「BOPビジネスは先進国とは全く異なる発想、すなわちイノベーションが求められる」。故C・K・プラハラード教授の名著『 ネクスト・マーケット[増補改訂版] 「貧困層」を「顧客」に変える次世代ビジネス戦略 』(スカイライト コンサルティング訳/英治出版)はそう解説します。本書を、入山章栄・早稲田大学ビジネススクール教授が読み解きます。『 ビジネスの名著を読む〔戦略・マーケティング編〕 』(日本経済新聞出版)から抜粋。
シャンプーを小分けして販売
発展途上国の貧困(BOP)層向けに収益の出るビジネスを提供し、社会問題の解決にも寄与する──この目的を達成するために「先進国の既存のビジネスモデルをそのまま延長する」という考えは間違っているとプラハラードは説きます。BOPビジネスは先進国とは全く異なる発想、すなわちイノベーションが求められるのです。
第2章ではBOPビジネスにおける様々なイノベーションの考え方・事例が紹介されています。ここでは「使い切り化」に焦点を当てましょう。
例えば、シャンプーです。先進国では、シャンプーは大きめのボトルに入って数百円、高いものだと数千円で売られています。これは先進国では普通の感覚ですが、所得の極めて低いBOP層ではシャンプーに数百円、ましてや数千円を支出することは不可能です。
それに対し、インドではシャンプー1回分の使い切りパックが飛ぶように売れています。小分けにすることで単価を0.5〜1ルピー(約1円)の超廉価に抑えるのです。これならBOP層でも購入可能です。もちろん超薄利ですが、インドのように10億人もいる市場であれば、圧倒的な数を販売することで収益を確保できます。
インドのシャンプー市場はプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)など、先進国の巨大企業が主導しているのも特徴です。P&Gの高級シャンプー「パンテーン」も使い切りパックで販売されています。こうした多国籍企業の積極的な市場開拓の結果、シャンプーは今やインドのBOP層の90%にまで浸透し、うち6割(金額ベース)は使い切りパックなのです。
このように、多国籍企業の発想の転換・イノベーションは巨大なBOP市場を生み、今まで高級シャンプーに手が届かなかったBOP層の衛生問題までもが改善されているのです。「使い切り化」革命により、いまや様々な食料品、化粧品をBOP層が手に入れられるようになっています。
1万2000ドルの義足に代わる30ドルの義足
ここからは、BOP層に対するイノベーションの別の事例として、途上国の人々に人工義足を超低コストで提供するジャイプール・フットを紹介しましょう。
手足のどこかを失った、いわゆる四肢切断者は世界で1000万〜2500万人いると言われています。その多くは発展途上国や戦乱が起きた国にいる人々で、地雷事故で足を失う方も多くいます。途上国ではポリオという病で足を失う人もいます。ジャイプール・フットの本拠地のあるインドでも約500万人の四肢切断者がいて、毎年約2万人が何らかの理由で手足を失っているそうです。
さらに事態を深刻化させているのは、途上国で四肢を失った人々の多くはBOP層であり、他方で義足は極めて高コストなことです。米国では義足の価格は平均で8000〜1万2000ドルもしますので、途上国のBOP層が手に入れられるものではありません。
これに対してジャイプール・フットは、なんとコストを30ドルと圧倒的に低く抑えることで、途上国全体への義足の普及を目指しています。結果、例えば2007〜08年の1年間だけで2万人以上が新たにジャイプール・フットの義肢の提供を受けています。
ジャイプール・フットはブランド名であり、これを実際に製造して提供しているのはインドの非営利組織(NPO)BMVSSです。BMVSSはNPOですから、民間企業が収益性を成立させながら社会問題を解決するのとはやや毛色が異なります。とはいえ、30ドルという圧倒的な低コストで義足が作れるからこそ、自組織の経営を維持しながら、義足を普及させることができるのもまた事実です。
超低コストを実現するイノベーション
なぜジャイプール・フットの義足はこれほど低コストで、しかもインドのBOP層に受け入れられるのでしょうか。本書では様々な理由が述べられていますが、それらは大まかに「3つのイノベーション」にまとめられます。
第1は、製造コストの徹底した圧縮です。ジャイプール・フットはインドの彫刻家ラム・チャンドラが、硫化ゴムで義足をつくることを発案したことに始まります。硫化ゴムは自転車のタイヤの修理に使われているほどで、安く調達できます。ジャイプール・フットの材料・部品はすべて現地で調達可能なものとなっており、材料費の概算はわずか12.5ドルにまで抑えられています。
第2は、生産プロセスにかかるコストの圧縮です。ジャイプール・フットの生産プロセスはシンプルで、複雑な生産工程を避けることでコストを抑えています。義足の生産が労働集約的なことも、うまく生かしています。インドには型取り・成形などの熟練の職人がいて、彼らが先進国と比べてはるかに安い賃金で、生産を行うのです(それでも職人の平均月収は、インド人の平均月収の倍になるそうです)。
そして第3に、上記2点以上に筆者が強調したいのが、ジャイプール・フットの、BOP層ならではのニーズに配慮した大胆な発想の転換と割り切りです。
生活スタイルに対応した大胆な転換
義足の使用におけるBOP層と先進国の大きな違いは、BOP層では四肢を切断された人は農作業や他の肉体労働に従事している人が多く、したがって、先進国のようなオフィスワーカー以上に、下肢を常に動かさなくてはならないことです。例えば「しゃがむ、あぐらをかく」などを、常に繰り返す必要があります。この生活スタイルに対応するには義足も設計上の大胆な転換が求められるのです。
実際、ジャイプール・フットの設計も、当初は先進国と同じ方式(SACH式と呼ばれます)がとられていました。しかし、この設計法はオフィスワーカーの多い先進国にはマッチしても、途上国の生活スタイルには合わないのです。そこで、ジャイプール・フットの開発者は根本的に設計を転換しました。
中でも彼らが重視したのが、足の背屈(足のつまさきをそらすようにすること)の可動域を広げることです。しゃがむ際には、背屈の可動域が広いことが重要です。ジャイプール・フットの背屈の可動域は40度で、先進国製の25度よりもはるかに広くなっています。
一方で、実はジャイプール・フットの他の側面での性能は、先進国製品とそう変わらないか、むしろ一部は見劣りする部分もあります。逆にいえば、BOP消費者のニーズに合わせて決定的に重要な部分だけを大胆に改良し、他はコストを抑えるために割り切っているのです。
このように、ジャイプール・フットはBOP層に合わせた独自のイノベーションを行うことで、圧倒的な低コストで四肢を切断された人々に義足を普及させているのです。
ポーターら巨匠の代表作から、近年ベストセラーになった注目作まで、戦略論やマーケティングに関して必ず押さえておくべき名著の内容を、第一線の経営学者やコンサルタントが独自の事例分析を交えながら読み解きます。
日本経済新聞社編/日本経済新聞出版/2640円(税込み)


