対談3回目 で「両利きの経営を歓迎しているのは日本の企業だけ」と語った名和氏と楠木氏。4回目の今回は、どうして日本では両利きの経営が人気なのかに迫ります。また、そのような会社で働く社員はどうしたらいいのでしょうか。 『資本主義の先を予言した 史上最高の経済学者 シュンペーター』 からひもときます。
(前回から読む)サラリーマン経営者が「両利きの経営」を都合よく使っている
楠木建氏(以下、楠木):「両利きの経営」という、「知の深化(今まで培ってきたノウハウや経験をできるだけうまく活用しながら深めること)」と、「知の探索(同じことだけをやっていると行き詰まるから、新しいことにチャレンジすること)」を同時に行うことでイノベーションを起こす、という概念が、日本ではいまだに大人気ですよね。概念としてそういう経営があってもいいのですが、海外ではもはやそれほど注目されていません。ここに日本の現状を示唆するものが多いと思います。
名和高司氏(以下、名和):日本の企業は成熟してしまっています。成熟しているというのは、いいことでもなんでもなく、衰退の始まりを意味します。それでも何かしなくちゃいけないというときに、手に取りやすい都合のいい選択肢が、両利きの経営なんですよね。成熟した状態から成長するには、シュンペーターが言う「創造的破壊」、すなわち、それまでの構造を破壊して、新しく組み替えることで創造を生み出すことが必要です。そうやって企業の「中」を入れ替えなければ、真のイノベーションは起きません。
楠木:おそらく、本気で経営している人は、両利きの経営と聞いても、経営はそんな簡単な話ではないと受け止めると僕は推測しています。破壊して新しいものを想像するのは痛みを伴うことですが、その痛みこそ、経営者としての本領発揮なわけですから。
逆にサラリーマン経営者――僕はひそかに“チーフ・エグゼクティブ担当者”もしくは“代表取締役担当者”と呼んでいますが、彼らの多くは、自分の任期を乗り切ることで頭がいっぱいで、両利きの経営を都合よく誤用していると思います。
稲盛和夫も会社のリソースを利用した
名和:そういうタイプの社長には、オープンイノベーションという概念を、単に企業間の境界を越えてコラボすることだと勘違いして、失敗事例を増やす人が多いですね。
楠木:もし自分の任期のことしか頭にないトップの下で働いていたら、見切りをつけて辞めるか、会社のリソースをうまく利用して好きなことをするか、のどちらかを選択することをお勧めします。後者を選択した場合、もしうまくいかなくても、会社のお金でリスクを取れるので自分の懐は痛みません。それが勤め人の最大のメリットです。
名和:会社のリソースを利用して好きなことをするっていいですねえ。実業家で、京セラ・第二電電(現・KDDI)創業者の稲盛和夫さんも、そうだったんですよ。大学卒業後、松風工業という碍子(がいし)メーカーに入って、そこでファインセラミックという新しいセラミックの開発に着手しました。会社の上層部はいい顔をしなかったのに、課長の立場で開発に必要な人材を採用したりして。そうして培った技術を母体にして、京セラを創業したわけです。
私自身も、大学卒業後に入った三菱商事で好き勝手させていただきました(笑)。トップは数年間の任期を終えたらいなくなることが分かっていたし、運よく、なんでもやってごらん、というタイプの人だった。本当に色々やらせてくれましたね。すんなり許可してくれないときは、少々ホラを吹いて大風呂敷を広げたことも。それでも三菱商事の名前でやると協力してくれる人がたくさんいたから、結果的にはうまくいった。一人ではできないことも、会社の名前があるからできることがある、というのは楠木さんが言う通りだと思います。
楠木:イントラプレナー(社内起業家)は、会社の名前も資金も使えるからリスクを取る必要なし。大失敗しても、ノーリスク。居づらくなったら、別の会社に移ればいいだけのこと(笑)。そのくらい社員もずぶとく、ずうずうしく、会社を利用しよう、という気持ちでやっていっていいと思います。
名和:せっかく会社の名前と資金を使えるんですから、できればフルスケールで市場化してほしいですよね。大きな看板を掲げられる大企業に勤めている人はなおのこと。今のイントラプレナーがよくないのは、小さいものをいっぱいやって満足している点。1つひとつが全然スケールしてなくて、看板を活用できない結果に終わってしまっているんです。0→1のアイデア出しから、1→10のマネタイズまではできていますが、マネタイズできたら成功にしてしまう。本当の成功とは、10→100にスケールできること。10で終わらせてしまったらまったく意味がありません。
なぜ、看板があるイントラプレナーでさえ10から100にできないのか。それはそこそこのレベルで満足して、圧倒的な仲間づくりや圧倒的な力をつけるという発想になっていないからだと思います。リクルートのように、10までやってもゴミにすぎない、100までいかないと成功ではない、と言い続ける迫力ある会社が本当に少なくなりました。
楠木:その根本的原因は、経営者に事業欲が欠けていることにあると僕は考えています。
名和:日本的なサイズでやるのが、心地いいんでしょうね。国内で認められたら、世の中で認められたということにしている。グローバルで認められようという発想がない。日本企業が全体的にサブスケール(規模縮小)している原因は、そこにあると思います。
文/茅島奈緒深 構成/中野亜海 写真/稲垣純也
(次回に続く)
柳井正や松下幸之助などの分かりやすい例を引きながら、シュンペーターの「イノベーションとは何か」をお伝えします。まさに、「経済学は、シュンペーターから始めよ!」です。
名和高司、日経BP、2090円(税込み)