「会社で世代交代が進まないのはなぜか」「仕事のできない人が出世するのはなぜか」。そんな疑問がある方にぜひ参考にしていただきたいのが名和高司さんの新刊 『資本主義の先を予言した 史上最高の経済学者 シュンペーター』 です。ヨーゼフ・シュンペーターは、社会が停滞することを70年も前に予言していました。現代の私たちがこうした課題に直面し、「身動きが取れなくなる」ことを予想していたのです。最高といわれる経済学者の考え方をしっかり学べば、これからどう行動すべきかも分かります。本連載では、『資本主義の先を予言した 史上最高の経済学者 シュンペーター』の一部を抜粋し、紹介します。

リスクをとらない人間はただの快楽主義者

 シュンペーターは、とにかく受け身であることを嫌います。イノベーションを起こせる人間は「主体性」がなによりも必要です。環境に制約される人間ではなく、その環境を活用し、さらにはそれを自分の力で変えていける人間をよしとしました。簡単に言えば、「あんたが主役」です。

 シュンペーターは、経済的行動を変えようとするとき、2つの抵抗に遭遇すると言います。

(写真:Vadym Pastukh/Shutterstock.com)
(写真:Vadym Pastukh/Shutterstock.com)

 1つは社会環境、すなわち「外からの抵抗」です。そしてもう1つは、「内なる抵抗」です。いずれも慣れ親しんできたことを続けようとする力、すなわち「慣性の法則」が抵抗になります。

 この法則を破るためには、まず内なる抵抗(シュンペーターの言う「心のなかの妨害」)を克服しなければなりません。シュンペーターは、人間をふたつの類型に対比します。

 「静態的」類型と「動態的」類型です。実を言うとシュンペーターの本はとても難解で、読み解くのが大変です。しかし、安心してください。わかりやすいように解説していきます。シュンペーターは「静態的」な人間を、「快楽主義的」さらには「幸福主義的」とも言っています。拘束や抵抗との戦いを回避しようとするからです。

 こういった人間は、リスクをとらず、決断力が乏しく、旧来の軌道にとどまることが心地よいと感じるタイプの人間です。しかし、資本主義が成熟すると、このような人が多くなるとシュンペーターは言います。

 「資本主義は委縮し、イノベーションを起こす人である『アントレプレナー』の仕事はなくなっていく」「経営は事務管理になり、従業員は必然的に官僚の性格を帯びていく」「実に覇気のないタイプの社会主義が資本主義の果てに自動的に誕生する」

 という趣旨のことを、その著書『資本主義・社会主義・民主主義』の中で述べています。日本で今イノベーションが起こらないのは、まさにトップや管理職にこういう人間が多いからだとも言えます。静態的な人間が要職についている組織がまずいことはおわかりになるでしょう。

 こういう人間が経済の「均衡」、つまり不況を作り出します。資本主義が進むと、これは単なる一時の不況ではなく、ずっと続く究極の状態になるともシュンペーターは予言しました。

 一方「動態的」な人間のことは、「精力的」とも言い換えています。拘束や抵抗に屈することなく、自分の信じる道を切り開くタイプの人間を指しています。

 このタイプの人間にとって、「前例がないということは、行動をためらわせる理由にはならない」と言います。そして、そのような人間を「行動の人」と呼んでいます。この「行動の人」こそ、イノベーションを実践するアントレプレナーのことです。アントレプレナーとは、大きな利益をもたらすほか、社会まで変える人物のことです。

 そしてこのタイプの人間の特徴は、「創造的活動の喜び」に目覚めているという点です。それは「芸術家、思想家、さらに政治家がおこなう創造的活動と同じである」ともシュンペーターは指摘します。あなたはどちら側の人間ですか?

「人間が主体的に生きること」が大前提

 シュンペーターは、このように経済は、人間の主体的な行動によって作り上げられていくものだと説きました。まさに経済における人間性の復権といってもいいでしょう。

 これは、思想家の精神とも同期しています。特に、当時台頭しつつあった実存主義の哲学と呼応するものだったと言えるでしょう。たとえば、19世紀末に、実存主義の礎を築いたニーチェがいます。主著『ツァラトゥストラ』の中で、私たちに「超人」として目覚めよ、と語りかけます。

 彼は、一人ひとりが主体的に生を切り開いていくことの重要性を説きました。ニーチェは「神は死んだ」という言葉で有名です。シュンペーターも「神(=市場)の見えざる手」とする古典的経済学の呪縛から、人間を解き放とうとしたのです。

 あるいは、代表的な実存主義哲学者であるマルティン・ハイデガー。シュンペーターと同時代を生きたハイデガーは、主著『存在と時間』の中で、「投企」という概念を提唱します。この世に生を受けた(被投)人間は、自分の存在を発見、創造し続けなければならないという考え方です。つまり、自分自身を未来に投げかけていくこと(投企)こそが生きることの意義だと言うのです。

 まさにシュンペーターの語る「動態的」、「精力的」、そして「創造的」な人間観と重なりますね。シュンペーターは、実存主義の哲学同様、人間不在の思想をよしとせず、人間性の復権と言うパラダイムシフトをもたらしたのです。

(写真:Keisuke_N/Shutterstock.com)
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行き詰まりを打開する方法は、シュンペーターにある!

柳井正や松下幸之助などの分かりやすい例を引きながら、シュンペーターの「イノベーションとは何か」をお伝えします。まさに、「経済学は、シュンペーターから始めよ!」です。

名和高司、日経BP、2090円(税込み)