グローバルに事業を展開する大手コンサルティング会社、アクセンチュアの中村健太郎さんは、「コンサルティングで使われる経営戦略の多くはアメリカから輸入したもの。そのままでは日本企業にフィットしない場合がしばしばあるため、日本の文化や価値観に基づいてビジネスを進めることが必要だ」と言います。中村さんが、日本を深く理解するために自社の社員に薦めている本を紹介してもらいました。

本を読むのは当たり前

 コンサルタントとして働く上で、インプットは最重要事項です。ですから、社内でも「とにかく本を乱読するように。どんどん知識を吸収しよう」と言っています。

 私自身の考えとしては、本を読まないコンサルタントは一人前として認めないですし、雑談の中で当然読んでおくべき本についてチェックして、「読んでいないな」と分かると心配に思ってしまう。それぐらい、読書は大事です。

 なぜかというと、人間は結局、「自分の経験に引っ張られる」から。長い歴史のなかで蓄積された人類の知恵よりも、自分の経験に頼ってしまう。しかもピーク・エンドの法則で、「感情的に盛り上がった部分か、記憶の最後に残っていること」を重視しがちです。例えば、今朝のニュースで(たまたま)見たことに過度な影響を受けた意見を口にする。今朝のニュースを見ていなかったら別の考えを話していたのだろうか? と疑問です。

「本を読まないコンサルタントは一人前として認めない」と話す中村健太郎さん
「本を読まないコンサルタントは一人前として認めない」と話す中村健太郎さん
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 厳しく聞こえるかもしれませんが、どんどん知識を吸収して絶えず自分の中で体系化し続けていないと、コンサルタントとしての価値はありません。したがって、本を読むのは当たり前。かつビジネス書を読むのならば、その内容は8割が既知でなければいけない。もしビジネス書を読んで、「学びの嵐です」という状態だったら、自らの基礎知識の低さを反省しなくてはなりません。

日本を深く理解するための4冊

 今回紹介するのは「日本を深く理解するための4冊」。なぜ日本かというと、コンサルティングで使う経営戦略の多くはアメリカから輸入したものですが、どうもそのままでは日本にフィットしない。特に組織づくりや人の動かし方に関して、経営者は頭では理解しつつも腹の底では納得していないように感じています。

 やはり、行動様式や価値観が欧米と日本では大きく違うんですね。日本の経営者に響くコンサルティングは何なのかを考え、日本を研究するために役に立つ4冊です。

 まず、1冊目は『 日本はなぜ敗れるのか――敗因21ヵ条 』(山本七平著/角川oneテーマ21)。この本は、トヨタ自動車の奥田碩元会長がトヨタ幹部に「ぜひ読むように」と薦めて有名になりました。著書の山本七平さんは第2次世界大戦中、フィリピンで捕虜になった人物ですが、日本の敗因を冷静かつ客観的に分析しています。

第2次世界大戦での日本の敗因を分析した『日本はなぜ敗れるのか』
第2次世界大戦での日本の敗因を分析した『日本はなぜ敗れるのか』
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 タイトルが「なぜ敗れたか」と過去形ではなく、「なぜ敗れるのか」と現在形であることからも分かるように、今の日本企業が劣勢に立たされている原因は第2次世界大戦中と変わらないんです。意思決定が遅い、同じミスを繰り返す、手段と目的が逆転してしまう──例えば、武道は敵を倒すためのものなのに、いつの間にか技を極めることが目的になっている。

 結局、日本人はあの敗戦から何も学んでいないんだ、と衝撃を受けました。「我々は反省しない、楽観的な民族である」という自戒を込めて選んだ1冊です。

経済の根本を知る

 次は『 小室直樹 日本人のための経済原論 』(小室直樹著/東洋経済新報社)。小室さんの本はすべて読むに値しますが、これは特に面白い。山本七平さんが日本人の特性を掘り下げているのに対し、小室さんは経済学者としての視点から「日本経済が抱える致命的な問題点」を明らかにしています。

 経済の本ですが、資本主義経済がどのようにして成り立ち、どういう仕組みで動いているか、日本経済の問題点は何かといったことが克明に書かれているので、とても説得力があり読みやすい。

 分かりやすい例を挙げると、日本人は、クリスマスを祝い、除夜の鐘を突き、初詣に行きますよね。そうした非合理な特性を持つ国民が動かしている経済が、合理的な人間を前提とした資本主義経済のセオリーからいかにずれているかが説明されています。

人間の存在の本質を問う

 先の2冊の著者は戦争体験者でもあり、日本人の問題点を深く掘り下げています。もちろん、そこから反省すべき点もたくさんありますが、反対に日本人の良い面についても考えられる本を紹介しましょう。

 3冊目は 『カイエ・ソバージュ』シリーズ (中沢新一著/講談社選書メチエ)。こちらは「人類最古の哲学」「熊から王へ」「神の発明」といった人間や自然、宗教などの本質を問う5つのジャンルの本に分かれています。

 壮大な内容で文章も難しいのですが、「なぜシンデレラのような物語が世界中で愛されているのか」「なぜ世界中の人は神をつくらなければいけなかったのか」といった興味深いテーマを取り上げています。

5つのジャンルで本質を問う『カイエ・ソバージュ』シリーズ
5つのジャンルで本質を問う『カイエ・ソバージュ』シリーズ
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 特に印象に残っているのは、現代人よりも先住民の方が「きれいな思考を持っている」というくだりです。例えば、世界中で熊と人間が結婚するという神話がたくさんあるのですが、これは自然の生態系への配慮があり、人だけが独立して生きられないと分かっていたからです。

 この本を読んで、「ありきたりの説をうのみにしてはいけないんだ」と感じました。この本では、これまで物事の真理とされていた要素還元的な考え方(例:車を走らせるために部品がそれぞれの機能を持つ)が宇宙や量子の単位では必ずしも当てはまらず、各要素の中に全体があり、全体と各要素を一体とする考え方の方が適しているとされています。これらの考え方は、日本では「一即多 多即一」という言葉で昔から思考されていました。ものの考え方、視点によっては日本が世界に勝てる、現状を反転させられる底力があるのでは、と思います。

日本文化をポジティブに理解

 4冊目は松岡正剛さんの講演を本にまとめた 『連塾 方法日本』シリーズ (松岡正剛著/春秋社)です。経営者にもファンが多い松岡さんですが、このシリーズでは、日本人の文化、風習、特性を抽出し、「方法日本」という軸からポジティブに解説しているため、読むとビジネスへのインプリケーションがあります。

 結局は、アメリカから輸入されたコンサルティング手法をそのまま適用するよりも、日本人にとって何が心地よく、何が受け入れられて、どうすれば人を動かせるのか、を突き詰める方がいいのです。この本は、そのために必要な日本企業のビジネスや経営者の理解に役立つ1冊です。

「輸入されたコンサルティング手法を使うより、日本人を理解することの方が大事」だという
「輸入されたコンサルティング手法を使うより、日本人を理解することの方が大事」だという
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取材・文/三浦香代子 写真/品田裕美