幅広いコンサルティングサービスを提供しているデロイト トーマツ グループ。「デロイトAIインスティテュート」を設立し、AI(人工知能)の研究・開発や活用にも力を入れています。同組織の責任者を務める森正弥さんに、社内でも薦めているAIに関する本を紹介してもらいました。AI活用の実践事例を知るための本、AIビジネスを飛躍させるための本、新たなビジネスモデルを考える際に役立つ本の3冊です。

ディープラーニングの活用例を知る

 デロイト トーマツ グループでは、組織を横断してAIの実践的研究・開発を行う「デロイトAIインスティテュート」という組織を2021年6月に設立しました。

 デロイトトーマツではクライアントに対して、経営戦略立案だけではなく、監査やファイナンシャルアドバイザリー、リスクアドバイザリーなど、さまざまなサービスを提供しています。当然、それぞれの分野にAIの専門家や研究者がいるのですが、そのプロフェッショナルを束ねた組織がデロイトAIインスティテュートで、私はその責任者を務めています。

 現在、AIは産業やビジネスに幅広く浸透しています。従来のように店舗の販売予測といった分野だけではなく、工場での不良品発見、医薬品の開発、電力供給の最適化など、さまざまなシーンで使われるようになってきています。

 企業内の幅広い事業に定着していっているため、もはや個別のプロジェクトで「AIをどう活用するか」という段階にとどまらず、AIによってどう会社の経営や組織を変えていくかという取り組みが必要になっています。デロイト トーマツでもグループが連携し、総合力を整えておかなくてはいけません。

「AIは産業やビジネスに幅広く浸透しています」と話す森さん
「AIは産業やビジネスに幅広く浸透しています」と話す森さん
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 今回はビジネスの現場でAIを活用するときに役立つ3冊を紹介したいと思います。

 まずは「AIによるディープラーニング(深層学習)をビジネスにどう生かすか」という実例を紹介した『 ディープラーニング活用の教科書 実践編 』(日経クロストレンド編/日本ディープラーニング協会監修/日経BP)です。

 学習した大量のデータから精度の高い分析結果を導き出すディープラーニングですが、「実際のところ、ビジネスにどう生かしたらいいのか」と悩んでいる人もいるでしょう。この本では、キユーピーによる食品原料の異物検査、NTTドコモによる店頭の商品の自動認識、楽天の自動翻訳技術といった企業の事例を数多く紹介しています。

ディープラーニングの活用事例を多数紹介する『ディープラーニング活用の教科書 実践編』
ディープラーニングの活用事例を多数紹介する『ディープラーニング活用の教科書 実践編』
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 数式が出てこないので読みやすく分かりやすいですし、自社のAI活用を考える上でも、クライアントに薦める上でも、便利な事例集となっています。社員やクライアントと話していても「読みました」という人は多いですね。

 監修者の日本ディープラーニング協会とは、AI研究・活用で著名な東京大学大学院工学系研究科の松尾豊教授が理事長を務めており、ディープラーニングの産業への活用を促進する活動を行っている団体です。まず「ビジネスにおけるAI活用」を知るときに最適な1冊だと思います。

勝ち続ける仕組みをつくるには?

 次の『 ダブルハーベスト 勝ち続ける仕組みをつくるAI時代の戦略デザイン 』(尾原和啓、堀田創著/ダイヤモンド社)は、AIとデータ活用の本質について掘り下げた1冊です。

 『ディープラーニング活用の教科書 実践編』にもさまざまなデータ活用の事例が出てきますが、例えば検索機能や販売予測などにデータを用いていると、さらに精度の高いデータが集まってくるようになります。この高精度のデータを解析・活用するというループとは別に、「もう1つ別のループをつくるのがビジネスの肝だ」と説くのが本書です。

2つのループをつくる必要性を説く『ダブルハーベスト』
2つのループをつくる必要性を説く『ダブルハーベスト』
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 紹介されている有名な成功事例として、イスラエルのベンチャー企業、モービルアイがあります。もともと車載カメラによる事故防止システムを手掛けていましたが、集まった画像データをもとに、「この交差点は標識が見づらい」「この道路は右からの割り込みが多い」「このエリアは急ブレーキが踏まれやすい」といった情報を位置情報にひも付け始めました。つまり、「事故防止システム」と「安全運転に不可欠なマップづくり」という2つのループをつくり、成長し続ける仕組みを確立したのです。その結果、従業員600人ほどのモービルアイは2017年に1兆7000億円でインテルに買収されるまでになりました。

 ビジネスにおけるAI活用戦略を掘り下げる上で、とても示唆に富んだ1冊だと思います。

新しいビジネスモデルを考える

 AIビジネスの実例、戦略に続いて、3冊目はビジネスモデルについて書かれた『 デフレーミング戦略 アフター・プラットフォーム時代のデジタル経済の原則 』(高木聡一郎著/翔泳社)を紹介しましょう。

 著者の東京大学大学院情報学環・学際情報学府の高木聡一郎准教授はデジタル時代のビジネスモデルを研究されている方で、デフレーミングとは「既存ビジネスの枠組みを壊し、組み替える」という意味の造語です。この本では、伝統的な製品やサービス、組織などの「枠」を超えて、その内部要素をデジタル技術で分解し、再構築することでユーザーにより最適化されたサービスを提供することを言います。

 分かりやすい例を挙げると、アップルのiTunesは「CD」という枠を取り払い、ユーザーが聴きたい曲だけを購入できるようにしました。他にも、異なるシステム間でデータをやり取りするAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)を使って、他社が銀行のシステムを活用してさまざまなサービスを提供するオープンバンキングのような話にも通じます。

 こうしたデフレーミングによる個別最適化こそ、21世紀を生き抜くために重要な戦略だと説いています。

「既存ビジネスの枠組みを壊し、組み替える」デフレーミングを説く『デフレーミング戦略』
「既存ビジネスの枠組みを壊し、組み替える」デフレーミングを説く『デフレーミング戦略』
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 また、デフレーミングに必要となるデジタルアーキテクチャー(システムの運用や構築において必要となる技術全般)の概念やデジタルトランスフォーメーション(DX)が社会に与える影響、ブロックチェーンなどについても取り上げていて、デジタル化の動向について知ることができます。

 このデフレーミングの概念を知っておくと、単に「ビジネスをデザインする」というところからもう一段高い視点に立てるので、「自社のためにAIをどう活用するか」「自社のビジネスをどう変えていくか」といったことを考えるときに役立ちます。

 手っ取り早くAIビジネスの事例について知りたければ『ディープラーニング活用の教科書 実践編』、AIビジネスを飛躍させたければ『ダブルハーベスト』、AIを使った新規ビジネスモデルを考えたければ『デフレーミング戦略』をお薦めします。

取材・文/三浦香代子 撮影/品田裕美

ビジネス活用事例が満載!

キユーピー、楽天、NTTドコモ、フジクラ、荏原環境プラント、リコーなどが明かす「ビジネス活用の最前線」がここにある。日本ディープラーニング協会推薦図書。松尾豊・同協会理事長による「ディープラーニング技術年表」収録。

日本ディープラーニング協会(監修)/日経クロストレンド(編)/日経BP/1980円(税込み)