取材当日、金哲彦さんはパタゴニアのウエアで現れた。パタゴニアの愛用歴は30年以上。破ければ修理にも出してきたという。そして、若い頃から愛用するアップル製品に対しては、「研ぎ澄まされたデザイン」への深いリスペクトがあるという。走ることに50年を費やしてきたランニングコーチは、パタゴニアとアップル、この2社の哲学にどんな共感を見いだしたのか。金さんがほれ込むきっかけとなった2冊の本とあわせて紹介する。
最初は「長持ちするな」から始まった
パタゴニアは30年以上愛用しています。今日着ているのもそうですね。最初は、それほど深いことは考えていなくて、「長持ちするな」「流行に流されていないな」という印象でした。ただ、20年近く着ている頃から、自然と愛着が湧いてきました。しかも、パタゴニアって修理もしてくれるんですよ。どんなフィロソフィーでやっている会社なのか興味が出てきて、この『 新版 社員をサーフィンに行かせよう パタゴニア経営のすべて 』(イヴォン・シュイナード著、ダイヤモンド社)を手に取りました。
パタゴニア創業者が、自社の経営哲学を体系的に語った一冊。タイトルはそのまま、「就業時間中でもサーフィンに行っていい」という意味で、社員の責任感と自律性を引き出す仕組みとして実践されている。創業の経緯から環境活動、製品デザイン、広告戦略まで幅広くカバーされ、ビジネススクールの必読書にも挙げられるロングセラー。「この哲学を読んで知ってしまったら、もう協力したくなりますよね」と金さんは語る。(画像クリックでAmazonページへ)
読んでみて驚いたのは、「会社は地球環境のために存在する」という創業者の考え方です。リサイクル素材を使う。できるだけ長く使えるようにつくる。何のために会社があるのかという問いに、明確な答えを持っている。すごいなと思いました。
つくっているものはスポーツウエア、アウトドアウエアかもしれない。でも他の企業もこういう考え方で経営すれば、もっといい世の中になるんじゃないか。そう思いながら読んでいました。
「岩を傷つけない道具」から始まったブランド
パタゴニアの始まりは、創業者のイヴォン・シュイナードの鍛冶仕事にあります。自身もクライマーであり、登山用のハーケン(岩の割れ目に打ち込む金属の釘)をつくっていたのですが、クライミング人気の高まりに伴って岩の損傷が激しくなっていった。それなら、ハーケンに代わる傷つけないものを考案しようと。そこが原点なんです。
本にも書いてありますが、リーマン・ショックのときもパタゴニアは逆に売り上げを伸ばしているんですよね。他が落ちているときにも、上がる。不思議ですよね。商品を使いたいから買う、という次元を超えて、ブランドへの信頼感が絶対的なものになっている。
僕も、パタゴニアを買うときに値段を気にしません。高いですけれど、長持ちする品質の良さを知っているし、こういう哲学を読んで知ってしまったら、やっぱり協力したくなりますよね。
究極まで突き詰める姿勢への共感
じつは僕、こう見えてガジェットオタクなんです。1986年に大学を卒業したのですが、ワープロが出ればすぐ買い、ノートパソコンが出ればまた買って。アップルのパソコンも、本当に初期の頃から使っています。新しいものが出ると、どうしても買わずにはいられない性分なんですよね。
スティーブ・ジョブズはもちろん素晴らしいのですが、『 ジョナサン・アイブ 偉大な製品を生み出すアップルの天才デザイナー 』(リーアンダー・ケイニー著、日経BP)では、その傍らにずっといたジョナサン・アイブの製品デザインに対する考え方に、すごく共感したんです。アップルが好きな人って、めちゃくちゃ好きじゃないですか。どんどん裏側を知りたくなる。この本を手に取ったのも、そんな思いからでした。
スティーブ・ジョブズが絶対的な信頼を寄せたデザイナー、ジョナサン・アイブの生い立ちからデザイン哲学までを描いた評伝。銀細工職人の息子に生まれた彼が、iMac、iPod、iPhoneなど世界を変えた製品をどう生み出したのか、その足跡をたどっていく。「体を究極まで研ぎ澄ませていくのと、なんだか似ているところがあるなと感じた」——金さんはそう、「走ること」との共通点を語った。(画像クリックでAmazonページへ)
一つの製品を完成させるまでに、ものすごい試行錯誤を繰り返す。最初にサッと絵を描いて終わりではなく、アルミの切り出し一つとっても、ここが美しい、ここは美しくない、というのを究極まで突き詰めていく。その様子は、ランナーが体を究極まで研ぎ澄ませていくのと、なんだか似ているところがあるなと。
僕は解説者として、選手を「動き」で見ています。普通の方は、「汗もかいていないし元気そうだね」という見方をしていても、僕らは動きで見ているから、ほんのわずかな変化でもわかる。フルマラソンの前半、中盤、後半で、この選手はちょっと疲れてきたなとか、駅伝のテレビ中継で「あの選手、いま右足が痛いかもしれません」と、いち早く言えるのはそのためです。
走っているとき、スピードを上げていった際に、足をどう着地するか、体の角度をどうするか、腕の振りをどうするか——。僕らはその感覚をすごく大事にするけれど、普通の人が見たら違いがわからない。でも、その微妙な違いの積み重ねが、レースの完成度を決める。製品も、走りも、細部にすべてが宿っているんですよね。
「ランニングエコノミー」との共通項
マラソンは30kmを過ぎるとつらい。でも、力学的に無駄のない走りができたとき、ハマるっていうか、ふっと楽になる瞬間があるんです。着地したエネルギーがブレーキにならず、前に進むことだけに使われる。そういう体の使い方を「ランニングエコノミー」と呼びます。感覚的なものですが、物理的にも実証できる。着地があって、重力があって、前に進んでいく。
ジョナサン・アイブのモノづくりも、同じだと思いました。感覚で完成形をイメージしながら、最後は数値で決めていく。感覚と数値の両方で突き詰めるという点で、走ることとモノづくりは重なっています。
ただ、こういう感覚って、意識しないとどんどん鈍っていくんですよね。食もそうだと思います。食生活が乱れると、何を食べても違いがわからなくなる。
カップラーメンがおいしく感じるときは、体の感覚が鈍っているんです。僕は玄米食で、今日も自分で玄米を炊いて、味噌汁と目玉焼きをつくって食べました。そういう生活を続けていると、添加物はもう食べたくない。「なんか気持ち悪いな」と感じるんです。
走ることも、食べることも、モノをつくることも、結局は自分の信念や感覚をどこまで研ぎ澄ませられるかで決まる。イヴォン・シュイナードやジョナサン・アイブの本を読んで、それを改めて感じました。

取材・文/金澤英恵 取材・構成/細谷和彦(日経BOOKプラス編集) 写真/鈴木愛子

