「探訪! ひとり出版社」第2回は、月と文社(つきとふみしゃ)の藤川明日香さんに話を聞いています。藤川さんは1998年に日経BPに入社し、2018年から日経ウーマンの編集長を務めました。2023年に退社して月と文社を設立し、これまでに5冊の本を刊行しています。藤川さん編の最終回は、月と文社として初めて重版をした『こじらせ男子とお茶をする』の制作経緯から、藤川さんが本づくりの根幹に据える「無名の人の声を丁寧に拾う」という姿勢を掘り下げます。

男子こそ、「こじらせ」が似合う

『こじらせ男子とお茶をする』は、どんな経緯で作った本ですか?

 以前から私の周りにはクセのある男子が多くて、お茶やお酒を飲みながら、彼らの話を聞くのが好きだったんです。クセがあって一筋縄ではいかないような人は、モヤモヤといろいろ考えながらも自分の価値観を大切にして生きていこうと頑張っているように感じていました。彼らのような人をインタビューして、生の声を届けたいと思ったのがきっかけです。

『こじらせ男子とお茶をする』/画像クリックでAmazonページへ
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 当初は一般の方を取材するつもりでしたが、ある程度世間で認知されている方で、世間の常識から少しはみ出している人のほうが、そこに至るまでの葛藤も聞けて面白いのではないかと考え直しました。そこで、ひとり出版社「夏葉社」代表の島田潤一郎さん、元“日本一有名なニート”phaさん、ミニマリストの佐々木典士さん、芸人のファビアンさん、Unipos社長CEOの田中弦さん、ひとり出版社「共和国」代表の下平尾直さんに声をかけてインタビューをさせていただきました。

『こじらせ男子とお茶をする』は、月と文社にとって初めて重版した本になりましたね。

 ここまで「こじらせ男子」という言葉に、多くの方が反応してくれるとは思いませんでした。うれしい誤算です。もともと「こじらせ」という言葉をタイトルに使った本で広く知られたのは、雨宮まみさんの『女子をこじらせて』(ポット出版、のちに幻冬舎文庫)で、雨宮さんがご自身の性のこじらせと向き合われた非常に力強いエッセーです。一方で私は、男性のほうがいろいろな部分で「こじらせ」やすいのではないかと思ったんです。男性は、社会的な成功度や年収、立場などが数字や肩書で明確に示されやすくて、自身の理想と現実とのギャップからくるルサンチマン的な葛藤が強く出やすいのではないでしょうか。

 同時に、一般的な「安定のレール」から外れて、勝算があるかどうかも分からないアウトロー的な生き方に飛び込んでしまう人も多い。その様子は「こじらせ」の言葉にぴったりあてはまると感じました。実際にインタビューをすると、男性たちはこちらの想像以上にいろいろなことをぶっちゃけてくれて、その生々しい言葉がとても面白く、メモしておきたいような名言をたくさんいただきました。読者にも、彼らの言葉のリアリティーが刺さっているのではないかと感じます。

 “普通の人”の日常の声を紡ぎ続けたい

月と文社の本には、雑誌編集の技術が詰め込まれています。ひとり出版社を立ち上げる時に、ご自身の強みを生かそうという意図があったのですか?

 写真の使い方や本文のレイアウトには、雑誌作りのノウハウが生かされているかもしれません。また、日経BPではインタビュー取材を多く手がけたので、月と文社でも自然とインタビューの本が中心になっています。もし私が文芸系の出版社にいたら、独立後は作家さんに執筆を依頼していたと思いますが、前職で主に出会ってきたのはビジネス系の書き手の方々です。日経BPで自己啓発本やお金の解説本はたくさん作ってきたので、同じことを自分が繰り返さなくてもいいと考えました。

 答えが示されているわけではないけれど、なにかのヒントや気づきが得られそうな本…「よく分からないけれどなぜか気になる」という本を求める人もいると思います。私は、答えがない本を作ってみたいと思っているんです。

 最新刊の『 私の孤独な日曜日 』は、書店の店長や専門誌の記者、事務職の会社員など無名の17人が、「ひとりで過ごす休日」をテーマに何気ない日常の感情をつづったエッセー集です。ほとんどの書き手は、noteで見つけて声をかけました。note出身で売れっ子のライターになっていたり、すでにZINE(個人や少人数グループが自主的に制作・発行する小冊子)を出していたりする方は避けて、無名だけれど自分なりの視点を持っていて、表現力のある方に書いてもらいました。中にはキツイ経験をされている方もいますが、その経験から磨かれた独特の感性が、文章に味わいをもたらしていると思います。こちらの本は、書店さんから予想外にたくさんの注文をいただき、発売から1カ月弱で重版を決定しました。

『私の孤独な日曜日』。藤川さんがnoteなどで発掘した16人に執筆を依頼した/画像クリックでAmazonページへ
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月と文社として、これから出していきたいのはどんな本ですか?

 『私の孤独な日曜日』もそうですが、無名の人の声が届くようなインタビュー集やエッセーを出したいですね。著者のネームバリューにはあまり頼らずに、普通の人の普遍的な感覚を拾っていくことに私は興味があるし、実は、多くの人が求めていることなのかなと思っています。

藤川さんが、「普通の人の普遍的な感覚」に興味を持ったきっかけは何ですか?

 日経ウーマンの編集経験が大きいと思います。日経ウーマンでは、働きながら勉強を頑張っている人や資産運用の工夫をしている人など、一般の読者へインタビューをしてきました。そういう人たちの話は面白かったし、多くの発見がありました。また、無名の人のインタビュー集だと『 東京の生活史 』『 大阪の生活史 』(いずれも岸政彦編、筑摩書房)、『 沖縄の生活史 』(石原昌家、岸政彦監修/沖縄タイムス社編、みすず書房)がよく知られています。私は、この生活史シリーズからも大きな影響を受けています。

 こういう本が読まれる時代になってきている気がするんです。無名だけれど「この人は面白い」と感じた人を自らフォローするような流れが広がってきている。YouTuberも、文学フリマの盛り上がりも、そうですよね。少し前まではまったく知られていなかった人が、なにか世の中の潮流をつかんでファンを獲得していく。この時代の流れは止まらないと思うし、私も無名だけれど魅力のある人の声を、無名のまま世に届けていく仕事に自然と引かれています。

【関連リンク】
月と文社  https://tsukifumi.jp/


取材・文/石川歩 構成/市川史樹(日経BOOKプラス編集) 写真/鈴木愛子