2026年3月19日、4年の一時閉店期間を経て、三省堂書店・神田神保町本店が営業を再開します。それに先駆け、2025年12月1日には、出版業界関係者約200名(オンライン配信視聴約400名)を対象にした「開店100日前説明会」が開催されました。その模様をお届けします。後編は、コピーライターで神田神保町に拠点を構えるほぼ日代表取締役会長の糸井重里氏と、三省堂書店の亀井崇雄社長の特別対談です。テーマは「神田の魅力とこれから」。

写真右から亀井崇雄氏、糸井重里氏、中村優子氏
写真右から亀井崇雄氏、糸井重里氏、中村優子氏

ローカルであると同時にウエルカムな場所

ファシリテーター・中村優子アナウンサー(以下、――) 糸井さんは、5年前に会社(ほぼ日)を港区青山から神田に移されました。その意図を教えてください。

ほぼ日会長・糸井重里さん(以下、糸井) 青山という流行の発信地にいるのは、それだけで自信を得られる反面、どうしても「かっこいいかどうか」という物差しで生きるようになってしまうんですね。周囲の期待もその方向に向かっているように感じました。でも、俺たちそんなもんじゃないぞ、と思ったわけです。もっとこう、わけの分からないものに囲まれて育っていきたい。ナニモノでもないものとして通用するかどうかを知りたい。それを試す場所として、千駄ヶ谷や西荻窪、日本橋などの候補が挙がるなか、最も可能性を感じたのが神田だったんです。

 はたして、江戸の伝統が残る地域性に、新参者のわれわれは受け入れてもらえるだろうか、という不安はありましたが、完全に考えすぎで、とても温かく迎え入れていただきました。神田は、すごくローカルであると同時に、すごくウエルカムなんですよね。すんなり町内会に加えてもらえて、いまでは綱引き大会などのイベントで主要な役割を担わせてもらっています。

「神田は、すごくローカルであると同時に、すごくウエルカムなんですよね」と語る糸井さん
「神田は、すごくローカルであると同時に、すごくウエルカムなんですよね」と語る糸井さん

三省堂書店社長・亀井崇雄さん(以下、亀井) もしかしたら、長年神田にいる私たちより街の一員としてなじまれているかもしれません。というのも、私たちにとって神田は単なる勤務地で、毎日前を通るわりに、意外とつながりがなかったんです。

 3年前から神保町ブックフェスティバルの仕事をするようになって、隣の古書店をはじめ飲食店やスポーツ用品店、楽器店の方など、ようやく輪が広がってきた状況です。そこで対話が生まれ、他店の皆さんも、神田という街を盛り上げていきたい、という気持ちがあることに気づきました。と同時に、具体的にどうしたらいいのかは分からない、と…。

糸井 僕らは新参者で、関係を作っていかなければいけない立場だったので、つながるチャンスをつかみやすかったのかもしれません。わりと自然に、スムーズに輪に入れてもらえました。

亀井 長くいる人たちで新しいことをするのはなかなか難しいので、糸井さん率いるほぼ日の皆さんは、アイスブレイクしてくれる存在として非常にありがたく思います。書店は、食やスポーツ、音楽にまつわる本をフックにして、異業種と一緒にイベントやフェアをできる存在です。そういった働きかけをしながら、街としてどういう連携をしていくか。それぞれの業界も大変な状況に違いありません。だからどんどん「掛け算」をしていきたい。1社だけの頑張りでは追いつけないほど、時代のスピードは速いので。

「神田という街で、異業種と一緒にイベントやフェアを行って、どんどん『掛け算』をしていきたい」と語る亀井社長
「神田という街で、異業種と一緒にイベントやフェアを行って、どんどん『掛け算』をしていきたい」と語る亀井社長

自分の世界をひろげるカギは偶然性

糸井さんはデジタルのメディアでも発信されていますが、リアルな書店に期待することはどんなことでしょうか?

糸井 僕は、会社でよく、企画に困ったら書店に行って店内をぐるぐる回るといいよ、と勧めています。本という、あらゆる分野の専門家がまとめた叡智に触れるうちに、自分の興味や関心とカチッとはまるものと運よく出合えて、それが本当にやりたい企画の芽になる可能性があるからです。今日のイベントの一部で、新店舗を設計された長谷川豪さんが「偶然性」の希少価値の高さについてお話しされていましたが(前編「 三省堂書店・神田神保町本店『歩けば、世界がひろがる書店。』にリニューアル 」参照)、偶然と出合うのに書店ほど便利な場所はないと思います。

 僕は若いころ、学校を中退して、何をしたらいいか分からなかった時期がありました。群馬の実家に戻って、日がな一日、本屋に入り浸りました。探している本があったわけではなく、ただブラブラと。そのときにある1冊の本と出合いました。それまでの自分の人生になかったタイプの本で、思想家で文芸評論家でもあった吉本隆明さんの本でした。彼の本を読んだら、なぜだかふうっと新たな扉が開いて僕の世界が広がった。まさに新店舗のコンセプト、「歩けば、世界がひろがる書店。」を体験したわけです。

亀井 糸井さんにも暗中模索の時期があったことに驚きますが、新店舗のコンセプト通りの体験をされていたというのはもっと驚きです。新店舗で、糸井さんと同様の体験をされるお客様がたくさんいますように、と願うばかりです。

本には利用すべきブランド価値がある

本が、人の成長や可能性に寄与することは、どんなことだと考えますか?

糸井 本には、この本を大事にしたいとか、ある種の物神性がありますよね。本を読まない人にとっても大事なものという意識はあって、それは利用すべきブランド価値だと思います。「あの人は本を読む人だ」というのは褒め言葉ですよね。本を読むことが、ある種の特技のように捉えられている。そういった認識があるうちに、やれることはたくさんあるわけです。

 例えば、図書館の司書のような存在を置くのはどうでしょう。映画やドラマで本屋さんは象徴的に描かれることが多く、作中の店員さんは本に対する愛があふれ出て、やたらしゃべりますよね。でも、実際の店員さんはとても寡黙な方ばかりです。でも皆さん本が大好きなはずですから、その気持ちを遠慮せずに表現してもらうといいのではないか、と。言うならば、「しゃべる本屋」。単に本を売る場所ではなく、情報を発信する媒体=メディアとして立ち上げ直すイメージです。

亀井 なるほど、さすがの着眼点で感服いたします。読書系YouTuberと言われる方々が、話題の新刊やお勧めの本を紹介されていますが、本来は書店がもっと力を入れてやるべきことですね。

糸井 「モノ消費からコト消費へ」と言われて久しいですが、書店をモノ消費の場として考えると行き詰まるので、いかにコト消費化するか。幸いなことに、三省堂さんは本の街の中心という、とてもいい場所にありますから、優位性が高いと思います。

「書店をモノ消費の場として考えると行き詰まるので、いかにコト消費化するか」が重要と語る糸井氏(左)と亀井社長
「書店をモノ消費の場として考えると行き詰まるので、いかにコト消費化するか」が重要と語る糸井氏(左)と亀井社長

0冊の人を1冊にする

では最後に、書店の未来に対するイメージや期待を教えてください。

糸井 簡単に答えられることではないので、一例として、コーヒー文化の変遷と比較してみましょう。いま、コーヒーの専門店は国内外にたくさんありますが、かつては喫茶店やダイナーでおかわり自由でタダで飲めて、多くの人に見向きもされない存在でした。その時代に、アメリカのシアトルであるコーヒー豆の専門店が産声を上げ、のちに買収されて世界的なコーヒーショップになったのがスターバックスです。

 価値がないと思われていたものに、誰かが情熱を注ぎ、新しい意味を与えた。その結果、コーヒーは単なる飲み物から、豊かな時間に欠かせない嗜好品に変わりました。本でも、同じことができるはずだと僕は信じたい。本をどう手渡して、どう体験してもらうか。そこに知恵を絞れば価値の更新ができ、書店の未来は明るく開かれるに違いありません。

亀井 どうしたら、読書習慣のない0冊の人を1冊にできるのか。10冊の人を11冊にするほうが容易で、ついついそのやり方を踏襲しがちですが、そればかりでは市場は先細る一方だ、と肝に銘じています。小川町の仮店舗では、書店の常識にとらわれない試みを重ねてきましたが、新店舗でも、価値ある顧客体験の創出を目指して、チャレンジし続けたいと思います。

取材・文/茅島奈緒深 写真/尾関祐治