響力の強い中心人物に徹底して働きかけました。当事者の行動が目立つようにし、目標を細分化し具体的な目標に落とし込むことなどにも取り組みました。要は「組織の急所」は何かを見つけ、そこに集中するということが大事です。
根本にあるのは、細部を見逃さないことと、抵抗を恐れないことです。そして、抵抗とは、リーダーの本気度を試すリトマス試験紙の別名であることも忘れてはなりません。
NYの犯罪を激減させた“急所”
ビル・ブラットンが成功した要因の一つとして、小さな犯罪を見逃さなかったことを先に挙げました。それは1982年に犯罪学者のウィルソンとケリングによって発表された「Broken Windows(割れ窓)理論」の実例として位置づけることができます。
「Broken Windows 理論」を直訳すれば、「空きビルなどの窓の一つが割られてそのまま放置されていると、そのうちにそのビルすべての窓が割られる」ということです。その意図することは「小さなこと」、ここでは「一つの窓が割られたまま放置されている」ということが、そこに住んでいる住民、通行人、そして不良の集団に「サイン」を送っているということです。
つまり「一つの窓が割られたまま放置されている」ことは、ビルの持ち主も、ひいてはその周辺の住人も「窓が割れてもかまわない」「他人のことなんてどうでもいい」と思っていることを示しています。多くの場合、その結果は単にその他の窓がすべて割られるだけにとどまらず、その地域全体の犯罪率の上昇など居住環境の加速度的な悪化につながります。

日本でも、例えばチリ一つないところでは汚すのははばかられます。逆にあちこちにごみが落ちているようであれば、わざとではなくても落としてしまった紙くずを拾おうという気持ちがなかなか起こらないということはあるのではないでしょうか。
おそらく本書で取り上げられているビル・ブラットン本部長以上に有名なのが、同じ頃市長を務め、後に9・11の同時多発テロ事件のときに指揮を執ることにもなるルドルフ・ジュリアーニ氏の「落書き対策」でしょう(これは次のブルームバーグ市長にも受け継がれます)。
「サイン」を出すことが重要
このパートは2003年にハーバード・ビジネス・レビュー誌に発表された「Tipping Point Leadership」がもとになっていますが、その3年前に出版されたマルコム・グラッドウェルのベストセラー『The Tipping Point』に多くをよっています。
そこで何度も取り上げられているのは、大きい問題に対して、大きく取り組むのではなく、「サイン」を出すことが重要だということです。地下鉄の無賃乗車と落書きをなくすことが、「犯罪」に関する認識を(犯罪者、市民ともに)大きく変え、それが治安の大幅改善につながっていったのです。
ここで考えてみたいのが「誰にでも間違いはある」という、よく聞くフレーズです。これは実際そうだと思いますし、テストにしろ、仕事にしろ、よほど慎重な人でも間違えたり、失敗してしまったりすることはあるでしょう。だから、厳しく罰することはよくない、次のチャンスを与えるべきだということになります。「大目に見る」という言い方もあるくらいです。
注意しなくてはならない点は二つです。一つは、ある「失敗」「ルール違反」を大目に見ることが、その本人はともかく、その他の社員あるいは顧客にどのような「サイン」を送っているかということです。
例えば、どこの会社にも時間にルーズな社員はいるでしょう。他の社員に対しては「時間厳守」を求め、しかし「彼は営業成績がいい」からといって一部例外をつくれば、「成績がよければ時間を守らなくてもいい」と言っているのと同じです。そして、そのサインは「成績がよければ何をしてもいい」と拡大解釈されても不思議ではありません。

もう一つは、「大目に見る」のは、失敗した本人のためではなく、それを指摘し、叱責する立場にある上司が自分のために行う場合があることです。部下に小言を言ったり、悪い評価を付けたりすることは、楽しいことではありません。嫌われてしまうかもしれません。
「人材育成」「業績」を名目に、本来上司がすべきことを避け続けていれば、その組織がどうなるかは想像に難くありません。甘え、ルール違反が跋扈(ばっこ)し、本当に仕事をしたい人たちは離れていくでしょう。
「譲れない一線」で分かる器量
「Broken Windows 理論」では、「小さなこと」が結果としてより深刻な問題の引き金になることから、どんなに小さな犯罪、ルール違反に対しても厳しく対処する「Zero tolerance(しんしゃく無用)」の重要性を指摘します。
この「Zero tolerance」はいろいろなところで使われ、例えばテキサスでは(おそらく他の州でもそうだと思いますが)、中学、高校での暴力によるけんかは先生に見つかれば一発退学です(米国では高校まで義務教育ですので、他の高校に行くことになります)。
「厳し過ぎる」という意見はあっても、「小さなルール違反に、あえて厳しく対処する」ことで、本人だけでなく、その他大勢に、そのルールの大切さを強く訴えるのです。「譲れない線」をいったん譲ってしまったら、あとはどうなるか。結果は明らかだと思います。
人間は完全なものではなく、間違うこともあります。だからこそ、気を抜いてしまってはいけないのです。それを死守しなくては、組織のアイデンティティーが成り立たない一線というものがあるのです。
小さいことにこだわるのは、「ケチ」だとか「小心」だというふうに受け取られがちなので、「細かいことは気にしない、豪胆なリーダー」が人気を集めます。しかし、本当にそうでしょうか。実は「豪胆」ではなく、「粗雑」なだけではないかと疑ってみることも必要です。そして、単に「細かい」のではなく、「譲れない一線」を持っているかもしれないということも。

多くのビジネスパーソンが読み継ぐ不朽の名著を、第一級の経営学者やコンサルタントが解説。難解な本も大部の本も内容をコンパクトにまとめ、ポイントが短時間で身に付くお得な1冊です。
日本経済新聞社(編)/日本経済新聞出版/2640円(税込)