「いったん、しおりを挟みます。」。この印象的なメッセージとともに、三省堂書店・神保町本店が一時閉店してから早4年。いよいよ「しおり」が抜かれる日が決まりました。2026年3月19日、同店は新しい姿で営業を再開します。それに先駆け、2025年12月1日、出版業界関係者を対象にした「開店100日前説明会」が開催されました。その模様を2回に分けてお届けします。前編は新店舗の姿について。

2026年3月19日、三省堂書店・神保町本店は新しい姿で営業を再開します。それに先駆け、2025年12月1日には、出版業界関係者約200名(オンライン配信視聴約400名)を対象にした「開店100日前説明会」が開催されました。
第1部では、三省堂書店代表取締役社長の亀井崇雄氏らによって、新店舗の全貌が明らかにされました。続く第2部では、神田神保町に拠点を構えるほぼ日代表取締役会長の糸井重里氏が登壇し、亀井社長と「神田の魅力とこれから」をテーマにした特別対談(ファシリテーター・中村優子氏)が行われました。
「非常に厳しい戦いが待っている」
41年にわたって多くの本好きに愛された三省堂書店・神保町本店が、ビルの建て替えにともない一時閉店したのは2022年5月8日のことだった。折しも、世間が新型コロナウイルス禍の暗雲に包まれていたとき。連日のように飲食店や宿泊施設などの廃業が報じられ、書店も存続の危機にさらされた。
そんななかで、三省堂書店・神保町本店は一時閉店中も営業を続行すべく、最寄りの小川町に仮店舗を構えた。コロナ禍でも、売り上げを維持できていたわけではない。そもそも、インターネットの普及を境に売り上げは下降の一途をたどっていて、最盛期の3分の1以下に低下していた。重ねて、建物の老朽化による設備の故障も頻発。同店もまた、瀬戸際に立たされていたのだ。当時のことについて、亀井社長はこう振り返った。
「経済合理性で考えますと、書店をやめて貸しビルにしたほうがいい、という意見は当然社内にもありました。それでも、本の街・神田神保町のランドマークとしてあり続けたい、という意見のほうが勝り、我々は一時閉店ののち再びこの地に戻ってくる、という決意を込めて作ったのが、『いったん、しおりを挟みます。』だったわけです。もっと言えば、100年先、200年先にも書店を残していきたい、という決意も込めています」

新店舗の全貌の話に移るとき、亀井社長は「非常に厳しい戦いが待っていることは分かりきっておりますが、再開するからには持続可能な書店運営を考えていかなければなりません」と力強く前置きをした。書店文化を背負う覚悟が伝わる発言で、すでに新しい運営法を模索するべく、小川町の仮店舗で様々な試みを展開してきたという。
ウェブメディアと連動させた「つながる本棚」や、新しい本の選び方を提案した「本の自販機」も好評だ。その仮店舗は2026年1月31日で使命を終えるが、「数々のオリジナルイベントやフェアを通じて身につけたことは、神保町に戻ってからも生かしてまいりたいと思います」と亀井社長は語った。
「歩けば、世界がひろがる書店。」
新店舗は地上13階建てで、書店フロアは1階から3階。4階は物販テナントに貸し出し、5階から上がオフィスフロアという構造だ。書店フロアの2階には文具雑貨コーナーと催事スペースを設け、3階にはイベントスペースとカフェを併設する。
「店頭部分は周囲の街並みに調和するように外壁に石材を使い、近代的なデザインの上層フロアとは異なる2つの趣を兼ね備えたビルになります。書店の面積はおよそ600坪です。面積比は、前身店舗の約70%になる予定です。面積は縮小しますが、前店舗と同様にオールジャンルをそろえ、多くのお客様のニーズにお応えする書店を目指してまいります」(亀井社長)

新店舗名は、神保町の前に「神田」がつき、三省堂書店・神田神保町本店となる。「1947年に神田区が麴町区と合併し千代田区が発足する際、神田区内の町名の多くは『神田』を冠称する町名変更がなされました。本の街神保町との連携はもちろん、神田全体の集客力を高める活動に力を入れていきたいと思っております」(亀井社長)。
新店舗のフィロソフィは「Entrance to the World」で、コンセプトは「歩けば、世界がひろがる書店。」だ。亀井社長いわく「本との出合いを演出する数々の仕掛けをご用意して、お客様が店内を歩き回りたくなる、世界観が広がるような書店を目指してまいります」。本好きが満足する玄人好みの仕掛けだけではなく、本を読まない人も足を運びやすくするため、学生とのコラボレーションによる読書啓蒙企画などを計画しているという。
欲しい本を買いに行く所であるのはもちろん、これから読む本を探しに行く所、新しい文化や知識の発見を求めて行く所にもなり得るようだ。
ECサイトやAIには絶対できないこと
亀井社長に続いて、新店舗の内装デザインを手掛けた長谷川豪氏(長谷川豪建築設計事務所代表)が登壇し、構想段階の秘蔵エピソードや設計意図を披露した。最初に考えたことは、AmazonをはじめとするEC(電子商取引)サイトが台頭する現代における、大型書店のあり方だったという。大型書店は「あそこに行けば欲しい本が手に入る」という網羅性が強みだが、ECサイトのそれには太刀打ちできない。では、勝機はどこにあるのか。長谷川氏は、ECサイトのリコメンド機能、いわゆる「あなたへのおすすめ」に着目した。

「ECサイトのリコメンド機能は、AI(人工知能)が自分の本の購入履歴や閲覧履歴からおすすめをパーソナライズしてくれる機能です。最初は無駄がなくて合理的でいい、と思って利用していましたが、だんだん違和感を覚えるようになりました。すなわち、AIに自分の興味や関心を先回りされると、思いがけない出合いという偶然性が奪われて、自分の世界が狭くなるような感覚を覚えたのです。
本来、本を読んで知識や感動を得るというのは、新しい世界との出合いを意味し、自分の中にはなかった考え方や視点、価値観を獲得する体験だったはずです。その醍醐味は、自分の興味や関心の外側にあるもので、それこそが今とこれからの大型書店に求められていることではないか。ECサイトやAIが絶対できないことなのではないか。そんなふうにイメージをふくらませて、設計のヒントにしました」
それが、亀井社長が言った「歩けば、世界がひろがる書店。」というコンセプトにつながる。文字通り、新店舗は歩き回りたくなる造りになっている。1階の入り口を入ると、中央から両側の壁に向かって階段状に高くなる書棚が視線を上へと誘い、知的好奇心をかき立てる。逆に、高い壁側からフロア全体を見下ろすこともできるのも魅力の1つ。空間全体が本で埋め尽くされた壮観の光景を眺めながら、気になる書棚も見つかるだろう。


2階と3階には、三方を書棚で囲まれた洞窟的な空間を設け、自分の世界に没入しやすくなっている。3階のイベントスペースはあえてセミオープンにし、熱気が店内にあふれ出るようにする。そのイベントについて知らなかった人の興味・関心も、偶発的に刺激するのが狙いだ。
「入店時には想定しなかった書棚の前に立っている。思ってもみなかった1冊を手に取っている。そうした偶然性は、情報が自動でパーソナライズされる現代だからこそ価値が高く、大型書店だからこそ提供できる体験ではないかと考えています」(長谷川氏)


取材・文/茅島奈緒深