ソフトバンクは、通信だけではなく、AIなどの最先端テクノロジーを活用してさまざまな新規事業に取り組んでいます。新しいビジネスにチャレンジする人材をどのように育成しているのか。そしてその中で、どのような本を活用しているのか。同社人材開発部部長の岩月優さんに聞きました。毎年、新入社員全員に対して、入社してすぐに配布する1冊があると言います。

ソフトバンク新入社員 必読の書

 私は人事本部で人材開発部の責任者として、全社的な人材育成を担当しています。

 ソフトバンクにはさまざまな事業がありますが、いわゆる「コア能力」と呼ばれる社会人基礎力は、どの部署でも必要です。プレゼンテーション力やコミュニケーション力、管理職になればマネジメントスキルも求められます。近年はAIやDX(デジタルトランスフォーメーション)で何が実現できるのかといった研修も行い、営業職とエンジニアがしっかり意思疎通できるような「共通言語の底上げ」も意識しています。

 ただ、大前提として、ソフトバンクが能力開発において最も重要視しているのは「手挙げ」です。自分が学びたいと思ったことは、社内教育機関の「ソフトバンクユニバーシティ」で自ら学ぶ。ソフトバンクユニバーシティにはAI基礎を学ぶコースなど、約80コースが用意されています。

 また、希望の部署には「フリーエージェント制度」で応募する、新規事業や新会社の設立の際には「ジョブポスティング(社内公募)制度」でメンバーとして立候補する、といったように自主性を重んじています。学びにおいても仕事においても、やはり本人のやる気が最大の効果を発揮しますから。

「最も重視しているのは『手挙げ』」と説明する岩月さん
「最も重視しているのは『手挙げ』」と説明する岩月さん
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 反対に言えば、自ら手を挙げなければ、会社から強制的に何かを学ばせるといったことはほぼありません。「みなさん、必ず〇〇はやっておいてください」と社員を過保護にするのではなく、「自分で考えて、必要なものは自分で取りに来てください」というスタンス。やるか、やらないかは本人の自主性を尊重するようにしています。そうすることで、自ら考えて、必要なものを学ぶというスタンスや風土ができていると思います。

 そういう意味では、必ず社員が読むように設定している本は基本的にありません。しかし、今回ご紹介する 『プレゼン資料のデザイン図鑑』 (前田鎌利著/ダイヤモンド社)だけは、新入社員が入社した初日に渡している1冊です。

孫正義の一発OKを連発するプレゼン術

 ソフトバンクには年齢や役職にかかわらず、「自分からいろんな提案ができる」機会が多くあり、自らチャレンジするという企業風土があります。ただ、そのためには「短時間で自分の言いたいことを相手に伝える」というプレゼン力が重要。これがなくては仕事が始まらないという必須スキルです。

 著者の前田鎌利さんは、孫正義が校長となりソフトバンクグループの後継者およびAI群戦略を担う事業家を発掘・育成する「ソフトバンクアカデミア」の1期生で、初年度に1位を獲得した人です。孫にプレゼンする機会が幾度となくあり、5分程度の短いプレゼンで「一発OK」を連発したという逸話の持ち主です。

 この本には、短い時間で相手の心をつかむためのノウハウがギュッと凝縮されています。さらに、ソフトバンクの新人研修では、前田さん本人にご登壇いただき、プレゼンの極意をレクチャーしてもらっています。

すべての新入社員に配るという『プレゼン資料のデザイン図鑑』
すべての新入社員に配るという『プレゼン資料のデザイン図鑑』
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 プレゼンについて書かれた本はたくさんありますが、本書の特色としては、400を超える実例のスライドが紹介されていることでしょう。ビフォー・アフターが示されている例もあり、「プレゼン資料に必要な要素」「効果的なグラフの使い方」などが一目で分かります。

 実際に新入社員からも、「分かりやすい」「お手本が書かれているので助かる」といった感想を耳にします。

 新入社員研修では最後にプレゼンテーション大会があるのですが、そちらに提出された資料を見ても、この本のノウハウにのっとって高いレベルでビジュアルを活用しており、新入社員の考え・思いが伝わるプレゼンテーション資料になっています。

 今年は「SDGs×テクノロジー」をキーワードに新規事業を考え、役員を相手に6分間のプレゼンをしてもらいました。やはり本でインプットするだけでは意味がない。本や研修で学んだことを実際にアウトプットして、いかにロジカルに、簡潔に自分の思いを伝えるかというトレーニングの場を設けています。

新入社員でも大きな仕事ができる仕組み

 ソフトバンクの2022年度の新入社員は606人でしたが、全員を16クラスに分けて研修を行い、最後のプレゼン大会では1位の新規事業のアイデアを決定しました。研修で考えたアイデアは社内起業制度の「ソフトバンクイノベンチャー」に提出することもできます。

 もちろん、実際のビジネスになるまでには審査を通らなければなりませんが、「チャンスをつかんで活躍する」「1年目から大きな仕事に関われる」ということを体感できる良い機会です。そのアイデアが実現しなくても、研修で同じメンバーだった社員同士が、後で一緒に社内起業を行うこともあります。

 また、今年から、新入社員研修の現場においても「SB流社内副業制度」の活用を始めました。こちらも手挙げ制で社員を募集し、さまざまな経験やスキルを持つ社員が、社内副業として新入社員の指導を行っています。私たち人事が用意したプログラムよりも、ビジネスの現場で経験を積んできた先輩社員の声のほうが届きやすいだろうという期待を込めています。

 その中で、指導役によっては、自分が仕事の壁にぶつかったときに読んだ本を薦めることもあります。次回は、そんな今年の指導役が薦めた本を紹介します。

取材・文/三浦香代子 撮影/鈴木愛子