東京・大田区に本社を置くダイヤ精機、そして同社の諏訪貴子社長は、その際立った存在感から「町工場の星」と呼ばれる。ミクロン(1000分の1ミリ)単位の超精密金属加工で国内トップクラスの技術力を誇り、「最高の職人集団」がその強みを磨き続けるダイヤ精機。2004年に主婦から一転、家業を継いだ諏訪社長は、経営難に陥っていた町工場をどう再建し、社員の知恵を結集する「全員参加経営」を築き上げてきたのか。「20年の闘い」を赤裸々につづった著書『 町工場の星 』から、道程の一端を紹介する。2回目は、コロナ禍で真価を発揮した「多能工でありながらスペシャリスト」の人材育成について。
隣の人を助ける「思いやり運動」
コロナ禍を機に、ダイヤ精機で始めたことがある。「思いやり運動」だ。
感染拡大で仕事量が落ち、加工作業の内容によって負荷が重い分野、軽い分野の差が顕著に表れた時期がある。担当する機械や作業の違いによって、早く帰る人はいつも早く帰り、一方、遅くなる人はいつも遅いという状況が生まれてしまった。
毎日のように残業している社員は「なぜ自分ばかり大変な思いをしなければならないのか」と不満を持つかもしれない。放っておくと、社内の雰囲気が悪くなりかねない。
そこで始めたのが「思いやり運動」だ。
「仕事が忙しく大変そうな人には、思いやりの心を持って一声かけましょう。『何か手伝えることはありますか?』と聞いて、手伝えることがあれば手伝いましょう」
そう指導した。工場や食堂に「思いやり」と書いた紙を貼り出した。
「今、自分が受け持つ工程の仕事量は少ないが、隣の工程は負荷が高い。今まで扱ったことのない機械だが、少しでも助けられたら」
社員全員にそういう意識を持ってほしかった。
「思いやり運動」を展開した結果、本来はラップ加工を担当している社員が、後輩に教えてもらいながら平面研削や円筒研削に挑戦するなど、新たな経験を積む機会が生まれるようにもなった。初めての機械を使い、初めての作業を行う時は、年齢や社歴に関係なく、その機械や作業を専門とする社員に教えてもらうことが必要になる。これは、ダイヤ精機には当然のこととして定着した文化だ。
「全員が先生であり、全員が生徒」
もともと、ダイヤ精機には「全員が先生であり、全員が生徒である」という考え方がある。一般的な町工場では、50代、60代のベテランが先生となり、20代、30代の若手に教えることが多い。だが、早くから若返りを図り、技術を継承してきたダイヤ精機には、「教えられる人が教える」慣習が根づいている。
機械や作業ごとに、知識と経験がある社員が教える。年下の社員が先生役となって年配の社員に教えたり、若手社員同士で教え合うこともある。
ものづくりの現場には、様々な作業を幅広く受け持つ多能工もいれば、特定の作業に高い専門性を発揮するスペシャリストもいる。ダイヤ精機が目指すのは、「多能工でありながらスペシャリストな職人集団」だ。
1つの機械、1つの分野の工程に関して、超精密加工の技を身につけているだけでなく、複数の機械、複数の工程で高いレベルの技術を発揮できるような人材集団をつくり上げたいと考えている。
そのためにも、日頃から多種多様な経験を積むことが必要だ。思いやり運動はその基盤にもなる。
コロナまん延の危機を救った20代の多能工
一流の職人に成長していくには、経験や知識の蓄積が欠かせない。
様々な経験や知識を身につけながら技術レベルを上げられるよう、以前は「人財マップ」を作成し、活用していた。
人財マップとは、縦軸に「旋盤」「NC旋盤」「フライス」「マシニング」「丸研」「ボール盤」といった機械の名前を、横軸に社員名を書き込んだ表だ。機械と社員名が交わるところに、その機械を使った作業レベルの成熟度を0から5の6段階で記入する。この人財マップをベースに、配置転換などによって様々な機械を扱い、多様な作業に挑戦する機会を設けてきた。
だが、今は「思いやり」をベースに、日々の仕事の中で社員たちが声をかけ合い、手を貸し合う自然な形で、多能工のスペシャリスト集団をつくろうとしている。それに伴い、人財マップは廃止した。
思いやり運動を進めた結果、最も作業難易度が高い円筒研削盤を扱える社員は、スペシャリストを含めて4人に増えた。「多能工でありながらスペシャリストな職人集団」を目指し、思いやり運動を展開した成果は、思わぬ形でも表れた。
新型コロナウイルスは何度も変異を繰り返したが、中でも感染力の高さが脅威となったのが2022年に広まったオミクロン株だ。ダイヤ精機も感染拡大の影響を免れることはできなかった。同時期に家族から感染する社員が続出し、本社工場では20代のYくんを除く全員が休業する事態となった。1週間以上、ほとんどの社員が出社できないというピンチだったが、ただ1人残ったYくんが多能工であったことが幸いした。
本社工場には旋盤、平面研削盤、円筒研削盤、治具研削盤、治具ボーラーなど10種類近い機械がある。Yくんは毎日、残業しながら、1人ですべての機械を扱い、仕上がりの一歩手前まで処理を進めた。
Yくんの時間外労働が上限規制に達する頃には、療養を終えた社員たちが仕事に復帰できるようになった。Yくんが下処理をしておいてくれたおかげで、短時間のうちに仕上げ作業が済み、製品を滞りなく出荷できた。
(次回に続く)
諏訪貴子著、日経BP、1870円(税込み)

