資本主義の行き詰まりは、社会主義で解決できるのでしょうか? 「現代の問題は、社会主義ではなく、イノベーションにしか解決の糸口はないように思う」と言うのは 『資本主義の先を予言した 史上最高の経済学者 シュンペーター』 の著者である名和高司氏。本連載では一橋ビジネススクール教授の楠木建氏を迎えて、資本主義の先について対談していただきました。

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シュンペーターは資本主義の行き詰まりを100年以上前に予想していた

名和高司氏(以下、名和):今回『シュンペーター』を執筆しながら、イノベーションの力は多くの企業に求められるだけでなく、現代という多くの問題が山積した時代を乗り越える力になることも痛感しました。

 気候変動をはじめ、動物や植物、菌、バクテリアなどの生物多様性の危機は待ったなしで、ESG(環境・社会・企業統治)やSDGs(持続可能な開発目標)と言われるものの、私たちはまだ答えを出せていません。経済的な閉塞感も漂っています。それなのに、かつての右肩上がりの成長を追い求めたり、逆にリスクを避けて現状維持に努めたり……。そうした状況を打破するには異次元の想像力が必要で、それによって起きるイノベーションにしか解決の糸口はないと思います。掛け声だけのESGや、善意だけのSDGsでは地球を破壊から救うことはできませんし、経済も社会も動かず、いい会社も生まれません。

楠木建氏(以下、楠木):今、世界中で「資本主義の行き詰まり」について語られていますが、そのことをシュンペーターは100年以上前に予想していたことに驚きます。

楠木建(くすのき・けん)一橋ビジネススクール教授<br>1964年、東京都生まれ。89年、一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部助教授および同イノベーション研究センター助教授などを経て、2010年より現職。専門は競争戦略とイノベーション。著書に『ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件』『「好き嫌い」と経営』(以上、東洋経済新報社)、『絶対悲観主義』(講談社)など多数。
楠木建(くすのき・けん)一橋ビジネススクール教授
1964年、東京都生まれ。89年、一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部助教授および同イノベーション研究センター助教授などを経て、2010年より現職。専門は競争戦略とイノベーション。著書に『ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件』『「好き嫌い」と経営』(以上、東洋経済新報社)、『絶対悲観主義』(講談社)など多数。
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名和:行き詰まりと同時に「資本主義の再構築」も語られて、「新しい資本主義」が標榜されていますね。若いMZ世代(1980年代半ばから90年代初頭に生まれたミレニアル世代と、その後の90年代後半から2010年の間に生まれたZ世代の2世代を合わせたもの)の間ではカール・マルクスの社会主義思想が再注目されて、左傾化が進んでいるといわれます。現状の体制に甘んじているかのように見える日本の若者も、実は例外ではなく、マルクスの『資本論』をヒントに「脱成長コミュニズム」を説いた『人新世の「資本論」』(斎藤幸平・著/集英社新書)はベストセラーを記録しています。

 ただ、私の目には行きすぎというか、軽すぎる変化に思えます。社会主義に傾倒する人の多くは競争することをやめて道徳的に生き、「本当の豊かさや幸せを追求する」などと掲げますが、それは「逃げ」でしかないからです。刹那的で、気分を楽にしてくれる麻酔のような作用があるんでしょうが、競争がなければ新陳代謝もなく、経済も停滞してしまいます。

「資本主義の先」について対談する名和氏と楠木氏
「資本主義の先」について対談する名和氏と楠木氏
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本当にもうかる仕事をしようとしたら道徳的な商売をするに限ると言った渋沢栄一

楠木:道徳的なことと金もうけは相反するもの、と勘違いしている人が多いんですよね。渋沢栄一の『論語と算盤(そろばん)』も、算盤をはじいて金もうけに走りすぎないように、論語に書かれた道徳をもって制することが大事、という話だと勘違いしている人がいますが、そういう人は『論語と算盤』をちゃんと読んでいないと思います。渋沢栄一が説いているのは、算盤だけのヤツは欲がない、ということ。なぜなら、本当に一番もうかる仕事をしようとしたら道徳的な商売をするに限るからです。真剣に利益の増大を追求すれば、自然とESGやSDGsを満たすことができるんですよね。

名和:シュンペーターも、利他的なことが一番もうかる、と言っています。本物の人が考える本質は同じですね。

楠木:戦略のストーリーに沿って時間軸を延ばして長期的な目線で見れば、何の矛盾もなく利益とESGとSDGsともつながって一致します。一致しないのは、短期で見ているから。短期のほうが見通しやすいから、制度も設計も透明性の名のもとに短期へ短期へと流れていってしまうんですが、その流れを長期的な視点で回復しなければいけない。その役割を担うのがリーダーで、だからこそパーパス(志)が必要なんですね。

名和:目の前のゴールしか見ていない人たちに待ったをかけてステップバックさせ、長期的な視点で見直そうと促すのがパーパスの役割ですからね。その意味で、今私たちに求められているのは資本主義ではなく「志本主義」。シュンペーターも、右でも左でもなく、「第3の道」を自分たち自身の志を頼りに歩み出さなければいけない、と言っています。

楠木:シュンペーターをはじめケインズら当時の学者は、資本主義が行き着く未来は、成熟しすぎる結果、みんなやることがなくなる、と予想しました。どんどん豊かになっていくと、みんな週に3回しか働かなくなる。あらゆる問題がビジネスによって解決されて、経済活動は後退する。新事業は生まれなくなって、残るのは米・味噌・しょうゆのような純粋消費だけに偏るのではないか――。ところが、いまだにそんなことは起きていないですよね。ということは、人間の志の本質は新しい価値をつくることに向くから、そう簡単にはビジネスは終わらない。

 もちろん、競争をやめて「本当の豊かさや幸せ」を追求する人がいていいと思います。昔のように、つるはし振るわないと食っていけない、という時代ではありませんから。そういう選択ができることも、20世紀の資本主義の達成だったと言えるでしょう。ただ、みんながみんなそうしたいわけではない。強烈な事業欲をもって、どんどん競争したい人もいるんですよね。

名和:ある意味、二極化していますよね。そのなかで、誰がリーダーシップを握るのか、といったら、やはり志のある人になると思います。自分が行きたい未来に合わせて、リーダーを選ぶべき時代。ただし、競争がなくて気分を楽にしてくれるほうを選びたくなったら要注意。思考停止に陥っているも同然なので、今一度考え直すことをお勧めします。

楠木建氏(左)と名和高司氏(右)
楠木建氏(左)と名和高司氏(右)
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文/茅島奈緒深 構成/中野亜海 写真/稲垣純也

行き詰まりを打開する方法は、シュンペーターにある!

柳井正や松下幸之助などの分かりやすい例を引きながら、シュンペーターの「イノベーションとは何か」をお伝えします。まさに、「経済学は、シュンペーターから始めよ!」です。

名和高司、日経BP、2090円(税込み)