結婚式の本質を追求し、業界に革命を起こしたベンチャー企業、CRAZY。同社では半年間にわたり、社員全員が参加して1冊の本を読む読書会を行いました。なぜそこまで労力をかけたのか? 読書会の狙いやその効果について、同社社長の森山和彦さんとマーケティング室の池田瑞姫さんに聞きました。第1回は、森山さんがパーパスの変更や社員に変化について説明します。

大切な人と心からつながる

 私たちCRAZYは、東京・表参道にある「IWAI OMOTESANDO」を中心に、結婚式をはじめとした人と人がつながる機会を提供しています。豪華な装飾をあえて省いたチャペル、結婚する2人も参列者も同じ目線の高さに並ぶパーティールームなど、「おふたり中心」の披露宴スタイルではなく、共に時間を楽しむ「ゲスト中心」の結婚式を挙げることができます。また、法人の創立記念など、お祝いごとのイベントプロデュースも手掛けています。

 2012年に創業したCRAZYですが、2020年に新たなパーパスを掲げました。創業当初は個性が表現されづらい時代でしたが、SNSを中心に個人の意思が表現されやすい世の中に変化してきました。そうしたなかで、ただ単に個性を表現する結婚式をすればいいというわけではなく、個性を表現しながらも、「大切な人と心からつながる結婚式」をご提供したいという思いが芽生えてきたのです。

 そこで、2020年からは、「私たちは、人々が愛し合うための、機会と勇気を提供し、パートナーシップの分断を解消します」という新パーパスを掲げています。「パートナーシップの分断」とは聞き慣れない言葉かもしれませんが、そもそも人間は「物理的には分断しているのが当たり前」の存在。ただ、分断が悪いのではなく、そこにいさかいが起きるから問題なのです。

「新たなパーパスを掲げました」と説明する森山さん
「新たなパーパスを掲げました」と説明する森山さん
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 CRAZYの考える結婚とは、「最終的に親友になっていくこと」。誰かと深く人生を共有し、日々の喜びや幸せを一緒に味わっていくことです。孤独ではない人生を誰かと歩んでいく。今の、分断が加速し争いが多い社会において、その分断を少しでも解消していけたら、人々が愛し合う勇気と機会を提供していけたらと願っています。

1冊の本をじっくり読む読書会

 ところで、「愛」というと、なんとなくフワフワしていて、温かいもの──といったイメージでしょう。言葉で説明しにくく、分かっているようで分からないものではないでしょうか。しかし、私たちはパーパスに「愛」を掲げている以上、愛について学ばなくてはいけません。

 そうした思いもあって読書会を立ち上げ、2020年9月から半年ほどかけて、エーリッヒ・フロムの『 愛するということ 』(鈴木晶訳/紀伊國屋書店)を社員約40人が全員で読みました。その読書会の手法については次回で詳しくお話しします。

読書会では『愛するということ』を社員全員で読んだという
読書会では『愛するということ』を社員全員で読んだという
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 私自身は本が好きで、アドラーやドラッカー、カーネギーの著作などをよく読みます。創業当時に読んでいた本を読み返し、自分の気づきを紙に書き出し、初心に返ることもあります。ただ、今回の読書会では「1冊の本をじっくり読み込む」というスタイルを取りました。

 結局のところ、パーパスは掲げただけでは意味がなく、社員一人ひとりが理解して、行動に落とし込んでいかねばなりません。以前掲げていた「世界で最も人生を祝う企業」というビジョンは、分かりやすかったのですが、解釈の幅が狭く自社にフィットしませんでした。

 一方、新しいパーパスは、「私たちは、人々が愛し合うための、機会と勇気を提供し、パートナーシップの分断を解消します」と長い上に、ちょっと分かりにくい(笑)。でも、かえってそれが功を奏して、「そもそも愛の定義とは」と考えを深めるきっかけになりました。

 愛について書かれた本はたくさんありますが、この本が画期的なのは「愛することは技術である」と看破したところです。技術だということは、誰もが練習すれば身に付けられる。その先見の明が、今の時代にも、私たちにもすごく響きます。ただ、残念ながら方法論は書かれていないので、この本を読んだから愛のエキスパートになれるというわけではなく、「愛するということ」を考え、実践して、繰り返していかなくてはいけないのですが……。

社員のエンゲージメントが高まる

 みんなで本書を読み込みましたが、「お客様へのヒアリングをする際の理解が深まった」「自分のパートナーとの関係に変化があった」という社員が多かったようです。何冊もたくさん読むよりも、1つのテーマに対して1冊選び、それを毎週読み続けることでフィードバックが得られる。これこそが一番効果的な本の使い方ではないかと思います。

 今回の読書会は私が無理強いしたのではなく、社員の自発的な意思に基づいて行われました。社長が「読め」と強制する読書会は正しさや価値観を押し付けるようで逆効果ですし、せっかく読むのであれば仕事への実装まで考えておかないと意味がないのではないでしょうか。

CRAZYの森山さん(左)と池田さん。取材はCRAZYが運営する結婚式場「IWAI OMOTESANDO」で行われた
CRAZYの森山さん(左)と池田さん。取材はCRAZYが運営する結婚式場「IWAI OMOTESANDO」で行われた
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 今回、私自身が感じたのは、すごく社内のエンゲージメントが高まったということ。ただでさえコロナ禍で大変なウェディング業界に残り、「それでもCRAZYで働きたい」と言ってくれる社員たちなのですが、新しいパーパスに変更した途端にコロナ禍に突入し、その間に新しく入ったメンバーもいて、社内の意思疎通ができていない部分がありました。しかし、読書会のおかげで共通認識が生まれ、かつてないほどエンゲージメントが高まりました。さらに、お客様への営業の場面でも関係構築の深さが増し、コロナ禍による行動制限が緩和された影響もありましたが、読書会後に成約率が10%ほど上がっています。

 愛する機会を提供する会社の社員たちがギスギスしていては、説得力に欠けます。この本はCRAZYの社風を良くし、エンゲージメントを高めてくれた1冊です。

取材・文/三浦香代子 写真/鈴木愛子