幅広いコンサルティングサービスを提供しているデロイト トーマツ グループ。「デロイトAIインスティテュート」を設立し、AI(人工知能)の研究・開発や活用にも力を入れています。同組織の責任者を務める森正弥さんは、「ゲームで使われている『メタAI』と、ディープラーニング(深層学習)の技術が融合する時代が来る」と言います。そのことを理解するために、社内でも薦めている本を紹介してもらいました。

異質のAIが融合する時代が来る

 前回 「デロイト トーマツ AIを活用し、ビジネスを飛躍させる3冊」 はAIの分野でも主にディープラーニングについて学べる本を取り上げましたが、今回はそれとは違う多様なAIを知ることができる本を紹介したいと思います。

 まず、『 高校生のための ゲームで考える人工知能 』(三宅陽一郎、山本貴光著/ちくまプリマー新書)は、今やデジタルゲームに欠かせないAIについて書かれた1冊です。著者の三宅陽一郎さんはゲームAIの開発者・研究者、山本貴光さんは文筆家・ゲーム作家でありプログラマーとして『戦国無双』などのゲームも手掛けています。

 ゲームの世界では、独自に進化を遂げてきたAIがあります。例えば、敵のモンスターが強すぎるとプレーヤーがやる気をなくし、反対に攻略の難易度が低すぎてもつまらなくなります。そうしたゲーム全体のバランスを調整する「メタAI」というものがありますが、これはいわゆるディープラーニングなどの技術とはまた違ったAIとして発展してきたものです。

ゲームで使われているAIについて解説する『高校生のための ゲームで考える人工知能』
ゲームで使われているAIについて解説する『高校生のための ゲームで考える人工知能』
画像のクリックで拡大表示

 この「ゲーム上でキャラクターを動かす」というメタAIは、ネット上で構築された仮想空間、メタバースの中でより発展していくでしょう。もちろんメタバースの中で行われている活動には、従来のディープラーニングの技術も数多く使われています。今後は両者が融合したAIの世界ができあがるでしょうから、今のメタバースブームにおけるAIを理解する上でもお薦めの1冊です。「高校生のための」となっていますが、ビジネスパーソンが読んでも読み応えがあります。

AIが示すのは「正解」ではなく「予測」

 続いて紹介するのは『 予測マシンの世紀 AIが駆動する新たな経済 』(アジェイ・アグラワル、ジョシュア・ガンズ、アヴィ・ゴールドファーブ著/小坂恵理訳/早川書房)です。

 みなさんはAIというと、「膨大なデータから即座に正解を導き出してくれるもの」と思っていないでしょうか。しかし、本書では実はAIの答えは「予測でしかない」と喝破しています。

 例えば、AIが何か動物の画像を分析したときに「猫」と答えるのは、「猫である可能性が何%である」ということです。だから「正解」ではないし、そこをはき違えると危険です。

「AIの答えは予測」と喝破する『予測マシンの世紀』
「AIの答えは予測」と喝破する『予測マシンの世紀』
画像のクリックで拡大表示

 ちなみに、人間は動物の画像を見たときにその上下が分かりますが、AIは画像を単なるデータとして処理するので、上下が分かりません。意外にAIにできないことも多いと分かってきたので、数年前に話題となったシンギュラリティ(AIの知性が人間を超えること)に関する議論は下火となってきています。

 ビジネスでAIを活用する際に、AIの処理スピードを上げれば精度が落ちます。また、AI任せにすると、統制がきかない、膨大なデータを使用することでプライバシーが失われる、といった問題も発生します。そうした問題を解決しつつ、どうやってAIをビジネスに生かしていくのか。AIが今後の社会にもたらす変化とはどのようなものかを考察した1冊です。

AIに必要な倫理とは

 最後は『 AIの心理学 アルゴリズミックバイアスとの闘い方を通して学ぶ ビジネスパーソンとエンジニアのための機械学習入門 』(トバイアス・ベア著/武舎広幸、武舎るみ訳/オライリー・ジャパン)です。

 「AIに心理?」と意外に思われるかもしれませんが、原題は『Understand, Manage, and Prevent Algorithmic Bias: A Guide for Business Users and Data Scientists』。つまり、アルゴリズムのバイアスをどう防ぐかを説いた1冊です。

アルゴリズムのバイアスをどう防ぐかを説く『AIの心理学』
アルゴリズムのバイアスをどう防ぐかを説く『AIの心理学』
画像のクリックで拡大表示

 有名な事例としては、アメリカでAIによる顔認証技術の精度が白人男性が一番高く、アフリカ系の黒人女性の認識率が一番低いと指摘されたケースがあります。AIが白人男性を中心とした画像データで学習しているからなのですが、それによって例えば、野球場の入場チェックを顔認証で行った際、白人男性はすんなり入れるのに対し、黒人女性がなかなか入れないという差別が起きることにもつながってしまいます。

 AIによるデータ活用は差別や格差を助長する恐れがあるため、どのように適切に使うかという倫理観が重要です。データの分布状況をきちんと調べ、白人男性の数が多いと分かれば、属性ごとの比率を調整するといった作業も必要になります。

 AIの倫理を説いた本は他にもあるのですが、この本はバイアスについて知っておくべきことが具体的に解説され、解決策も書かれている点がお薦めです。ビジネスパーソンなら8章の「データがもたらすバイアス」が役に立つと思います。

AIは第4世代に

 現在、AIの世界では第4世代が来ると言われています。第1世代は1950~60年代ごろでルールを活用したもの、第2世代は1980年代ごろで統計や探索モデルを用いたもの、そして、第3世代が2000年代から現在。2012年にさまざまなコンペティションでディープラーニングの高いパフォーマンスが証明されて以降は、ディープラーニングが第3世代の中心的存在です。しかし、そこにも限界があると分かり始め、それを克服する第4世代が来るのではないかと考えられています。

 今後、メタバースではディープラーニングとメタAIが融合し、新しい世界が生まれるかもしれません。これまでの流れを振り返り、AIの未来を予測するのに、ご紹介した本が参考になればと思います。

「ディープラーニングとメタAIが融合し、新しい世界が生まれるかもしれません」と話す森さん
「ディープラーニングとメタAIが融合し、新しい世界が生まれるかもしれません」と話す森さん
画像のクリックで拡大表示

取材・文/三浦香代子 撮影/品田裕美