本屋大賞のシーズン、書店の店頭には大賞を受賞した本や、ノミネート作品がずらりと並び書店の店頭がにぎわいを増す。大手出版社がひしめくノミネート作品の中に、2冊を送り込んだのが、設立からわずか6年目の小さな出版社・水鈴社だ。一体どんな会社がどんな哲学のもと、作品を生み出しているのか。代表の篠原一朗さんに話を聞いた。
ノミネート作品になること自体が価値ある賞
今年で23回目になる本屋大賞ですが、水鈴社は2024年の『スピノザの診察室』(夏川草介著)に続き、今回は同じく夏川草介さんの『 エピクロスの処方箋 』、瀬尾まいこさんの『 ありか 』の2作品がノミネート、それぞれ4位と7位に選ばれました。本屋大賞は篠原さんにとってどんな存在ですか?
篠原一朗さん(以下、篠原) 書店員さんたちが発明してくれた、お祭りだと思っています。これまでの文学賞は、芥川賞や直木賞のような歴史と権威のある賞であっても、一般の読者の方々には、候補作まではなかなか注目してもらえません。しかし本屋大賞は候補ではなく、ノミネートされた時点で10位以内に入賞です。書店員さんが全作品を本気で届けようとしてくれる。これは本当にうれしいことなのです。出版しても出足が悪いと、3カ月後には返品されてしまう本も多い中で、1年かけて届けようとしてくださるので、一作一作を大切に作って長く売っていきたいと考えている当社の方針とも非常に相性が良いと感じます。
そして、これは本屋大賞に限ったことではありませんが、文学賞はいずれもフェアに選考がなされているので、作品に力がないと候補に選ばれることはありません。本屋大賞にノミネートされた水鈴社の2作品が注目されるのはありがたいですし、取材も喜んで受けさせていただいていますが、結局は作品の力に尽きると思っています。著者の方が素晴らしい作品を書いてくださったことがすべてです。

水鈴社 代表取締役
音楽業界と出版業界を自在に行き来する
幻冬舎で11年、文藝春秋で6年編集の仕事をされて、2020年7月に会社を設立されています。水鈴社という社名は、独立する前から決めていたのですか?
篠原 5年後、10年後に古びてしまうような、はやり廃りのある言葉は避けたいなと、歴史と普遍性を感じられる名前を前提に考えました。魚や植物の育成が趣味なのですが、自分にとって水は心地よさの象徴です。それが鈴の音のように広がっていけばいいなと思っています。社名は画数まで気にしましたし、会社のロゴは、MR_DESIGNの佐野研二郎さんにデザインしていただきました。
会社を設立するにあたっては、多くの方に助言をいただきました。とある先輩経営者からは、「会社名が知られていないうちは、社長の名刺はお金をかけてしっかり作れ」とアドバイスをいただき、その言葉を忠実に実行したので、僕の名刺は両面をUV厚盛り加工していて、本を作るのと同じくらいの費用がかかっています(笑)。
音楽の世界の方ともつながりが強いのは、篠原さん自身が音楽好きだからですか? アーティストや俳優がインタビューに登場、寄稿もしていたカルチャー雑誌「papyrus(パピルス)」編集長も経験されていますね。
篠原 ミュージシャン、特にシンガーソングライターは、歌詞を書き、それを音にし、パフォーマンスをするという総合芸術を成し遂げている方々です。僕自身は音楽的センスが皆無でカラオケも苦手なくらいなのですが、雑誌「papyrus」の編集長経験は大きかったですね。そこでミュージシャンや事務所の方々との交流ができて、気がついたら音楽業界と出版業界を行ったり来たりするような編集者になっていました。
そうした篠原さんの丁寧なお仕事と人間関係づくりから生まれた仕事の一つが、水鈴社で2022年に出された『 はじめての 』ですね。
篠原 YOASOBIの“小説を音楽にするユニット”というコンセプトを知った時、面白い、自分もそこに関わりたいと思いました。当初のYOASOBIは投稿小説をモチーフに楽曲を作っていたのですが、「夜に駆ける」が大ヒットしている頃に、日本のトップ作家とコラボレーションすることを提案したところ、一緒にやらせていただけることになりました。結果として島本理生さん、辻村深月さん、宮部みゆきさん、森絵都さんという4人の直木賞作家に「はじめて」をモチーフに小説を書き下ろしていただき、それらを原作にYOASOBIが4曲を制作し、23年にリリースされています。全曲のMVが1000万再生を超えるヒットになりました。
僕は編集者として、幻冬舎社長の見城(徹)さんの背中を見て育ってきました。見城さんが著書などで書かれている、「3人の大物と、きらめく新人3人をつかむ」という言葉を自分なりにアレンジし、体現した仕事になったように感じています。
文藝春秋時代には、ミュージシャンが書く小説も編集されていますね。
篠原 これも見城さんの影響なのですが、見城さんがよく話されていた「会社の看板を使った仕事は誰でもできる。人と同じことをやっても僕がそこにいる意味がない」という言葉を、意識して、文藝春秋在籍時は文芸部の仕事をしながら、先輩がやっていない仕事をしようと心がけてきました。結果、SEKAI NO OWARIのSaoriさんこと藤崎彩織さんの初小説『ふたご』は直木賞の候補になりましたし、小説デビュー作『祐介』を編集させていただいたクリープハイプのフロントマンである尾崎世界観さんは今、芥川賞に最も近い作家だと思っています。そういった方々との仕事を通して、自分がやりたいことや好きな人と付き合うことを続けていたら、ここにいたという感じです。
小さな会社だからこそのゲリラ戦
『 羊と鋼の森 』(宮下奈都著)、『 そして、バトンは渡された 』(瀬尾まいこ著)と、これまでに2つの本屋大賞作品を文藝春秋の編集者として担当され、今回はご自身の会社である水鈴社で2作品が入賞という快挙です。
水鈴社について、こうして注目していただけるのはうれしいことですし、誇りにも思っているのですが、売り上げ規模で見たら吹けば飛ぶような小さな会社です。大手の老舗出版社がシステムを作って、日本の文芸界、出版界を支えてくれていて、それがあるから、その隙間で水鈴社のような小さな組織が自由に動けていると思っています。
会社を作ったばかりの頃、秋元康さんに「厳しい時代だけれど、平地よりも坂道のほうが競争相手と差をつけやすい。何も持っていないゲリラには、こういう時代のほうが勝機はある」と言っていただいたことがあります。それがずっと頭の中に残っていて、水鈴社はゲリラ戦をやり続けていきたいと思っています。大本営を作って大軍で何かをするのではなくて、少数精鋭で局地戦を取りに行くイメージです。
椎名誠さんが大好きで編集者志望に
編集者としての篠原さんに一番影響を与えた本を教えてください。
篠原 『 岳物語 』(集英社文庫)や『 哀愁の町に霧が降るのだ 』(小学館文庫、リンクは上巻)など、椎名誠さんの作品には強く影響を受けました。多感な10代の頃に読んで、椎名さんのことが大好きになってしまって、当時読んでいた「本の雑誌」に椎名誠事務所のアルバイト募集と書いてあったのを見つけて応募しました。本棚の片付けをしたり、弁当を買ってきたりという雑用をする中で、作家の近くで働く喜びを教えていただきました。小説家と一緒にいたい、編集者をやりたいと思ったのは、椎名さんの影響が強いです。
だから一番近くて遠い存在ですね。若い頃から読んでいた他の憧れの作家の方々に対しては、今は仕事相手として話ができるのですが、椎名さんだけは、たまにお会いすると学生の頃の関係性に戻ってしまい、いまだに緊張します
当時は椎名さんの事務所と「本の雑誌社」が同じビルの中にあって、そこで目黒考二さん(文芸評論家の北上次郎さん)に出会って、目黒さんがおすすめしている本をたくさん読んで、エンタメ小説の面白さも教えていただいた。いろんなものが連鎖しています。
取材・文/中城邦子、構成/市川史樹(日経BOOKプラス)、写真/鈴木愛子
2回目 水鈴社 「一点集中、えこひいき」で実現 驚異のベストセラー輩出率(6月5日公開予定)
3回目 水鈴社・篠原一朗 使命は「本の面白さに気づいてもらえる最初の1冊を作る」(6月8日公開予定)


