日亜化学工業は過去30年で売上高を30倍にした会社だ。成長力と収益力の源泉は、付加価値の高いものづくりにある。その代表格は、「20世紀に実現は難しい」と言われた青色発光ダイオード(LED)。さらに、開発の難易度がLED以上に高い青色半導体レーザーも忘れてはならない。今でこそ大企業だが、光半導体を開発する前は地方の一企業と見なされていた。そうした企業がなぜ大手企業の向こうを張って、付加価値の高い製品を生み出し続けられるのか。その答えを記した書『技術者天国 日亜化学工業、知られざる開発経営』(日経BP)の中から、半導体レーザー開発物語を5回に分けて紹介する。第1回は開発が始まった意外な経緯についてである。
日亜化学工業は、窒化ガリウム(GaN)系半導体レーザーでも世界トップを行く。レーザー発振に成功して以来、性能を向上させるとともに、様々な応用分野を開拓してきた。同社はどのように半導体レーザーの開発を進めてきたのか。その開発の軌跡をたどってみたい。
1993年11月、日亜化学工業は青色発光ダイオード(LED)の量産化に踏み切ると発表した。まさかの偉業に業界中が驚いているのを横目に、同社は次の開発に向かって進んでいた。そのテーマは高輝度な緑色LEDの開発と決まっていた。光の三原色であるR(赤)G(緑)B(青)の各LEDを使ってディスプレー用光源を造ろうと考えていたからだ。
当時、赤色LEDは高輝度のものが既に市販されていた。そして、高輝度な青色LEDは日亜化学工業自身が開発した。その結果、相対的に緑色LEDの輝度が低くなってしまった。そこで、高輝度な緑色LEDを開発することが同社の次の目標になったというわけである。
忘年会で開発を直訴
ところが、この開発テーマに携わりたくないと公言する者がいた。入社3年目の若手技術者だった長濱慎一氏(現第二部門LD事業本部主席研究員、日亜研究所主席研究員。博士)だ。長濱氏は1993年末の忘年会において、大胆にも主任研究員に向かってこう言った。
「レーザーを開発したいので、やらせてください」
主任研究員から駄目だと言われても食い下がり、長濱氏は何度も何度もしつこく半導体レーザー(レーザーダイオード)の開発をさせてほしいと訴え続けた。すると、最後は根負けした主任研究員から「じゃあ、お前、勝手にしろ」という言葉を引き出した。しめた、言質を取ったぞと思った長濱氏は、最後にこう駄目押しした。
「今、言いましたよね? では僕、来年からLEDはしませんよ。レーザーの開発しかやりませんから」
日亜化学工業の半導体レーザーの開発は、こうして主任研究員を強引に押し切るところから始まった。
「商売にならない」という冷ややかな声も
この頃、社内にはこの主任研究員以外にも半導体レーザーの開発に反対の声を上げる人がいた。その理由は「半導体レーザーは商売にならないから」というものだった。
長濱氏が開発したいと申し出たのは、青色LEDの延長線上である窒化ガリウム(GaN)系半導体レーザーで、当時はまだ世の中に誕生していなかった。ところが、他社が開発済みで既に市販されていた半導体レーザーは市場が小さく、それほど大きな利益にならないという見方があったのだ。
だが、社内には長濱氏の最大の理解者がいた。当時、日亜化学工業の社長を務めていた小川英治氏だ。
「そんなことを言わずに、LEDを開発したのだから半導体レーザーも開発しなさい。そうするのは、LEDを発明した人間の義務だ。儲(もう)かるか儲からないかなんて、関係ない。これは開発すべきだ」
経営トップとしてもちろん、最終的には事業化について考えるが、研究開発の時点では売り上げや利益のことなど後回しにして、やりたいと手を挙げる技術者の背中を押す。それが小川英治氏の考えであり、日亜化学工業流なのである。
素人の3人で開発スタート
潜在的な市場が全くなかったわけではない。例えば、次世代の高密度光ディスク用ピックアップの光源には、より波長の短い半導体レーザーが望まれていた。短い波長ほど高密度な記録・再生が可能となるからだ。GaNをバンド間発光(結晶自体の持つエネルギー発光)させると青紫色の光を放つ。波長でいえば、約365ナノメートル(nm)だ。GaN系半導体レーザーのこの波長の短さは、次世代光ディスクの開発を目指すメーカーにとって魅力的だった。
だが、長濱氏が半導体レーザーの開発を主任研究員に訴えた本当の理由は他にある。「自分がメインとなって研究開発を進めたかったから」(長濱氏)だ。その頃、日亜化学工業はLEDの開発をチームで進めていた。長濱氏は青色LEDの開発に2年間携わっており、LED開発の中心メンバーだった。だが、自分が“歯車”のように感じていたという。
おまけに、青色LEDが完成した後、緑色LEDの開発はなんとなく方向性が見えており、開発できるという感触があった点にも物足りなさを感じていた。長濱氏の中ではもっと難しい開発に挑戦したいという思いが日増しに強くなり、ついに半導体レーザーを開発したいと手を挙げたというわけだ。
[日経クロステック 2025年6月2日付の記事を転載]
近岡裕(著)、日経BP、1980円(税込み)

