今年は昭和100年に当たる。本のベストセラー史の研究者で編集者である、横手拓治さんインタビュー第4回は100年前のベストセラーについて聞く。不安な時代のなか、多くの読者はどういう本を求めたのか。1990年代と現代のヒット例として、『サピエンス全史』(ユヴァル・ノア・ハラリ)、『清貧の思想』(中野孝次)、『節約生活のススメ』(山崎えり子)、『人生がときめく片づけの魔法』(近藤麻理恵)を横手さんは挙げ、同じく社会の不安感が高まった100年前の時代相では哲学や宗教、心身修養、そして社会主義の本がよく売れたと指摘する。

100年前と今の世相は似ている

100年前の世相は、ちょっと独特です。関東大震災の直後で復興需要がある半面、景気は低迷し、金融資本主義は発達しますが世界恐慌の直前であり、そして大きな戦争のはざまでもありました。

 ベストセラーは世相を反映します。100年前、日本は世界五大国の一つといわれ、豊かになっていた。ただその奥底で、えもいわれぬ没落の予感が人々の間で醸成されていたのです。表層的な繁栄の背後にへばりついた社会の不定感、将来への漠然とした不安を背景に、救いや答えを求める傾向は、大正期を通じて底流にありました。ドイツで『 西洋の没落 』(シュペングラー著/村松正俊訳/中公クラシックス)が売れたように、文明衰退の気配は世界に蔓延(まんえん)してもいた。それらがあって、日本では、大正前期に哲学的思索書や心身修養系の本が評判を呼び、大正後期には宗教的著作が関心を集めます。親鸞(しんらん)にまつわる評論や小説などが相次いで刊行される「親鸞ブーム」が起きたのも、そこからです。

 その一方で社会主義関連の本も売れ出していた。カール・カウツキー『マルクス資本論解説』(高畠素之訳)は1919年に出ましたが、めまぐるしい別版化を経て昭和にかけて部数を伸ばしています。プロレタリア文学の代表作といわれる『 蟹工船 』(小林多喜二/戦旗社。リンクは新潮文庫『蟹工船・党生活者』)は1929年の刊行で、発禁処分を受けながら同年のベストセラーになった。徳永直の『 太陽のない街 』(戦旗社。リンクは岩波文庫版)も同年のベストセラーですが、こちらは3カ月で10版に至っています。不安に対して、個人の努力をもとに哲学的思索や修養によって解決するのではなく、没落観をもたらす社会を根本から立て直そう、という発想です。没落感と革命志向は根っこのところが同じはず。実際、当時の若者は、旧制高校・大学の学生を中心に、かなりが左翼化したといわれます。

『蟹工船 戦旗社版』(小林多喜二/日本近代文学館)の表紙(横手拓治さん提供)
『蟹工船 戦旗社版』(小林多喜二/日本近代文学館)の表紙(横手拓治さん提供)
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左傾化はさておき、状況としては今日も似たところがありますね。世間一般に好景気の実感はなく、格差の拡大や少子高齢化という喫緊の課題を抱えています。国際情勢もますます不穏になりつつある。社会の不安感はかなり高まっていると思います。

 不安と疲弊、閉塞感。それが哲学や思想などを通じて大枠の見方を求めたり、オルタナティブへのあこがれをもたらしたりします。その意味で当時と現代はよく似ていますね。社会不安の要因をさまざまなアイデアで分析したり、「超」歴史を俯瞰(ふかん)したりする本が評判になるのは時代が招いているはず。ユヴァル・ノア・ハラリの『 サピエンス全史 』(柴田裕之訳/河出文庫)が世界的なベストセラーになったのは、その典型でしょう。

 他方、社会が複雑になり、不透明になり、明日がどうなるか分からない。そうなると、人々は逆に修養的な生き方に帰還するというか、堅実を求めるというか、そういう傾向もあるのではないでしょうか。そこからベストセラーも出る。大正期がそうでしたが、のちの時代はどうでしょう。やはり閉塞感に満ちた時代といわれた世紀末の1990年代では、『 清貧の思想 』(中野孝次/文春文庫)や『節約生活のススメ』(山崎えり子/飛鳥新社)がベストセラーになっています。

 また、2010年代になって、近藤麻理恵さんが『 人生がときめく片づけの魔法 』(サンマーク出版。リンクは河出書房新社から刊行されている改訂版)を世界的な大ベストセラーにした。シンプルな暮らしを目指そうというメッセージがウケたわけで、こちらも不安な時代の忍び寄りが背景にあるのではないかと思っています。これからガツガツ頑張ってもいいことはない、だったらシンプルに行こう、自分の「ときめき」重視、身の丈に合わせよう、というわけです。

 一方で、100年前の社会主義運動と違い、オルタナティブな世界を目指そうというような本は目立ちません。さすがに時代が違うのか、それともこれから出てくるのか。いずれにせよ、天窓を開け放つようなポジティブな気分の本、希望みたいなものを語る本がウケる印象は、今あまりないです。少なくとも、それらがベストセラーになるような気がしない。

時代の要請とタイトリングの妙

100年前に戻ると、ベストセラー研究を踏まえて、ほかに指摘しておくことはありますか。

 哲学、修養、宗教書を継ぐ、昭和に至る社会主義関係書の人気は前述しましたが、面白いのは、当局の取り締まりもあって社会主義本が影をひそめたあと、再び宗教関係書が求められたのです。1932年刊の谷口雅春『生命の實相』(生長の家)がその代表で、不安の世相は変わらなかった、とも言える。

 一方、この本については、「関係者が組織的に動いてベストセラーにする」のはしりと言え、ベストセラー史を見ていくうえで避けて通れないタイプと言えます。戦後になってこの類型は多少目立つようになり、上位にカウントされたベストセラー書のなかにも、「実は…」という案配で、こうしたタイプが見いだされます。背後で動く「組織」はさまざまですけれど。

 それから、当時は「英雄本」が人気を集めました。こちらも時代状況が招き寄せた現象と言えるでしょう。1928年刊の沢田謙『ムッソリニ伝』(講談社)はその一冊で、同年刊では、そのものズバリのタイトルで鶴見祐輔『英雄待望論』(同)も出ています。ともにベストセラーにランクインしました。飛び抜けた才覚の「人」に問題解決を求める心理が人々の間でふくらんでいたわけで、現代はどうでしょうか。通じるケースが出るとしたら、これからですね。

 なお、当時のベストセラーに大佛次郎(おさらぎじろう)『 赤穂浪士 』(改造社。リンクは集英社文庫版)もあります。全3巻ですが、上巻はひと月で80版に達する勢いとなり、人気のほどが知れます。この小説は新聞連載ののちの書籍化で、忠義の士を描いた「忠臣蔵」に新解釈をほどこした。堀田隼人というニヒリストを登場させたのです。それで一般読者だけでなく知識人層にもウケたらしい。

 ニヒリストって、もしかしたら、知識人にとっての「英雄」かもしれませんよ。その得意ワザが、没落とか崩壊のメッセージになるわけです。このあたりも、似たような時代相に陥った現代、ベストセラー研究的に目が離せない(苦笑)現象と言えましょう。

「ニヒリストはもしかしたら、知識人にとっての『英雄』かもしれません」と話す横手さん
「ニヒリストはもしかしたら、知識人にとっての『英雄』かもしれません」と話す横手さん
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戦争の足音が高くなったことも、本の世界に影響を及ぼしたようですね。

 戦記ものが読まれるようになりました。無名の青年戦士が戦場の人間模様を描いた作品が翻訳され、1929年、ベストセラーに名を連ねています。『蟹工船』『太陽のない街』のヒットがあった年で、レマルク『 西部戦線異状なし 』(リンクは秦豊吉訳の新潮文庫版)。円本合戦を静観していた中央公論社の本でした。

 このときの中央公論社は、このインタビューの第3回「 全集、実⽤書、漫画…多様なベストセラーの源流は100年前にあり 」で言及した『人肉の市』(エリザベート・シェーエン/窪田十一訳)時期の講談社と同様、雑誌社とみなされ、書籍の版元としての実績はまるでなかった。実際、当時、同社には出版部もなかったのです。

 その中央公論社に出版部が創設され、最初に出した本こそ、『西部戦線異状なし』でした。当初のタイトルは『独逸(ドイツ)の肉弾』。かつてのベストセラー『 肉弾 』(櫻井忠温。リンクは明元社のもの)にあやかってつけたと言います。でもこのタイトルはどうか。『肉弾』は明治時代の本で、その当時は読者に「引き」があったとしても、昭和初期には言葉のセンスが古くなっていた。

 そこに気づいたのは、改造社から移り出版部を開設した当人、牧野武夫でした。彼は断然、異を唱えます。『肉弾』は明治の成功例だろう、今の時代はそれじゃいけないと考える。そして牧野は、訳文中にあった「西部戦線異状なし」に着目し、「これで行こう」と主張したのです。この一句は原書にも使われていた、むしろ正当的なタイトルですが、当時は語感として斬新だった。そちらのほうに魅力がある、と牧野は強気に押し通したのです。

 初版は2万部で、新発進の部署としては冒険と言っていい。ところが出してみたら順調で、一気に10万部まで伸ばし、さらに版を重ねることになります。このあたりは、結果論と言われればその通りなんでしょうが、タイトルが青年層を引きつけたのだと思うし、モダンな中央公論社の暖簾(のれん)にも合致したのでしょう。ついには百数十版に至ったというから、大成功です。

 のちの時代もそうですが、ベストセラーになるとタイトルが一人歩きします。「○○戦線異状なし」は当時、流行語になりました。後年の事例ですが、2001年刊の『 世界の中心で、愛をさけぶ 』(片山恭一。リンクは小学館文庫版)が2003年に至り一大ベストセラー化する(300万部超)。それに合わせて、タイトルが「セカチュー」と略され、2004年、流行語大賞のトップテンに入ります。

 さて、タイトリングの話で言えば、『西部戦線異状なし』から17年後にあたる戦後まもない時期に、尾崎秀実(おざきほつみ)の獄中書簡集『 愛情はふる星のごとく 』(リンクは岩波現代文庫版)が世界評論社から刊行され、ベストセラーになっています。タイトルは、やはり書中にあった言葉のなかから同社の社長・小森田一記(こもりだかずき)が見いだし、「これだ」と命名したものでした。印象深い表題であり、なにより、戦後の新しい時代に合う語感を持っていた。『西部戦線異状なし』と並んで、時代と語感のマッチングが成功した昭和初期の例として挙げることができるでしょう。

 命名者の小森田は中央公論社の編集者を経て独立した出版人で、かつて『婦人公論』編集部に在籍していたこともありました。そのとき、「愛情」というストレートな言葉が、女性読者の心をつかむことを体得したと言います。言葉のセンスも、経験によって磨かれるようですね。いずれにせよ、ベストセラー産生の重要なカギにタイトルがあるというのは、かねてより好例が示されていたわけです。

日本人は本が好き

この100年間でいくつものベストセラーが生み出されてきました。その研究を長く続けてこられた観点から、どう総括しますか。

 改めて、日本人は本が好きだなと思いますね。ベストセラーが生まれる現象というのは、海原にクジラが、潮を吹きながら突然現れるようなものです。クジラばかりが目を引きますが、そもそも海がなければクジラだって生息できない、つまり幅広い国民がよく本を読むというベースがあってこそ、多くの出版物が世に送られ、そのなかから特定の本に人気が集中する現象も起こるのです。

 実際、日本人は江戸時代から庶民が本を読んできました。ロシアの軍人ゴロウニンが文化年間の日本ですごしたときの記録『 日本俘虜(ふりょ)実記 』(徳力真太郎訳/講談社学術文庫)には、平(ひら)の兵卒(へいそつ)が休みなしに本を読んでいる姿を見て驚いた、と記しています。ときの西欧人でさえ目をみはったわけです。

 当時、欧米列強では、本を読む者はあってもおおむね貴族階級。聖書などは別にして、一般大衆は本をそう読みません。こうした時代に日本は寺子屋教育を浸透させ、世界でもトップクラスの識字率を誇っていました。社会がごく自然にフォローして読書人口の裾野を広げ、これをベースに読書好きの国民性が育まれ、出版業を支えたのです。この構図は、時代が変わろうと、社会環境が変化しようと、そう簡単には揺るがないと思います。

取材・文/島田栄昭 取材・構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集) 写真/鈴木愛子