新連載「あの話題書の著者が今、伝えたいこと」。1回目の登場は2019年に 『天才を殺す凡人 職場の人間関係に悩む、すべての人へ』 (日本経済新聞出版)を刊行し、13万部のベストセラーになった、ワンキャリア取締役の北野唯我さん。北野さんは最近、13歳年下の先生について、「作曲」を学んでいるという。なぜ、作曲なのだろうか。

──編集部(以下、──) 北野さんは新たな体験で刺激を受けたり、チャレンジをしたりしていますか。

北野唯我さん(以下、北野) 雑誌「Forbes Japan」の隔月連載「未来の職業道」で、様々な職業の方と対談をしています。その2022年7月号でヘッドスパアーティストの山崎達也さんに、ヘッドスパをしてもらったのですが、まったく初めての体験でした。それが60分で2万7000円という料金なのです。

──1時間で2万7000円!

北野 高いですよね(笑)。でも、施術をしてくれるのが、「ヘッドスパアーティスト」。紹介制だから、一見さんお断りです。僕はそれでもビジネスが成り立っているという点に興味を持ちました。そんなプロフェッショナルからヘッドスパを受け、大きなエネルギーをもらいましたし、頭のキレがよくなり、インスピレーションも湧いてきました。

──他に新しく始めたことは?

北野 以前から続けていることなのですが、2年に1回、引っ越しをしています。同じ街に2年も住んでいると、買い物や外食など出掛けるところが決まってきてしまい、刺激や発見がなくなるからです。

 それからここ半年ぐらいは13歳年下の先生について、作曲を学んでいます。

「勝ち筋のあるもの」を見定める

──北野さんが作曲を始めていたとはびっくりです。なぜ作曲なのでしょうか。

北野 僕は若い頃ギターを弾いていましたが、作曲はまったくの初心者です。何か新しいことをしたいなと思っていました。でも僕は何かを始めるとき、思いつくまま手当たりしだいに手を出すことはありません。

 その際には経営者の視点で、「その新しいチャレンジには勝ち筋があるか」「やる価値があるのか」を意識します。

作曲を学び始めた北野さん
作曲を学び始めた北野さん
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──どういうことでしょうか。

北野 例えば、僕が本を書いて、次の作品が仮に100万部のベストセラーになったとしても、それほど驚かれないでしょう。それよりは、今の自分の枠外というか、境界線を越えたところで結果を出した方が、世の中へのインパクトは大きくなるのではと考えました。

 それで最初に思いついたのが、漫画でした。しかし、漫画の作り方はここ何十年、基本的に大きくは進化していません。パソコンの導入が進んでいますが、基本は手書きの世界です。そんな分野で先人がしのぎを削っているところに、後発の僕が参戦したところで、勝ち目はないと考えました。

『天才を殺す凡人』はマンガ版企画も進行中
『天才を殺す凡人』はマンガ版企画も進行中
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 ところが、作曲の世界は違います。DTM(デスクトップミュージック)という作曲プログラムの進化が目覚ましく、今や楽譜の読み書きがまったくできなくても、楽器がなくても、パソコンさえあれば、誰でも作曲ができます。これならばチャンスがあるんじゃないかと思って、始めているところです。

──どこかで発表する予定はありますか。

北野 まだYouTube上で別ネームを使ってアップしているだけで、大々的に発表するつもりはありません。それに、そもそも音楽はお金になりづらい。

 1曲当てたら、印税で一生食べていけるというのは過去の話です。今やサブスクリプションでは、1曲の値段がペットボトルよりも安いような時代ですから。

 でも、作曲を始めたことで本業につながりそうな発見がありました。作曲というのは極めてロジカルな世界だと思います。僕は物事を「構造」で説明するのが好きで、周囲からは嫌われます(笑)。

 音楽で大切なのはリズム、メロディー、ハーモニーの3つだと思います。人の心に響くものには共通の構造があります。本を音楽に例えれば、リズムは文体。メロディーはセリフ。ハーモニーやコード進行は、本の世界観に当てはめることができます。こうした構造を意識しながら作曲を行うのは、とても楽しい作業です。

商売の本質は「人を喜ばせること」

北野 それから本も作曲も──もっと言ってしまえば、すべての商売の本質は、「人を喜ばせること」だと気づきました。

「商売の本質は人を喜ばすこと」
「商売の本質は人を喜ばすこと」
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北野 作曲も本も、人は「また読みたいな」「また聴きたいな」と喜んでくれるから、お金を払ってくれます。どれだけ美しいメロディーでも、歌がうまくても、人に喜んでもらえなかったとすれば、ビジネスチャンスにはつながりません。

 仕事でも「今日のプレゼンはこんなふうに進めていきます」というハーモニー(世界観)を経営者やクライアントに示し、喜び、共感してもらうから、うまくいきます。そして、そこにその人ならではの独創性や創造性がないと、感動してもらえません。

 作曲も本もビジネスも、構造的にはまったく同じということが分かったのが、最近の収穫です。

取材・文/三浦香代子 構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集部) 撮影/木村輝

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北野唯我著/日本経済新聞出版/1650円(税込み)

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