「探訪! ひとり出版社」第2回は、月と文社(つきとふみしゃ)の藤川明日香さんに話を聞いています。藤川さんは1998年に日経BPに入社し、2018年から日経ウーマンの編集長を務めました。2023年に退社して月と文社を設立し、これまでに5冊の本を刊行しています。今回は、「本当に自分が作りたい一冊」への思いと、ひとり出版社ならではの流通戦略について話を聞きました。

誰だって、自分らしく生きていい
月と文社から最初に出したのが『東京となかよくなりたくて』(satsuki 絵、月水花 文)です。どんな経緯で作ったのか教えてください。
もともと日経ウーマンの別冊ムックで表紙のイラストを描いてくれる方を探して出会ったのが『 東京となかよくなりたくて 』のsatsukiさんです。一緒に仕事をしてすてきなイラストレーターさんだなと感じて、「独立したらsatsukiさんの作品で本を作りたい」と思っていました。ただ、イラストだけの作品集では手に取る人が限られてしまうと思って、文章を添えることにしたんです。上京した人が語るというテーマの創作エッセーで、私が月水花というペンネームで書いています。
英語を併記したのは、海外の読者にも届けたいという意図があったのですか?
satsukiさんの絵は、海外の方にも受けそうだなと思っていました。実際に、昨年秋に日本に来ていたタイの方が『東京となかよくなりたくて』を見つけて連絡をくれたんです。その方はタイで小さな出版社を営んでいて、タイ語に翻訳したいと言ってくれました。現在、エージェントを通してタイ語版の『東京となかよくなりたくて』を制作中です。英訳をつけていたからこそ実現した話だと思うので、海外への販路につなげることができてうれしいですね。
この本のもう一つの特徴は、全50編の文章に1曲ずつ、イメージに合う日本の楽曲のタイトルを掲載した「エアBGM」です。こちらは現在、YouTube Music、Spotify、Amazon Musicでプレイリストを公開しています。もともと、satsukiさんとデザイナーに本の世界観を共有するための内輪のプレイリストでしたが、そのまま読者に届けてみようと思って、公開することにしました。
『東京となかよくなりたくて』は、かなりコストをかけたつくりですよね。
この本は、PUR製本といってノドの部分まで開くような製本にしたり、カバーのイラスト部分に透明の箔押しをしたりと、かなり制作費をかけています。どの本も一応は原価率を考えていて、印刷費と部数で収支が合うようにしているのですが、『東京となかよくなりたくて』でコストをかけ過ぎたので、昨年末に出したインタビュー集『 こじらせ男子とお茶をする 』(月と文社編)は、かなりコストを抑えています。
『こじらせ男子とお茶をする』でインタビューされていた元編集者のミニマリスト・佐々木典士さんの章で、「そこにいる編集者もだんだん自分の言葉を失っていくっていうか。取材対象者がすごすぎて、なんか全部借り物の言葉になっていく感じはありましたね」(108ページ)という言葉に、藤川さんがすごく共感されていたのが印象的でした。
とても身につまされる話だなと思って。ミニマリストの佐々木典士さんは元STUDIO VOICEの編集者ですが、おっしゃっていることが分かるんです。日経ウーマン時代は、インタビュー相手の言葉を丁寧にまとめることに専念し、黒子としてメディアのコンセプトやブランドの価値観を大切にした雑誌作りを心がけてきました。このときに読者に「寄り添うこと」を考え抜いた経験があったからこそ、独立後は自分自身の考えや価値観をより表現できる道を模索したい、本を通じて挑戦してみたいと考えるようになりました。
月と文社として2冊目に出したインタビュー集『かざらないひと 「私のものさし」で私らしく生きるヒント』(月と文社編)は、特に藤川さんのその思いが反映されているように感じます。
そうですね。『 かざらないひと 「私のものさし」で私らしく生きるヒント 』(月と文社編)』に出てくる女性たちは、肩の力が抜けていて、世の中の競争軸から一歩離れているような人たちです。これまでに様々な人を取材してきましたが、ひとり出版社を立ち上げた時に、「こういう人たちの生き方をみんなに知ってもらいたい」と考えていました。それで、今の自分が共感するような生き方をしている人たちを厳選して取材していこうと決めたんです。
月と文社の出す本には、「世の中の普通に合わせなくてもいい」という視点が共通していると思います。
「自分なりの見方でいいんだよ」ということは、多くの人に知ってほしいと思っています。最近刊行した絵本『 ゴッホとひまわり 』(バーバラ・ストック作、かわのなつみ訳)でいえば、ゴッホは自分の価値観で美しいと思うものを選んで描いた人でした。多くの人が見過ごすような枯れたひまわりの中に、ゴッホは美しさを見いだしたんです。
ひとり出版社には、心強い流通網がある
月と文社は、『ゴッホとひまわり』を2025年4月に刊行したわずか1カ月後に『私の孤独な日曜日』(月と文社編)を出しています。短いスパンでの刊行には、どんな意図があるのですか?
5月の文学フリマの開催に合わせて『 私の孤独な日曜日 』(月と文社編)を出したかったんです。無名の17人の書き手がひとりで過ごす休日についてつづったエッセー・アンソロジーで、文学フリマとの相性が良さそうだと感じていました。実際に、文学フリマ当日は他のタイトルと合わせて70冊ほど売れて手応えを感じています。
文学フリマ以外では、どんなふうに月と文社の本を流通させているのですか?
出版社と書店を直接つなぐ「トランスビュー」を通じて流通しています。この仕組みは、大手取次との取引が難しい、私たちのような小さな出版社や書店にとって非常に心強い存在です。注文に応じて必要な本だけが発送されるので、返品のリスクが低く、必要な本が必要な場所に届くのです。
私(石川)はライター以外に、新刊書店ROUTE BOOKSで選書を担当していますが、コネクションのない小さな書店も大手取次と取引ができません。注文した冊数を即日発送してくれるトランスビューは、書店にとってもありがたい存在です。
小さな出版社の本がきちんと流通できているのは、トランスビューの存在が大きいですし、独立系書店が各地に増えているのも、トランスビューの力があると思います。すごい仕組みですよね。私がひとり出版社の存在を知ったのは、『小さな出版社のつくり方』『小さな出版社のつづけ方』(ともに永江朗著、猿江商會)という本です。これらの本の中で紹介されているひとり出版社の多くがトランスビュー経由で本を流通させていたので、月と文社の流通もトランスビュー以外に考えられませんでした。
トランスビューは毎月約2000の書店に「今月でた本・来月でる本」というDMを送っています。その後半に入れるイチオシ書籍のチラシは各出版社が制作していて、月と文社のチラシは私がIllustrator(イラストレーター)で作っています。企業であればデザイナーやアシスタントに任せるようなことも、ひとり出版社なので自分でこなすことが多いんです。企画から編集、予算管理、販促…と、すべての工程に自分が手をかけて読者に本を届けることができることに、ひとり出版社の楽しさを感じています。
【関連リンク】
月と文社
https://tsukifumi.jp/
取材・文/石川歩 構成/市川史樹(日経BOOKプラス編集) 写真/鈴木愛子





