日亜化学工業は過去30年で売上高を30倍にした会社だ。成長力と収益力の源泉は、付加価値の高いものづくりにある。その代表格は、「20世紀に実現は難しい」と言われた青色発光ダイオード(LED)。さらに、開発の難易度がLED以上に高い青色半導体レーザーも忘れてはならない。今でこそ大企業だが、光半導体を開発する前は地方の一企業と見なされていた。そうした企業がなぜ大手企業の向こうを張って、付加価値の高い製品を生み出し続けられるのか。その答えを記した書『技術者天国 日亜化学工業、知られざる開発経営』(日経BP)の中から、半導体レーザー開発物語を5回に分けて紹介する。第2回は素人3人で開発をスタートした経緯についてである。
こうして年が明けた1994年1月、日亜化学工業は半導体レーザーの開発をスタートさせた。開発メンバーは長濱氏のほか、違う部署から異動してきた2人を合わせて、わずか3人だった。しかも、皆が半導体レーザーに関して素人という状況だった。
そこで、3人はまず、レーザーの勉強から始めることにした。タイトルに「レーザー」とある大学生や大学院生向けの学術書を片っ端から購入し、読み込むところから始めたのだ。
当時は青色発光ダイオード(LED)を量産するという日亜化学工業の発表に世界中の研究者が驚いていた時代。青色LEDよりもさらに技術の難易度が高い半導体レーザーをGaN系材料で造ることなど、想像を超えていた。
だが、長濱氏はここでも大胆に「電流注入によるレーザー発振」という目標を掲げた。「ガリウムヒ素(GaAs)系、すなわち赤色半導体レーザーでできたのだから、窒化ガリウム(GaN)系半導体レーザーでもできるだろうと、何の技術的な見込みがないのに思っていた。今から振り返ると、素人の浅はかさでしかなく、実際に取り組み始めると、いかに難しいかが分かった」と言って長濱氏は笑う。
「常識」を疑う
それでも、3人には素人故の強みがあった。それまで「常識」とされていたものを鵜呑(うの)みにせず、全てを疑ってかかれた点だ。結論から言えば、これが成功の大きな要因となった。
当時、GaN系半導体分野には「常識」とされるものがあった。ところが、それを信じて実際に実験してみると、異なる結果が得られることが多々あった。考えてみると、当時はGaN系半導体の分野はまだまだ研究が手薄で、「常識」と呼ばれるものも、乏しいサンプル結果を基にしたものが多かった。そこで3人は「常識」とされるものを全て疑い、自分たちの手で実験して検証し直すことから着手した。
青色LEDの電力変換効率に着目
こうして半導体レーザーの開発を文字通り一から始めた3人が、まず目指したのは、青色LEDの電力変換効率(以下、効率)を高める実験だ。半導体レーザーがレーザー発振するには当時の青色LEDでは効率が足りなかったからだ。
当時の青色LEDの効率が低かったのは、バンド間発光ではなく、不純物準位発光と呼ばれる方法を採用していたためである。
既に、効率を高める技術の1つであるダブルヘテロ構造は採用していた。1993年11月の青色LEDの発表時に、明るさを従来の100倍にして実用レベルにできたのは、このためだ。これは窒化インジウムガリウム(InGaN)から成る発光層を、下からn型の窒化アルミニウムガリウム(AlGaN)、上からp型のAlGaNで挟む構造。材料が異なる(ヘテロ)もの同士がくっついている界面の数が2つ(ダブル)あるため、ダブルヘテロ構造と呼ばれる。
インジウム含有量が鍵だったが……
発光色については、発光層のインジウム(In)の含有量で制御できることが分かっていた。Inの含有量を増やしていくと、理論的には光の波長を約360nmから1マイクロメートル(μm、1000nm)までシフト(調整)できる。色で言えば、青紫色から青色、水色、緑色、オレンジ色、赤色、そして赤外領域まで変えることが可能だ。
ところが、当時の結晶成長技術では発光層のInの含有量を高めることができなかった。Inを多くすると結晶品質が劣化してしまうのだ。そこで、結晶品質を保てるギリギリの量までInを入れたところ、390nm程度の波長で光った。だが、これでは青紫色で暗い。
そこで、発光層であるInGaNにアクセプターとして亜鉛(Zn)を、ドナーとしてケイ素(Si)をドープ(不純物として添加)し、波長を青色領域である450nmにシフトさせた。これが不純物準位発光である。エネルギーが少し減って熱に変わり、残りの分が光(青色の光)に変化する仕組みだ。だが、その分、効率が落ちるというわけである。
「量子井戸構造」で打開
この課題を乗り越えるために、3人が取り組んだのが量子井戸構造の採用だ。これは、ダブルヘテロ構造を採った上で、InGaNの活性層(LEDでは発光層、レーザーでは活性層と呼ぶ)を非常に薄くしたものだ。こうすると、Inの含有量を増やしても転位(欠陥)が発生しない。
量子井戸構造自体は半導体関連の教科書にも載っている技術である。だが、当時は結晶成長技術が未熟で作れなかった。再現性が悪い上に、薄い層をウエハー面内に均一に作ることが難しかったのだ。
そこで、3人は結晶成長条件を根本から見直し、ありとあらゆることを試した。結晶成長装置であるMOCVD(有機金属を使う化学的気相成長法)装置の改造も行った。ノズルに手を加えてガスの流し方を変えたのはほんの一例だ。
青色LEDの量産工程で改良された結晶成長技術も取り込み、再現性や面内分布(良品率)、制御性も向上させた。こうして試行錯誤を繰り返し、ついに3人は良い結晶成長条件を見いだして、量子井戸構造を実現した。
結果、Inの含有量を増やしてバンド間発光が可能になった上に、活性層を薄くすることで得られる量子サイズ効果(物質が非常に小さくなると、物質内の電子の動きやエネルギー状態が通常の物質とは異なる振る舞いを示す現象)によって、さらに効率が高まった。
思わぬ副産物
面白いのは、半導体レーザーを開発するために「常識」を疑って実現したこの量子井戸構造が、思わぬ副産物をもたらしたことだ。LEDの高輝度化に貢献したのである。
日亜化学工業は量子井戸構造の青色LEDと緑色(波長は525nm、純緑色)LEDを開発し、明るさを青色LEDは従来の2倍に、緑色LEDは従来の60倍に高めることに成功した。前者は1994年10月に量産に持ち込み、後者は1995年9月に開発したと発表した。
興味深いのは、長濱氏率いるわずか3人の半導体レーザーの開発チームが、LEDの開発チームよりも先に高輝度な緑色LEDに必要な技術を生み出したという事実だ。難易度の高い開発に挑むほうが、その過程で得られる「果実」が大きいということだろう。
一方で、LEDの開発チームは、従来の延長線上である不純物準位発光にこだわったために、結果的に半導体レーザーの開発チームに先を越されてしまった。
[日経クロステック 2025年6月3日付の記事を転載]
近岡裕(著)、日経BP、1980円(税込み)

