「親ガチャ」や「毒親」が話題になることがありますが、子育てをするにあたって、自分の親との関係はどれほど影響するのでしょうか。感情的にならずに受け止める方法を、心理学の手法から伝えます。ハーバード大小児精神科医の内田舞さんによる初の育児書『小児精神科医で3児の母が伝える 子育てで悩んだ時に親が大切にしたいこと』から抜粋して再構成。

「毒親」の影響からは逃れられないのか

 親と子の関係性を語る時、「親ガチャ」や「毒親」が話題になることは非常に多いです。それだけ、親との関係で苦しんでいる人は多いのだと思います。

 ただ、「親のあり方」も、時代とともに変わってきています。昔は社会的に許容されていた親の行動が、最近になって子どもに悪影響があることが理解されるようになっていることもたくさんあります。子どもへの悪影響が科学的にも証明されるようになったり、子どもたちが声をあげて、自分の苦しみを社会に訴えるようになったりしたことも、背景にあるでしょう。

 例えば、かつては許容されていた「しつけ」と称する体罰は明確に否定されるようになり、2020年に施行された改正児童福祉法で禁止されています。また、子どもを支配したり、束縛しようとしたりすることも、子どもたちが声をあげて「毒親」という名前がつき、ようやく害のある行為だと認められるようになりました。それまでは、そうした行為をしている親の側も、被害を受けている子どもの側も、それが良くないことだという認識は持てていなかったと思います。

 もちろん、「わからなかった」ことがすべての免罪符になるわけではありません。しかし、自分が親になった時に、「なぜ私が子どもの時に、親はこれをやってくれなかったんだろう」「なぜ親は、私が子どものころにあんなことを言ったんだろう」ということは必ず起きます。

 それはとても強く、消えにくいモヤモヤしたものを、心の中に生むでしょう。

昔は許容されていた「しつけ」が、今の時代は受け入れられないことも。親子関係のモヤモヤは子が大人になっても消えづらい(写真:metamorworks/stock.adobe.com)
昔は許容されていた「しつけ」が、今の時代は受け入れられないことも。親子関係のモヤモヤは子が大人になっても消えづらい(写真:metamorworks/stock.adobe.com)
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 時間は巻き戻すことができませんから、親から言われたことやされたことを、今から消すことはできません。それでも、どこかでこうした親への不満と向き合ったうえで、受け入れることが必要になります。それは、親を「許す」わけでも不満を「忘れる」わけでもありません。しかし、「○○の子どもとしての人生」ではなく、自分の人生を歩むためにも必要なステップなのだと思います。

 成長するうえで、親の影響が大きいのは確かですし、それを否定するわけではありません。

 それでも、親の影響があることを認識し、「だから私は、こういう考え方になりがちなんだ」という、影響の中身についても受け止めたうえで、「でも、自分はこんな人生を歩みたい」と前を向いていってほしいのです。

 それが簡単なことではないことは、私も自分自身の経験や、患者さんたちの人生を見ていて強く感じます。「親が毒親だったせいで、私は今、こんなにつらい状態にあるんだ」というところで足が止まり、心の中で親を責め続けて「だから自分は変われない」と思ってしまう人は多く、私もそうした方々のサポートをしたいと常々願っています。本当はそれで終わりではないはずだからです。

自分の人生を歩むための「ラジカル・アクセプタンス」

 その時、自分の人生を自分がコントロールしているという感覚を持つ、オーナーシップに加え、ラジカル・アクセプタンスという考え方も役立つはずです。ラジカル・アクセプタンスも心理学用語で、自分がコントロールできないところで起きたことを、あえて良い/悪いといった評価をしないままで受容(アクセプト)し、前に進むことを指しています。

 受容というのは、あきらめたり、感情を抑制して我慢したりすることではありません。

 「起きたことはもう変えられない」という前提のもと、そのまま受け入れていくことです。

 私たちはつい、良い結果であろうと悪い結果であろうと、自分に起きることすべてについて、自分の努力の結果であると思いがちです。しかし、自分に起きることの中には、自分の努力の届かない範囲にあることもたくさんあります。そのことを認識し、自分がコントロールできないことはそのまま受け入れ、今の自分にできることに目を向けることで、止まりそうになっていた足が動きだすことは多いと思うのです。

「毒親」にまつわる悩みには、自分がコントロールできないことをあえて判断せずそのまま受け入れる、心理学の「ラジカル・アクセプタンス」が有効(写真:Mitsuru Kumazawa/stock.adobe.com)
「毒親」にまつわる悩みには、自分がコントロールできないことをあえて判断せずそのまま受け入れる、心理学の「ラジカル・アクセプタンス」が有効(写真:Mitsuru Kumazawa/stock.adobe.com)
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 私は、ラジカル・アクセプタンスについて考える時、いつも、フィギュアスケート選手の羽生結弦選手を思い出します。彼は、2022年の冬季北京オリンピックの、金メダルを懸けた演技の冒頭で、リンクの氷の溝にはまったためにジャンプを失敗してしまいました。

 しかしその後、その失敗の影響をまったく感じさせない素晴らしい演技を見せたのです。

 「よりによってなぜこの場面で」という悔しい思いもあったはずですが、「起きてしまったことはもう変えられない」と受容し、残りの演技に集中して完璧に滑り切ることができたのは、まさにラジカル・アクセプタンスを実践した例だと思います。

 人は、自分に何か悪いことが起きると、それが自分のコントロールできる範囲の外にあることであったとしても、つい、その原因を探し続けたり、責める対象を見つけ出そうとしたりしてしまいます。でも、その行為は精神的にとてもつらく、消耗するもので、前進するための歩みを止めてしまいます。そして「起きてしまったこと」を否定したいと思う気持ちが強いと、抑うつや不安をともなうこともあります。

 でも、こうした場合にラジカル・アクセプタンスによって現状を受容することが、「ここから先の運命は自分のものなのだ」というオーナーシップを働かせることにつながる可能性があるのです。

 受容することは、毒親の行為を許すことを意味しているわけではありません。「つらい仕打ちを受けた」ことに対して、「私が○○だったからこんな仕打ちを受けたのだ」と意味を持たせて自分を責めたり、「あれは私にとってはまったくつらいことではなかった」と自分の気持ちを否定したりするのではなく、ありのままに「つらい仕打ちを受けた」という事実を認め、認識する。受容は、許容することでも、あきらめることでもないのです。

「内的評価」は親頼みじゃなくてもいい

 さらに、「親から不適切な関わりを受けたために自尊心や内的評価が低い」と感じている方もいると思います。確かに親は、子どもの内的評価に大きな影響を与えます。

 もちろん、親が内的評価を高めてくれる人だったのであれば、それは素晴らしいことだ と思います。しかし、親がそうでなかったらダメかというと、そんなことはありません。「親から、内的評価を落とすような関わりをされたから、私はもう、内的評価を高めることはできない」と思い込んでいる人もいますが、完全に親任せ、親頼みというわけではないのです。

 大人になってから、自分で自分の良さやこれまでの努力などを見つめて、内的評価を高めることにつなげることは十分可能です。また、毒親に育てられながら生き抜いてきたこと自体も、内的評価につなげることはできるでしょう。

 毒親に育てられたことで、人生が決まってしまうと思う必要はないのだということを、 ぜひお伝えしたいと思っています。

ハーバード大小児精神科医で3児の母でもある内田舞さん、初の育児書!

内田也哉子氏(エッセイスト)推薦「子育てを見つめると、多様な世の中が見えてくる。本書は、こどもを育てる人々への道しるべであり、心の所在をしなやかに探すための大いなるエールなのです」

内田舞著/日経BP/1760円(税込み)