新刊『 降伏論 「できない自分」を受け入れる 』を出版した元プロ野球選手でビジネスコーチの高森勇旗氏と、アイデミー取締役COO(最高執行責任者)でグロービス経営大学院客員准教授の河野英太郎氏。数々のベストセラーを執筆して累計で170万部を超える河野氏が、高森氏の前で断筆宣言をしたその理由とは。
たどってきた道は違うのに、主張が同じだった
河野英太郎氏(以下、河野):僕はこれまで何冊か本を出してきましたが、『降伏論』を読んで、僕はもう仕事術の本を書かなくていいと思いました。これで断筆宣言ができる。
高森勇旗氏(以下、高森):そこまでおっしゃってくださり、ありがとうございます。
1973年、岐阜県生まれ。東京大学文学部卒業。グロービス経営大学院修了(MBA)。電通、アクセンチュアを経て、2002年から2019年までの間、日本アイ・ビー・エムにてコンサルティングサービス、人事部門、専務補佐、若手育成部門長、AIソフトウェア営業部長を歴任。2017年には複業として株式会社Eight Arrowsを創業し、代表取締役に。2019年、AI/DX/GX人材育成最大手の株式会社アイデミーに参画。現在、取締役執行役員COOを務める。
河野:僕と高森さんはバックグラウンドが全然違います。なのに、主張は同じなんです。僕の本は組織の中で頑張っている人に向けて書いていますが、高森さんは大きな組織で働いたことはないですよね。なのに、同じ結論に達することがあるのかと驚いています。
高森:おっしゃる通り、僕は企業に属したことはありません。しかし、どこかの企業といつも一緒にいる感覚があり、属してはいないけれどコンサルタントとして横で見ています。
河野:なるほど。
高森:もしビジネスパーソンを「仕事ができる人・できない人」に分けるとしたら、できる人に共通していることってありますよね。河野さんのご著書『 99%の人がしていないたった1%の仕事のコツ 』は、その共通点を煮詰めて煮詰めて、最後に残った結晶の部分だけをすくい取ったような内容だと感じました。
河野:余計な情景描写もストーリーも一切入れずに、仕事のコツだけが書いてありますからね。今分析していただいた通りで、感動しました。僕はもう50歳で、かつ組織の経営者なので、現場で指導するという機会が減っています。思うことがあっても、僕が口出しすると「現場介入か」と反乱が起きてしまうし、現場の状況も変わっていくので、仕事術を指導する立場からどんどん離れていく状況にありました。そこに、高森さんという、僕と同じ主張を持った人が現れ、僕とは全く違う角度から本を書いて、刊行された。まだ35歳とお若いですし、そういう方に道を譲るべきだと思ったんです。
「プロフェッショナル」が身についた理由
河野:プロ野球選手だった高森さんの考えが、なぜビジネスパーソンにとって有効に機能するのか。今日はそれをひもときたいです。
高森:分かりました。
河野:僕らが仕事をやる時、「プロフェッショナルになれ」と上の世代から言われてきましたし、僕自身も新しい世代に言っています。プロフェッショナルの代表的な仕事といえば、プロのスポーツ選手やアスリートです。この点が、高森さんとビジネスパーソンの親和性が高い要素かと思うのですが、いかがですか?
高森:もっと遡ると、僕の父親は伝統工芸の職人でした。だから雇われていないし、社長ではありましたが自分自身も職人として仕事をします。まずその姿に影響を受けていると思います。そして僕は18歳でプロ野球選手になったので、組織の中でうまくやっていくという経験がありません。初めから「プロ野球」という完全実力主義の世界に入ったのは、僕にとってはとても良いことでした。なので、雇われて働いている人の考えに触れて、新鮮に感じることもいまだにあるんですよ。
河野:例えばどんな?
高森:先日、『降伏論』から抜粋したウェブ記事が公開されました。抜粋した箇所は、「年収3000万円稼ぐこと」についてです(「 問題解決における二流と一流の違いとは? 」)。そこには、「時給1万円の人が、1日10時間、月に25日働いて、それが12カ月続いた時のお金である」と書いたんです。記事に付いたコメントのひとつに、「労働基準法では1日8時間しか働けないから、こんなのむちゃだ」とありました。僕は誰かに雇われるという考えがないので、世の中の人はこういう労働感覚なのだなと勉強になりました。「この著者は何も考えてない」と書かれていて、その通りだなと思いましたね。
河野:確かに。そういうコメントを残すのは、どんな人かも気になりますね。
疲れてないから「お疲れさま」は使わない
河野:高森さんは言葉に敏感ですよね。『降伏論』の「言葉を変える」という章に、詳しく書かれています。僕も言葉にはこだわっていて、『99%の人がしていないたった1%の仕事のコツ』の中にも、「お疲れさまという言葉を使わない」という話を書きました。
高森:僕も「お疲れさま」は使わないです。それに、僕が今コンサルティングを一緒にやっている会社のファウンダーが、とにかくお疲れさまを嫌うんですよ。例えば、食事会で乾杯するときに「お疲れさま」と言いがちですが、「疲れてないからそれやめてね」と注意していました。また、通っているジムで「お疲れさまです」と毎回言われるので「僕、疲れてないからそれやめてほしいんだよね」と指摘したら、従業員全員に共有されたらしいです。彼はそれぐらいお疲れさまを嫌っています。
河野:僕もそれは言います。以前まではSlackで「お疲れさま」という発言があったら指摘していました。だんだん組織が大きくなって、今はやめてしまいましたが。
高森:野球の世界は、「お疲れさま」と言うのが絶対的なルールでした。お疲れさまを使わない僕のルールを強要するのも悪いので、「ありがとう」と返していますが、面倒です。
河野:僕が新卒で電通に入社した時、電話番をしていたんですね。それで「こんにちは」と電話に出たら、電話の相手は先輩で「何言ってんだテメェ、お前誰だ」と言われて、「新入社員の者です」と返したら、「こんにちはじゃないだろ、お疲れさまだろ」って怒鳴られたことがあります。「お疲れさまって言わなければいけないんだ」と知りましたが、それ以来、本当にその表現が必要な時を除いて、使っていないです。
高森:僕は今コミュニケーションを扱う仕事をしていて、言葉が世界を作ることを実感しています。言葉ひとつで、全く違った世界を作り出すことができるんです。例えば、僕は仕事で会議をすることが多いのですが、ホワイトボードのペンがきれいに並んでいたとします。そのことに対して、秘書の方に何と声を掛けたら「次に高森さんが来た時もきれいにセッティングしよう」という気持ちになってもらえるかを考えます。常に自分の周りを働かせるように気を配るんです。
河野:なるほど。
高森:それに、言葉ひとつで、人を少し幸せな気持ちにさせることもできます。僕は駐車場を整備している方に、窓を開けて「ありがとうございます」と声を掛けるようにしています。そういうことをする人はあまりいないので、たった5秒ぐらいの投資ですが、きっと相手は10分ぐらいは少し幸せな気持ちになってくれると思うんですよね。そんなことをずっとやっていると、4年に1回ぐらい、「ここ本当は駐車してはいけないけど、特別に止めていいですよ」と言われることがあります。すると今度は、僕がいい気分になる。
河野:僕の尊敬している人も、「言葉はタダだから、よく使えばいい」っておっしゃいますね。
高森:僕の大好きなデール・カーネギーの『人を動かす』には、こういったことはテクニックではなくライフスタイルだから、振りまきながら生きていけって書いてあります。テクニックとして使うのではなく、気づいたらそういう行動が自然と出てしまう。それで周りが無理なく自分のために動いてくれる世界になれば、生きやすくなるはずです。
河野:僕はそれに加えて、自己暗示もあると思っています。自分の言葉を一番近くで聞いているのは自分ですよね。本にも書きましたが、「とりあえず」と言いたくなるところを「まず」に言い換えてみる。すると、「まず」「次に」と常に先のステップを意識するようになるんです。たったこれだけのことですが、ずっと言い続けていれば、「とりあえず」を言っていた頃よりも何かが変わるはずです。
高森:そうですね。そんな小さなことと思われがちですが、自分の世界は小さなことでしか変えられません。小さなことでも、例えば20年ぐらいやれば、とんでもなく差が付くはずです。
河野:そう思います。高森さんがおっしゃった通り、周りに対してもそうだし、自分に対しても言葉は重要です。
高森:言葉を軽んじると痛い目を見ると思います。もっと言うと、痛い目を見ないのが一番怖いですよね。痛い目を見たら変えられますから。痛い目を見ずにじわじわと差が広がっていって、「なぜあいつは成功していて、俺はダメなんだ」と差に気づいてからでは、20年前からの積み重ねには追いつけません。
河野:たかが言葉かもしれませんが、少しずつの積み重ねが大事なんです。
(後編に続く)
構成/梶塚美帆(ミアキス) 写真/稲垣純也
高森勇旗(著)、日経BP、1760円(税込み)




