不確実性の高い環境下で、私たちはどのように意思決定をすればよいのでしょうか。想定外への対処法を解説する名著『 ブラック・スワン 不確実性とリスクの本質(上)(下) 』(ナシーム・ニコラス・タレブ著/望月衛訳/ダイヤモンド社)を、ボストン コンサルティング グループ(BCG)の佐々木靖さんが読み解きます。『 ビジネスの名著を読む〔戦略・マーケティング編〕 』(日本経済新聞出版)から抜粋。
想定外が起こったときの影響を把握する
前回「 『ブラック・スワン』 単純化はなぜ要注意なのか 」では未来を予測することの難しさ、本質的に未知なるものを予見することはできないことを説明しました。それでは、『ブラック・スワン』の著者タレブが「果ての国」(連載第2回「 『ブラック・スワン』 “月並みの国”か、“果ての国”か 」参照)と呼ぶ不確実性の高い環境下で、私たちはどのように意思決定をすればよいのでしょうか。
タレブは意思決定にあたっては、その事象の起こる確率よりもその影響にフォーカスすべきであり、「不確実性の本質」はそこにあると主張します。想定外の事象が起こる確率などわからなくてよい。そもそもそんな確率など正確にはわからない。そうではなく、想定外が起こったときの影響を把握することに注力しろと説きます。
例えて言うなら、地震が起こる確率はわからないが、起こったらどのような被害を受けるかを想像することはできる。想定外を想像力豊かに想定することで、万が一の状況での対処を考えようということです。
タレブは自身の投資の意思決定ルールも「小さな失敗は心配しない。大きな失敗、特に致命的になりそうな失敗はとても心配する」と規定します。優良株は見えないリスクの代表として不安を感じる(ブラック・スワンを意識しないことのリスク)。むしろ投機的なベンチャーなどは変動を見越して投資額を抑えれば不意をつかれることがない、と考えるのです。
タレブが推奨する意思決定のあり方は、シナリオ・プランニングの考え方と似ています。1点のみの予測はやめ、自らに重大な影響を与えるリスクと不確実性について複数のシナリオで検討する。さらに、不確実性をもたらす重大な要因には特別なプロジェクトで取り組む。従来の長期戦略をこのように拡張することで、まだわかっていないことに気づき対処することが可能になります。
タレブが示唆する不確実性下の意思決定のあり方とは、「想定外を想定する想像力」であり、それに対して「柔軟に対処していく心構え」だといえます。
5年後にグーグル検索は有料になる?
タレブの言うように、未来を正確に予測することは現実には相当困難です。しかし、予測は難しくても想定外を想定することで意思決定の質を高めることは可能です。それは実務的に何か難しい統計の解析を回すことを意味しているわけではありません(因果関係についての示唆を獲得する上で統計解析ほどパワフルなツールはありませんが、私は将来予測に関しては、統計は極めて無力だと考えています)。
タレブが主張するように、ブラック・スワンが威力を持つ「果ての国」では「想定外を想定する想像力」を高めることが意思決定の質を高めることにつながります。ブラック・スワンに備えて「(あり得ないと思考停止するのではなく)もしXXであったらどうなるだろう?」と問いかけながら掘り下げていく思考法が有効です。
5年後にグーグルの検索が有料になる可能性はどれくらいあるでしょうか。多くの人は「そんなことは起こりそうにない」と答えるのではないでしょうか。では、「5年後にグーグル・サーチが有料になると仮定しよう。どうなったらそんなことが起こるのだろう?」。これに対しては様々な可能性を挙げる答えが返ってくるように思われます。
シナリオ・プランニングはこのような「あり得ない(想定外)」をあり得ないで片づけるのではなく、「仮にあり得ないとしても、起こった場合の影響を考える」エクササイズであり、不確実性の中で意思決定の質を上げる上で有効なアプローチです。
もともとは1970年代に石油会社のシェルのピエール・ワックが開発したことで知られる手法ですが、近年、不確実性の増大によりその利用価値が見直され、多くの企業の現場で活用されています。
この手法では起こりうる未来のシナリオを複数設定し、強制的に考える状況に自らを追い込みます。その上で、自分や自社の期待とは異なる未来がどのような条件や要因で起こりうるのか議論して分解していきます。そうすることで影響の大きさを想定するのです。
「釜石の奇跡」はなぜ起こったのか
シナリオ・プランニングを日常で実践した最良の事例が「釜石の奇跡」と呼ばれるものです。釜石市は2011年の東日本大震災の際に津波による直接の被害を受け、1300人を超える死者・行方不明者が出ました。
ところが、釜石市の学校に通う小中学生の生存率は99.8%。被災した瞬間に学校管理下にあった児童生徒だけではなく、下校していた子どもの多くも自分の判断で高台に避難、さらに周辺にいた大人たちの命を救ったケースもあったのです。
これは想定外を想定するかたちで平時でも訓練を怠ることなく、津波が来たときには高台に上ることを徹底した教育現場での訓練の賜物(たまもの)だったとされます。生徒個人の中に危機時の対応に関するシナリオが構築され、創造性と自主性を持って有事に対応する力を植え付けることに成功したのです。
ビジネスの世界の話ではありませんが、組織としてのリスクマネジメントのあり方、特に日々のオペレーションに関わる想定外への影響を回避する成功事例だと思います。
問題は予測の正確性ではないのです(タレブが言うように正確な将来予測などできないのですから)。想定外を想定する想像力豊かなシナリオの活用により起こりうる変化への認識を広げて、従来の思考の枠から抜け出し、創造的な戦略思考を促すことができるのです。
ポーターら巨匠の代表作から、近年ベストセラーになった注目作まで、戦略論やマーケティングに関して必ず押さえておくべき名著の内容を、第一線の経営学者やコンサルタントが独自の事例分析を交えながら読み解きます。
日本経済新聞社編/日本経済新聞出版/2640円(税込み)


