グローバルに事業を展開する大手コンサルティング会社、アクセンチュアの中村健太郎さんが薦めるのは人類史を理解するための2冊、『暴力の人類史』『銃・病原菌・鉄』。経営者に必要とされるコンサルタントになるためには、こうした本で人間としての幅を広げる必要があると言います。このように「心を磨く」本に加えて、忙しいビジネスパーソンが短時間で知識を頭にたたき込むための読書術も紹介します。
人類にとって永遠のテーマを問う
連載第1回「 アクセンチュア 欧米のメソッドより日本を深く知るのが先決 」でも触れましたが、コンサルタントにとって本を読むのは当たり前のことです。特に、仕事に直結するビジネス書を読むのは当然で、さらに経営者に必要とされるコンサルタントになるためには、ビジネス書以外の本を読んで人間としての幅を広げる必要があります。
そこで、今回は、第1回で取り上げた日本を知るための本からさらに視野を広げて、「人類」に目を向けた本を紹介します。まずは『 暴力の人類史(上)(下) 』(スティーブン・ピンカー著/幾島幸子、塩原通緒訳/青土社)です。著者のスティーブン・ピンカーは認知科学者・進化心理学者で、彼ならではの知見から「人類は暴力を根絶し、平和に向かうことができるのか」という大きなテーマを解説しています。
読んでみると、『 FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣 』(ハンス・ロスリング、オーラ・ロスリング、アンナ・ロスリング・ロンランド著/上杉周作、関美和訳/日経BP)のように、日ごろ抱いている印象と事実はかなり違うものだと気づかされました。
例えば、今はロシアによるウクライナ侵攻があり、暴力や死というものを身近に感じることが多いですよね。しかし、先史時代から現代までの長い歴史から見ると、今は、人類全体の死者の割合が減っている、極めて大きな平和のなかに生きているということに驚かされます。
また、この本からは、人間というものは本能的に、ある一定の確率で不慮の死を遂げる、あるいは暴力にさらされることを前提に生きていることが分かる。ただ、その本能のままに生きていくと、間違った方向、誤った意思決定をしてしまうので、理性の力でそれを押しとどめる必要があるのです。非常に勉強になった1冊です。
人類史の謎に挑んだ名著
続いて紹介する本も、人類史を扱った『 銃・病原菌・鉄 一万三〇〇〇年にわたる人類史の謎(上)(下) 』(ジャレド・ダイアモンド著/倉骨彰訳/草思社文庫)です。「なぜ人類は5つの大陸で異なる発展を遂げたのか」という人類史最大の謎がテーマとなっています。
人類はアフリカで誕生し、文明はメソポタミアで花開いたのに、その後、繁栄の中心はヨーロッパに取って代わられます。なぜヨーロッパが世界の覇権を握って、他の地域ではなかったのか──といった人類史を振り返り、人類に最も影響を与えたファクターが「銃・病原菌・鉄」であると解き明かします。そして、気候や地理的な条件も文明の発達に大きな影響を与えたと結論づけています。
この本を読むと、人類の生存と繁栄のキーファクターとは何なんだろうと深く考えさせられます。ちなみに、私が経営者の方に「本を紹介してほしい」と言われたときは、迷わず推薦する1冊です。
頭にたたき込むための読み方
私は読書には2種類あると考えています。
1つは「知識を得るための読書」。これは連載第1回で説明したように、私であれば、コンサルタントとしての知識を身に付け、体系化するという読み方です。ただ、脳科学的に、人間は「必要なところ」「知りたいところ」だけを覚えるとされているので注意が必要です。
1冊全部読んだとしても、覚えていない部分がたくさんあるのであれば、時間のムダになります。知識を得るための読書では、読む前から「絶対にこの知識が必要なんだ」と脳に負荷をかけ、頭にたたき込まなくてはいけません。
そのためにはまず20分ほどかけて目次を読み、本の内容を自分で想像します。それから40分で本編全体を読みます。すると、たったの1時間で本の内容が頭に入り、知識の定着率が上がります。同じ1時間でも漫然と読むのとは全然違いますから、お試しを。
それからもう1つ、「心を磨く読書」も大事です。本は人の心を映す鏡です。本を読んだとき、自分の心が何を感じたのか、何が響いたのか。心が震えた経験も時間がたつと忘れてしまうので、本を読み、感動が新鮮なうちに書き留めておくといいでしょう。
なぜ心を磨く読書が必要かというと、例えばコンサルタントだと、マネジャー職以上になり、ある程度仕事ができるようになると、途端に話がつまらなくなるんですよ(笑)。「この冷蔵庫は200個の部品から成り立っています」みたいな話し方になり、正論だけど面白くもなんともない。実際のコンサルティングの現場では、「本日のアジェンダは…」と言った瞬間にクライアントの眠気を誘いますから、私はよく「物語を語るように話せ」と言っています。そのためのベースとして、心を磨く読書は欠かせません。
面白くない本は2ページでやめる
とはいえ、忙しいビジネスパーソンが読書の時間を捻出するのは大変です。もし、本を読んでみて面白くないと思ったら2ページ目でやめていい。「最初は退屈だったけど、読み進めたら面白くなった」という本はまずありませんし、時間がもったいない。
ただし、面白くないのは著者のせいではなく、「そのときの自分に必要がなかった」「自分の理解が本に追いついていなかった」というケースもあります。そうした意味で私が忘れられないのは、『 考える技術・書く技術 問題解決力を伸ばすピラミッド原則 』(バーバラ・ミント著/山﨑康司訳/ダイヤモンド社)です。ベンチャーのITコンサルティングファームに新卒で入社したときの課題図書だったのですが、最初は正直読んでもよく分からなかった。
ところが、ある程度コンサルティングの経験を積み、あるプロジェクトで壁にぶち当たり大きな苦労をした後にもう一度この本を取り出して読んでみたら、悩んでいたことに対する答えが全部書いてありました。「ここは大事だ」と線を引きながら読んでいたら、最後には本全体に線を引いてしまうほどに。
この本は、20年以上前に出たものですが、内容に古さはありません。コンサルタントが必ず読むべき本と言ってよいでしょう。結びの1冊として、紹介しておきます。
取材・文/三浦香代子 写真/品田裕美